積読日記

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義忠『彼女の戰い』第7回

Scene 07

「相田!」
 翌日、久しぶりに登校した教室で、アタシは自分の席でミリタリー雑誌のグラビアを開いていた相田の背中に声を掛けた。
「話があるの」
「昨日のことだったら別にいいぜ」相田は戦自(戦略自衛隊)の新型戦車が大写しになったグラビア・ページから顔を上げようともせず、つまらなさそうに言った。
「あれくらいでヘコむほど、こっちもヤワじゃないしね」
「――だろうから、その件については謝る気はないわ」
「って、本人目の前にしてそこまできっぱり言い切るかね、普通……ま、いいや。じゃ、何の用?」
 アタシは単刀直入(ストレート)に告げた。
「昨日、シンジの所在を知る手段があるって言ってたわよね?」
「手がないわけじゃない、って言っただけだよ。それほど確実な手ってわけじゃない」
「その話、詳しく聞かせて」
 相田は背中越しに振り返った。
「おや、まぁ」じっと覗き込むようにしてアタシの顔を見つめ、
「どうも場所を変えた方が良さそうだな」
 雑誌のページを閉じて机の上に置き、相田は席を立った。
 そして言葉の意味を掴みかねているアタシに、ニヤリと笑って言った。
「これから一緒に、どこかの誰かに喧嘩を売りに行きましょうって顔をしてるぜ――そーいう話題は、やっぱ場所選ばなきゃ、だろ?」
 返事の代わりに、アタシもまた不敵な笑みを返した。
 
 一週間後、アタシは郊外へと向かう道をロードレーサー・タイプの自転車で疾駆していた。
 紫外線対策も兼ねた長袖のシャツに、頭部にはサイクリング用の軽いヘルメットとスポーツ・グラス。ホットパンツから伸びる脚の膝だってプロテクターでばっちり固めてある。どこから見ても完全武装のサイクリストといった出で立ちだ。
 これらの装備は、すべてヒカリや相田達に調達してきてもらったものだった。一応、アタシたち適格者(チルドレン)に与えられているIDカードはクレジットカードも兼ねており、利用限度額は無制限という触れ込みにはなっている。だが当然の結果として、どこで何を買ったのかという記録が全部MAGIのメモリ・バンクに残ってしまう。保安部の監視を撒くために調達した装備を、わざわざ当のその相手に教えてやることもない。そこで、一度、キャッシュ・ディスペンサーで現金に換え、ヒカリ達に買い物を頼んだのだ。
 ただし、ヒカリの関与はその段階までに留めるという点で、相田とは意見が一致していた。これから始める「作戦」は状況次第で何がどう転ぶか知れたものではなかったし、そこには当然のこととして「最悪の可能性」が視野に入っていなければならなかった。無論、今も病室にいる鈴原のことを考えざる得なかったということもある。だがそれ以前に、あの心優しい少女に危害が及ぶかもしれないなどとという身の毛もよだつ想像に、アタシも相田も耐えられなかったというのが正直なところだった。
 そんな事情もあって、結局、訝(いぶか)しむヒカリにはほとんど何も知らせないまま、ここまできていた。
 そして今日、学校帰りに市内の地下鉄で乗り継ぎを利用して保安部の監視班を撒いた後、あらかじめ駅構内のコインロッカーに置いておいてもらった今の格好に着替え、これも駅の駐輪場に用意しておいた自転車に跨り、第三新東京市から脱出したのだった。
 交通量調査を名目とした監視カメラだらけの市内は、相田の作成した「確実に安全なルート」とやらを通ってきた。髪もヘルメットの中にまとめてあるし、ぱっと見、そう簡単にアタシとは見分けがつかないはず――というより、そう願ってるというのが正解。
 全幅の信頼を置くには肝心の作戦立案者があの相田ではいまいち頼りなかったし、適格者(チルドレン)の身辺警護――実態は体の良い監視だ――を担当するNERV保安部は、世界中からヘッドハンティングされてきた凄腕の公安官ぞろいだというから、こんな子供騙しの手にそういつまでも引っかかっててくれるものか疑問がないではなかった。
 ただとりあえず、いま走っている国道沿いの見晴らしの良い測道には、それらしき尾行車輌がついている様子はなかった。ここも尾行を確認するのに最適だとかいう理由で、相田が指定したルートだった。何でそんなことにまでアイツが詳しいのかよく判らなかったが、何にせよ保安部の連中にはまだ発見されずに済んでいるようだ。まずは一安心といったところだったが、当然、油断は禁物。警戒を怠らぬよう、なるべく周囲に気を配りながら自転車を走らせる。
 陽射しは厳しかったが、肌に触れる風がここちよかった。郊外に出て道路脇の土地に緑が増え始めた辺りから、目立って涼しさが増してきているような気がする。やはり都市熱(ヒート・アイランド)ばりばりの市街地から離れた所為だろう。「要塞都市」の異名を誇り、表面を分厚い特殊装甲で覆われた第三新東京市の排出する熱量は、平時にあっても半端な量ではないはずだ。
 勿論、そればかりが理由ではなかったが、アタシは久しぶりに心の底から解放感を感じている自分に気づいていた。思えば、このひと月、ろくに自宅から出ることもなかったのだ。こんな広い開放空間に身を置くことも、本当に久方ぶりだった。
 それに、考えてみれば監視の目を気にしなくていいなんて、この街に来てから始めてかもしれない。実際には、こうして簡単に出し抜けられる程度のものだったのだから、それほど厳重な監視体制ではなかったのだろう。
 そんなものをひどく恐れ、怯えて、閉塞感に喘いでいた自分がバカみたいに思えた。
 いつしか、アタシは声を出して笑っていた。
 笑いながら、力強くペダルを踏み込んでゆく。
 風の中へとその身を投げ出すようにして、アタシを乗せた自転車はさらに速度を増していった。
 
