積読日記

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義忠『王子様とアタシ』第4回

    4

 アタシ達が殴り込みを掛けて悪の独裁者クィーンをぶちのめし、正統な王位継承者たるタキシード王子が魔法の王国の玉座についてから、十ン年──
 その後の王国の辿った運命は、ありていに言って、権力継承にしくじって地域紛争に転がり落ちる発展途上国そのものだった。
 まず根本にある問題点を指摘するなら、イケメンではあっても、何かっちゃ、敵にとっ捕まって、アタシ等に助けられていたようなあのどん臭い王子に、国家経営など務まるはずもなかったという点に尽きる。だいたい前政権の打倒さえ、異世界から呼び寄せた小娘五人に助けられて、なのだから、そら、舐められるわな。
 その結果、地方豪族は叛乱を起こす、中央の貴族は腐敗して国庫を喰いものにする、大商人は商業道徳を捨て去って利益ばかりを追い求め、失業率はうなぎ上り、とあっという間に転がり落ちるように状況は悪化した。
 ここまで堕ちるのにたった三年と掛からなかったというから恐れ入る──というか、もともとクィーンの独裁政権下で疲弊していた王国に必要だったのは、力尽くでも復興を推し進める強力なリーダーシップを持った政治家であり、血筋だけ優良な政治センスゼロのお人好しではなかったという話だったのだろう。
 その後、さらに事態は悪化した。中央を無視して地方豪族が群雄割拠し、勝手に争い始めたのだ。それを止めるべき国軍の兵器兵糧は腐敗した中央貴族の手によって地方豪族へと流されていた。資源や商売の利権を当て込んだ大商人が資金援助と武器の流通を買って出たため、豪族達はますます力をつけ、あげくに中央の政治に口を挟むようになった。
 事ここに至り、遂に一念発起した王子は十万余の国軍全軍を自ら率い、叛徒征討の戦旅を起こす。
 で、それがこの王子の王国での唯一にして最後の政治的決断となった。
 なぜなら、首都を離れて僅か五日後、一兵の敵兵と干戈を交えることなく、この大軍勢は霧散消失してしまったのだ。
 ……いや、どういうことかというと。
 首都に全軍召集を掛けた時点でほとんどの部隊が定員割れを起こしており、加えて国軍の兵站能力は既にないも同然だったから、そもそも首都までの道程で糧食が尽きて引き返した部隊も少なくなかった。そんな有様だから、首都までたどり着いた連中も待機中に、あるいは首都進発後に「こりゃあダメ」だと櫛(くし)の歯が抜けるように大量に脱走を始める。
 さすがにこの事態を憂慮した青年将校達が王子の寝所に押しかけようとしたところ、親衛隊と通す通さないのひと悶着を引き起こし、それがとうとう刃傷沙汰にまで発展して、遂には青年将校達は身柄拘束。結果、拘束された将校の所属していた部隊が、指揮官奪還の動きを示すや、それに「すわクーデターか」と過剰反応した親衛隊と一部部隊が武力衝突を開始。一方、中央司令部から何の連絡もなく放っておかれた残りの部隊は、それぞれ独自の判断を強いられ、その多くが「まずは混乱する状況から距離を措くべき」と至極もっともな判断を下して、指揮下の部隊をまとめて宿営地から離脱し始めたのだ。
 で、夜が空けた頃には公称十万余の精鋭討伐軍は、一兵残らずその場から消え失せていた、と。
 こうなると、もはや王子の血筋がどうだろうと関係ない。理由はどうあれ、ここまで派手な失態をしでかしたのだ。むしろその無能それ自体が叛逆を正当化しかねず、さすがのこの状況に側近達すらさじを投げた格好で、王子はそのまま地上世界へと亡命することとなった。
「……自刃せんとする王子の手を取り、それがしが地上へと落ち参らせたのでござる」
「…………」
 何やら大河ドラマか時代劇かといった芝居がかった口調で、ルナがとうとうとまくしたてる。
 ……まぁ、要するにあまりの無能さに、体よく国外追放された、とそれだけの話なのだが。
 しかし、本人にとって見れば、それが一番幸せな選択だったろう。
 アタシの中のタキシード王子のイメージは、バラを手に颯爽と現れるヒーローなどではなく、無闇とはしゃいでまとわりつくムーンを無碍(むげ)にもできず、困ったようにはにかむ姿だったり、時折見せるひどく苦しげな表情だった。あまり、アタシ達の前ではそういった表情は見せないようにしていた節はあったが、普段のへらついた表情とのギャップがやけに印象的に記憶に残っている。
 あれは今にして思えば、年端もいかない少女達を戦いに捲き込んでしまったことを彼なりに悔いていたということか。どだい国家元首なんて務まるような図太い神経とは縁の遠そうな、どこにでもいそうな優男(やさおとこ)だったわけだし。
 ……あれ? でも、どっかで会ってるような気がするな。十何年も前の話でなく、つい最近。
 こっちに来てるというのだから、別に顔を合わせてても不思議じゃないのだが。
 ま、いっか。
「でも、まぁ、それで八方丸く収まって、めでたしめでたしじゃない。無能な王子は追放されて、本人だって気が楽でしょう。今更、アタシ等の出番があるとも思えないんだけど?」
 とっととこの辛気臭い話から解放されないかしらと、うんざりと訊ねる。
「この話にはまだ先があるんだ……」
 どうもルナの陰々滅滅としたこの軍記ものじみた話は、まだまだ続くらしかった。
 
