積読日記

新旧東西マイナー/メジャーの区別のない映画レビューと同人小説のブログ

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『週刊アスキー』6/7号

今週のプレイステーション

 先日のE3でのPS3お披露目の記事。次のページには同じくE3で発表された任天堂の次世代機レボリューションの記事も。
 こうした色々な記事を読む限り、X-BOX360を含めてもカタログスペック的にはPS3が頭ひとつ抜きん出ている感がある。
 そりゃまぁ、ゲーム機の生産ライン確保に2000億円も軽くぶち込むような無茶な金の遣い方をする多国籍メーカー様に、所詮は京都の花札屋やOS屋風情が太刀打ちできる筈もないわけなのだけど、逆にこれがPS3の首を絞めかねない気もしないではない。
 HV(ハイビジョン)を前提とした流麗な表示機能は大変結構なのだが、そんな機能をフル活用したコンテンツを、誰が、どれだけのコストを掛けて創るのか。高度なCG映像を人手を掛けずに生成してくれるような魔法のようなツールでも出来ない限り、CG技術者を緊急かつ大量に育成する必要がある。しかし、そんな膨大なマンパワーを投入してペイするゲームがそうそう創れるのか?
「すべてのコンテンツの9割はクズである」というスタージョンの法則は、その逆説として1割の宝玉を得るために9割のクズを必要とするコンテンツ創造の真理をも指し示している。9割のクズはただのクズではない。それらは、カットに失敗した宝石の原石なのだ。優れたクリエイターならばそのクズの山からひとかけらの宝石に至る奇跡の可能性を見つけ出す。
 しかし、PS3はそんなクソゲーの存在を許すゲーム機だろうか?
 一度や二度の失敗で会社が倒産するような高コスト構造では、とてもではないが中小のソフトハウスではうかつに手が出せない。1割の優良なコンテンツしか生存を許されないような市場では、やがて優良コンテンツの総数も1/10となり、縮小再生産の果てに市場は消滅する。
 その意味で、任天堂もMSもまだまだ逆転の目はあるかもしれない。