 市街地から西に三〇分ほど自転車を走らせ、道の両脇からアーチ状に繁る木々の枝に囲まれた緩やかな山道をしばらく登った先に、その建物はあった。
 セカンド・インパクト前からの時間の経過を思わせるくすんだコンクリートの塀には縦横に蔦(ツタ)がからみ、門柱には「株式会社西日本アビオニクス 研究開発部第三新東京市分室」と英語と日本語で記されてあった。固く閉ざされた頑丈な門扉には「危険!! 不発弾未処理用地につき施設内立入禁止」と書かれた手書きの看板が掛かっている。その格子の隙間からは、意外に広い前庭と右半分がごっそりと崩れ落ちた四階建てくらいの背の低いビルが見えた。
 アタシはパンツのポケットから相田から渡された地図を取りだし、場所を確かめた。
「ここね」
 スポーツ・グラスを外し、改めて半壊した建物に目をやる。相田の解説によれば、先日の使徒との戦闘の際、国連軍(UN)の応援にかりだされた戦自特科部隊が放った流れ弾が直撃したのだそうだ。見た限り火災などの痕跡がないところからすると、ミサイルではなく大口径の砲弾だろうか。ミサイルなら弾頭の信管が不発でも、燃え残りの推進材に火が廻るだけでこんな小さな建物ぐらい簡単に全焼しているはずだった。
 だが何にせよ、今もここのガレキの下に不発弾が埋まってるのだと考えると、何だか頭がくらくらしてきた。
 アタシは今からこの中に入って行かねばならないのだ。
 半壊したこの建物のどこかにMAGIに繋がる専用回線と端末が生きているのだと相田が言い出し、そしてその回線を通じてシステムに侵入(クラッキング)し、シンジの所在を探ろうなどというおおざっぱ極まりない作戦にうかうかと乗ってしまったためだ。
 本来、軍用に準ずるかなり高度の機密性を要するシステムであるMAGIは、基本的に多層保安(MLS:マルチレベル・セキュリティ)方式と呼ばれる設計概念に基づいて構築・運用されている。これは異なる機密接近資格(セキュリティ・クリアランス)を有する利用者が、同時にシステムを利用することを前提とした概念で、利用者個々人に割り振られた機密接近資格(セキュリティ・クリアランス)に基づいて接続(アクセス)できる領域も制限される。知る必要のある者だけが知ればよい(NKO)の原則はここでも健在なのだ。もっとも、現代のコンピュータ・システムとしてはごく当たり前の考え方でもあるのだが。
 ただ、ここでやっかいなのは、利用者個人ばかりでなく個々の端末にもIDを振って接続管制を行っていることだ。
 たとえば、ミサトはよく自宅に仕事を持ち帰り、部屋からノート型端末でMAGIと接続アクセスしながら報告書などを作成している。しかし、あれはあらかじめ彼女の専用端末として認識(アイデンティファイ)されてあるマシンだから可能なのであって、ちょっと調子が悪いからといって近所の電器屋で買ってきたマシンを接続(つな)ごうとしても拒否される。接続用の専用通信規約(プロトコル)を記録したチップは、取外不能のブラック・ボックスとして設計段階から基盤(ボード)に組み込まれているため、おいそれとマシンを乗り換えるわけにはいかないのだ。
 またアタシがミサトの端末を使って接続を試みても結果は同じこととなる。利用者と端末――その双方が合致しない限り、接続それ自体を拒否するようにできている。
 だからMAGIへの侵入(クラッキング)を企図する者は、まず端末を確保し、その端末の利用者として登録された者のIDとキィコードを確保しなくてはならない。
 まぁ、大口を叩いた相田の言葉を信用するなら、その点に関しては問題はないのだろう。当然、端末だけでなく登録利用者のキィコードだって入手してるはずで、でなければまず話にもならない。
 だが何とかシステム内に入り込めたからといって、そのIDで接続(アクセス)できる領域内にシンジの行方を知る手がかりがあるとは限らない――いや。むしろ、まず「ない」と考える方が自然だ。いったいどうするつもりなのか。堅牢をもって鳴るMAGIの防壁(ファイアウォール)をかいくぐる手段があるとでもいうのだろうか。
 だいたいそれを言えば、そもそもこんな民間企業の施設跡地にMAGIの専用回線だの端末だのが残ってたなどという話自体、胡散臭さ炸裂だった。