 
 王子の亡命後、内戦は更に激化の一途を辿った。
 事実上、解体した国軍部隊がそのまま地方豪族と合流したり、逆に地元で一旗揚げようとしたりしたためだ。そのおかげで、一時的に紛争が激化したりもしたのだが、ただ若干、状況は変わっている。
 中央の支配を嫌って各々分離独立を志向していた地方豪族達の振る舞いが、むしろ中央の権力を奪い合って勢力が収斂(しゅうれん)する方向へとシフトしはじめたのだ。
 元からいないも同然だった国家元首とはいえ、実際にいなくなったとなると話は別だ。「権力の座」があからさまに空席となって鼻先にぶらさがっており、しかもそれを奪取することに倫理的なハードルもなくなったとなれば、手を出さない方がおかしい。
 要するに「群雄割拠」から「天下布武」へ、というわけだ。
 こうして皮肉にも、王子の亡命以来、王国の政治情勢は求心力を取り戻していった。その意味で、王子は亡命することで、初めて国のために役立ったといえなくもない。
 とはいえ、天下獲りのバトルロイヤルに決着が着くまでに、幾度かの大規模な会戦と数えきれない小競り合い、村落の焼き討ち、人身売買、民族浄化(エスニック・クレンジング)といったろくでもないプロセスを経る必要はあったようなのだが。
 いずれにせよ、数年の後、数多(あまた)の敵を打ち倒して首都を奪取した大豪族の女頭領は、自らクィーンと名乗り、政権の継承を宣言した。
 それですぐに世情が収まったわけではないが、それから一年で叛乱分子を数十万ほど粛清する頃には、クィーンに叛旗を翻そうなどという威勢の良い連中もあらかた片付き、国状は安定した。
「数十万を粛清って……」
「前のクィーンが政権に就いた時には、もう二桁くらい多かったからね。逆に王子の時は一人も粛清しなかったから、それで豪族や貴族に舐められたって側面もあったんだよね」
 どん引きしているアタシをよそに、ルナはさらりと身も蓋もない発言を口にする。いや、まぁ、紛争地帯から来た人間(?)のメンタリティが、アタシ等文明人と一緒とも思わんけどもさぁ。
 ともあれ、叛逆者には容赦はないものの、市民生活レベルではまずまずの治世を行っていたクィーンだったが、首都攻略戦の際に負った傷が元で病に伏せることが多くなった。
 そこで問題になったのが後継者だ。
 第一王位継承権者で国軍を掌握する第一王女と、秘密警察や内務官僚を掌握する第二王女がその最有力候補とされていた。しかし、両者の仲は悪く、どちらかが政権に就けばもう一方は必ず粛清されるだろうというのがもっぱらの噂だった。そして、王宮の下馬評では妹の第二王女の方がいささか分が悪いとされ、それだけに彼女はこの情勢をひっくり返す手立てを必死に捜し求めた。
「そこで、彼女は王子の存在に目をつけたんだ」
「……いや、よく判らんのだけど」
 ヘタレな国家元首だったとはいえ、王子は王国ではもっとも古い血筋であり、国民全体の血脈の源流とされる、正統にして高貴な家柄の継承者である。婿に迎えれば、いまだに根強く残る旧王家支持の民衆や貴族の勢力を取り込んで、姉を凌(しの)ぐことができると踏んだらしい。
 第二王女は揮下の秘密警察に激を飛ばし、王子の消息を追及させ、遂に地上世界に亡命したことまで突き留めた。
 一方、第一王女もその動きを察知し、地上世界に工作員を派遣する──先に王子の身柄を押さえるか、あるいは抹殺するために。
「……生臭い話」
 うへぇとアタシは呟いた。魔法少女ものに憧れる女子中学生の夢の結末にしては、無残極まる落ちだった。
