積読日記

新旧東西マイナー/メジャーの区別のない映画レビューと同人小説のブログ

■Twitter               ■Twilog

■小説を読もう!           ■BOOTH:物語工房
 
各種印刷・製本・CDプレス POPLS

義忠『彼女の戰い』第5回

Scene 05

「あの女が無事だってのは、判ったわよ!」
 発作的に昂(たか)ぶった感情を、アタシは制御できなかった。
「ミサトもいちいちそんなことでアタシに電話しないでよ、もうっ!」
 電話口にそう怒鳴りつけ、受話器を電話機に叩きつける。
 灯かりのついていない真っ暗なダイニングで、アタシは切れた電話を睨み続けた。
「……ちくしょう……」
 我知らず洩らした呻きは部屋の暗がりの奥へと吸い込まれ、消えた。
 
 NERV発足以来、最大の被害をもたらした使徒との戦いは、出戻ったシンジを乗せた初号機による使徒の殲滅という意外な形で結末を迎えた。
 その当の本人は戦闘時に負った怪我が相当酷(ひど)いとかで、本部医局施設内で面会謝絶――アタシ自身、まだ顔も見ていない。もっともお互いに「どの面下げて」という気もしないでもないので、おかげで助かってはいるのだが。
 使徒の侵入を許した第一発令所を始めとする本部施設の損壊も著しく、一部施設に至ってはそのまま破棄が決定。また、両肩と頚部を切断された弐号機も、実戦稼動レベルまで修理が完了するのに約二ヶ月かかると告げられた。
 それまでの間、当然の措置としてアタシは予備待機扱いにシフトを変更された。
 訓練のスケジュールもシンクロ・テストもすべてキャンセル――何のことはない。機体のないパイロットに用はない、ということ。
 そしてまる一日以上、誰からも放ったらかしにされた挙句、ようやくミサトからかかってきた電話は、よりにもよってファーストの無事を告げるものだった。
 
 部屋に戻ったアタシは何も言わずに机の上の本棚に手を突っ込み、そのまま腕を横に振って中身をぶち撒けた。続いてCDやビデオテープを納めたラックを床にひっくり返し、その上に置いてあった街のクレーン・ゲームで手に入れたおサルの人形を壁に叩きつける。ベッドの上に放り出してあった読みかけの雑誌のページを引きちぎり、部屋の隅のミニコンポを引き倒す。……。
 灯かりを消したまま、窓から洩れ入る仄ほのかな街の灯火にのみ照らされた室内で、アタシは黙々と破壊を続けていった。
 アタシの中で、名状しがたい激しさで嵐が吹き荒れていた。
 澄まし面で何事もなかったかのように日常然として存在する室内の調度品が、ただそれだけでアタシの憎悪を掻き立てた。それらが整然と秩序性を維持しているということが、許しがたい大罪のように思えた。
 ――あたしガコンナニ苦シンデルノニ……!
 理不尽な理屈だということは判っていた。ただの八つ当たりにすぎないことも自覚していた。
 それでも、アタシは破壊行為を止めようとはしなかった――いや。できなかった、というべきか。
 心の奥底から衝きあがる冥(くら)く荒々しい暴風を、アタシは抑えることができなかった。抑えるに足る理由も持ち得なかった。壊すことを躊躇(ためら)うほど深い愛着を抱いた存在なぞ、アタシのまわりには何ひとつ存在していなかった。
 いや――
 ふと手を止め、アタシは自嘲した。
 アタシは自分自身でさえ愛情を注ぐべき対象として見ることができなかった。今の自分にそんな資格があるとはどうしても思えなかった。
 だから、アタシが本当に叩き壊してやりたいくらいに憎んでいるのは、無能で無力なアタシ自身……。
 そのことに気づいた瞬間、ついさっきまでアタシの中で荒れ狂っていた破壊衝動の嵐はどこかに過ぎ去っていた。
 憑き物が抜けたようなぼんやりとした頭で、周囲を見廻す。
 乱雑に引っかき廻された室内の様相が、アタシの今の精神こころの在りようをそのまま映し出しているように思え、惨めさが急に胸に迫ってきた。
 なんで……なんでこんなことになっちゃうのよ……?
 アタシは選ばれし適格者チルドレンで、世界を救う鍵を握った女の子で、この若さで大学だって出ている天才美少女パイロットで、それで、それで――
 ただの負け犬。
 胸の奥がぎしりと音を立ててきしむ。
 胸元から吐き気がこみ上げてきて、立っていられなくなる。
 アタシは倒れ込むようにベッドに身を投げ出し、枕に顔をうずめた。
「なにも……なにもできなかっただなんて。あのバカシンジに負けただなんて……」
 プライドが圧し潰されてゆく痛みに責め苛まれながら、アタシは呻いた。
「……くやしい……っ!」

                                    >>>>to be Continued Next Issue!