 加えて、MAGIへの侵入(クラッキング)などという叛逆行為に荷担したと知れれば、シンジ同様、適格者(チルドレン)の資格を取り消されてこの街から追放されることになっても文句は言えない。
 だが、それらをすべて承知でアタシはここにやって来たのだ。
 いまさら何を言っても始まらない。
 自転車を門のそばの塀に立てかけ、ヘルメットを脱ぐ。半ば強引に収めていた髪が解放され、アタシは軽く息をついた。
「魔法でも使ってんのか、それ?」
 不意に頭上から声が降ってきた。顔をあげると、塀の上で相田が頬杖をついてこっちを見ていた。
「よくまぁ、そんな小さなヘルメットにそんだけの量の髪が納まるもんだよな」
 感嘆とも呆れともつかぬ声に、アタシはそっけなく答えてやった。
「女の子にはいろんな秘密があんのよ」
「だと思った」相田は軽く肩をすくめ、塀の上からロープを放った。
「そいつで中に入ってきてくれ。惣流が着きしだい、こっちはいつでも始められる」
 アタシは頷き、ロープを手に取ろうとしたそのとき、「と、その前に――」思い出したように相田が告げた。
「やめるんなら今の内だぜ」
 アタシはむっとして眉をひそめた。
「何をいまさら」
「今だから言うんだよ」そっけなく相田は応じた。
「危険(リスク)のわりに成功の確率が低いってのは前にも言っておいたよな。確かにシンジの情報を収めた格納階層(ディレクトリ)を見つけるために検索条項の洗い出しに協力してくれとは言ったが、そいつはわざわざここまで惣流に足を運んでもらわなくちゃならないような仕事じゃない。それに侵入(ダイブ)してめぼしい情報を見つけたら、すぐにでも携帯の回線使ってそっくり惣流のメール・ボックスに転送してやるさ。オレみたいな小物と違って、惣流の場合、事が発覚したときに喪うものが大きすぎる。何もこんなリスキーな場所に直接、顔を出すことはない」
「へぇ、心配してくれんだ」
「まさか」相田はきっぱりと否定した。
「腹の底で何を考えてるのか知れないような女を相棒に、危険地帯(クライシス・エリア)に足を踏み込む気にはなれないからな」
「あらそう。うれしいわ。ふん」
 この野郎、という感情を何とか抑えつけた。
「アタシはできる限り真実に近い場所で状況を見極めたいの。だからここにきたのよ」
「でもそれって単なる自己満足じゃないのか?」容赦のない突っ込みが返ってきた。
「回線越しの侵入(クラッキング)に最前線も最後方もないぜ。ネットワークの世界で距離の概念を口にしても、ほとんど意味なんてない。結局の所、リスクは侵入(ダイブ)する当人の腕次第ってことになる。
 それにオレ達が目にすることができるのは、所詮、モニター上に映し出された情報でしかないんだ。どんなに頑張ったって、すべてが欺瞞(フェイク)かもという疑念を完全に払拭できるわけじゃない。どんな極秘情報に接触(アクセス)できたって、結局は判断材料のひとつにしかなり得ないんだぜ。
 そんな状況下で<真実>なんてものを口にすること自体、ナンセンスだ。
 そんなもんのために、そこまで大きなリスクを払う惣流の気が知れない。腹の底が見えない――だから信用できない」
 言いにくいことをはっきり言う奴だ。
 けど、そうかもしれない――いや。たぶん相田の言っていることは正しい。
「だけど、アタシは……」
 一瞬、迷ったものの、思い切って口にした。
「アタシは自分で答を見つけたいの。誰かに教えてもらうのを待つんじゃなくて、自分で見つけた答をその目で確かめたいのよ」
「そんなもの、本気で見つかるとでも?」
「それでもいいわ」アタシは相田の目を真っ直ぐ見据えて言った。
「たとえそれが、本当の<真実>からほど遠いものであっても構わない。
 独りで閉じこもってるより、どこかに向かって走っている方がよっぽどましだわ」
「結果として、それが間違った方角だったとしても、か……」
 相田は、自分と同類の愚か者を見つけてしまったとでもいいたげな、苦笑と共感の入り交じった笑みを返し、それから塀の上から手を差し伸べた。
「ようこそ、戦友(カメラード)」
 古い戦争映画か何かで覚えたらしいヘタクソなドイツ語で、相田は言った。
「ここがオレ達の戦場だ」

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