「で、話はようやく宝石強盗の話に戻るわけだけど」
 王国の人間が地上世界(こっち)で活動するためには、宝石に込められた人の強い想いのエネルギーが必要らしい。あぁ、この辺のおファンタジーな設定はまだ生き残ってるのね。それでどっち側の工作員か知らないが、宝石店を襲いまくってる、と。
「でも、こんな派手なこと繰り返してたら、こっちの警察に目を付けられてすぐに行き詰るでしょ」
「前の女王の下でこっちに来ていた連中は、皆、君たちが殲滅したからね。きっとこっちでの活動経験のある人間がいなくて、穏便に宝石を調達できるルート構築ができないんだよ」
「殲滅」とか言うな。いたいけな女子中学生を唆(そそのか)して、ろくでもない仕事やらせやがって。畜生。
「だから、今暴れている連中を叩けば、奴らのこっちでの本格的な活動の開始をそれだけ遅らせることができるんだ」
「あ〜、そうですか。そら、よござんした……って、なんでこっち見てるのよ?」
「だからさ、奴らを叩くのに協力して欲しいんだ」
「い・や・だ!」アタシはばしんとテーブルを叩いて言い切った。
「他、当たってちょうだい!」
「いやぁ、もう既に当たっては見たんだけど……ムーンはパリで出産予定日近いっていうし、ジュピターはニューヨークでモデルの仕事、ビーナスは外資系企業の重役で現在、上海に出張中って感じで、皆、国内にいなくて」
 負組で暇こいてそうなのはアタシだけってか、この野郎。
「マーズはどうしたの? アイツこそ、神社継いでるんだから、この手の仕事、本業でしょ?」
「いや、それが、もうお国の仕事になっちゃってるから、上司の許可なしにアルバイトはできないって」
 ……どんな世界に首突っ込んでんだ、あの女?
「だから、ここはマーキュリーしか……」
「やーよ、何でアタシが。だいたいアタシだって、別に暇なわけじゃ──」
 言いかけて、ふと考えた。
 何も知らなかった中坊の頃ならいざ知らず、今更、このぬいぐるみの口車に乗って地域紛争の片棒を担ぐ気はさらさらない。
 だが、雑誌編集者の性(さが)として、特ダネ臭がぷんぷんとするこんな話をこのまま見逃すのも惜しかった。ウチの雑誌に載せられるかどうかはともかく、これだけ新聞で大騒ぎになっているニュースならどこに持ち込んでもいい金になるだろう。だいたい家財道具売り払ってくれたバカ男のおかげで、金もないし。
 アタシはバッグの中を手早くあさって、常時持ち歩いてるデジカメとレコーダーの存在を確認した。妖魔の映像なんかまともに写したらオカルト誌にしか持ち込めなくなるが、そこはそれ、適当にシルエットだけ押さえてやればいいだろう。
「いいわ、判った。協力したげる」
「本当かい?」
「ええ」アタシは頷いた。
「だけど、連中が次にどこ襲うのかなんて判るの?」
「大丈夫」ルナはふにゃふにゃの腕で胸を叩いた。
「連中は十番町を中心に、エナジーが強い順に宝石店を襲ってるんだ。だから、こっちのセンサーで調べれば、一発さ」
 ルナの手元の空間で、半透明のパネル状のウィンドウが開く。こいつ、また、おかしな技を……。
 ま、今更、そんなこと気にしても始まらないか。
 これ以上、この店で独り言呟いてると、真剣に二度と出入りできなくなりそうだし。
 伝票を手に立ち上がりかけ、ふと視線を感じた。ウェイトレスが二人ほど、眉をひそめてこっちを見ている。
 ……やっぱり、もう、手遅れかもしれない。

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