監督:本広克行『交渉人 真下正義』
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2005/04/08
- メディア: 単行本
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本作のレビューに入る前に、自分の『踊る大走査線』感を述べるなら、非常に優れたポリス・エンターテイメントTVプログラムであったという点に尽きる。劇場版もその延長線上の「お祭りムービー」として観るなら、2作ともすこぶるよく出来ていた。ただ「犯罪映画」として観たとき、犯人側の動機の掘り込みが致命的なほどに浅く、特に『踊る大走査線 THE MOVIE2』(以下『2』)では映画としての緊張感が終盤ぐだぐだになってしまった印象がある。韓国の観客に『2』を観せたら「何処が面白いのか判らない」とまで言われてしまったというが、それももっともで、「お祭り」の文脈なしに独立して成立する作品ではない。
本作ではTV版から一貫して監督を手掛けてきた本広克行に、アニメ作品を中心でウェルメイドな脚本を手掛けてきた十川誠志がタッグを組む。十川誠志は『るろうに剣心 追憶編』(ASIN:B00005GAIE)などの秀逸な脚本を手掛ける一方、ぐだぐだな作品も少なくない量産型に有り勝ちな毀誉褒貶の激しい作家なので、今回はどちらに転ぶか期待半分不安半分といったところだった。ちなみに『踊る〜』のメインライターである君塚良一は、『容疑者 室井慎次』の脚本・監督を担当しているので、今回はストーリー原案に留まっている。
本作では犯罪者に奪取された最新型のフリーゲージトレインが、東京の地下鉄網を縦横に暴走する地下鉄パニック物という極めてあざとい設定だけに、大当たりか大外れかのどっちかだろうなと踏んでいた。
さて、その結果は──
結論から先に言ってしまうと「大当たり」。
タイムリミット・アクション特有の緊張感が全編にみなぎり、ともすればファン・ムービー化して緩みかねない物語をしっかりと引き締めてくれた。その一方でちょっとした小ネタや小芝居で上手にキャラ立てしてみせたり、市井のプロフェッショナルへの深い敬意など、『踊る大走査線』のもっとも愛すべき資質は確かに継承されている。
画創りの面でも空撮やクレーン撮を多用し、スクリーンに奥行きと広がりをもたらせることに成功している。
そして何よりある意味本編の主役、モンスター・トレインKUMO E4-600の圧倒的存在感! 満鉄の亜細亜号を思わせるフォルムが地下鉄のイメージにとてもそぐわないので、どうなることかと一番不安に思っていたのだが、パニック物、いや怪獣物のセオリーに則った演出によって文字通り物語の牽引車としての役割を立派に果たしてくれた。緊張の水位を徐々に高めつつ出現時に遂にそれが炸裂する初登場時や、乗客を満載した列車を弄るかのように猛追する姿の恐怖、神出鬼没に出現と消失を繰り返す不気味さ──見事なキャラ立てだ。
更にもうひとつ。事件の進行と競うように警察側がデータベースを構築し、リアルタイムに捜査へフィードバックさせるという捜査手法のイメージを打ち出してきたのは非常に斬新だった。もっとも、作中では真下指揮下の交渉課によって行われていたそれは、実際にはむしろ専従の情報セクション・スタッフの手によって行われるべきなのだろうが。
無論、当然、粗はある。
犯行動機が思いつかなかったからって、いかにも押井守、そのまんまってのはどうかと思う。更にそこで犯人の実体を曖昧にしてしまったがために、犯人の能力をあまりに全能的に描きすぎてしまうという勇み足も見られた。真下や雪乃の個人情報(それも常時監視状態になければ知りえないような情報)を犯人が知り得ていた理由の説明がないために、真下が犯人の裏を掻いてのけたのもややご都合主義的に見えてしまう。
ただ、真面目にこれだけの大規模な事件を引き起こすだけの犯人像をイメージしてゆくとまず単独犯ではありえないし、そうなるとそれ相応の思想的・経済的背景が必要となる。とても2時間で収まる話ではないし、『踊る大走査線』の世界観の枠の中で処理しきれるかどうかも疑問だ。
その意味でやや反則気味ながら、この犯人像も許容範囲内といえなくもない。
それ以外には、犯人との頭脳戦をもっとぎりぎりの領域まで詰めて欲しかったとか、KUMOの暴走と爆弾テロの関連付けをもっと明確にして欲しかったとか、贅沢を言えば切りがないのだが、『踊る大走査線』の看板抜きでも極めて良質の対テロ・アクション映画に仕上がっている。
とても面白かった。劇場で観る価値は充分にある映画である。
本作品の映画としての出来とは別の問題であるので、以下は付記。
本作品は「地下鉄パニック物」でもあるので、当然のことながら先日のJR西日本の悲惨な事故を連想させるシーンがいくつも出てきます。自分も毎日の通勤は電車ですし、地下鉄の利用も珍しくありませんから、その意味でまったくの他人事として突き放して観ることはできませんでした。正直、観ていて辛く感じる場面も少なくないので、これから観にゆく方は、そこはあらかじめ覚悟の上で劇場に足を運んでください。
事故の被害者の方のご冥福を心よりお祈りしつつ、本稿を終えます。