積読日記

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義忠『彼女の戰い』第8回

Scene08

「『西日本アビオニクス』ってのは、関西系の航空機用機載電子機器メーカーで東証二部上場の業界じゃ中堅どころの企業でさ」
 アウトドア用の強力な携帯カンテラで薄暗い通路を照らして進みながら、相田は説明を始めた。
「資本金10億で年商200億。取引先は民生用が三割、NERV関連が残りの七割で、NERV本部で使ってるVTOL機なんかの機載電子機器(アビオニクス)の整備(メンテナンス)をほぼ一手に取り扱ってる。ちなみにここの研究所はNERV本部での業務の前進基地みたいなもので、第三新東京市の建設が本格化した五年前に開設。元々は外資系のケミカル会社でシャノンバイオっていう企業の研究施設として設立されて、そこからいったん入江商会っていうペーパーカンパニーっぽい会社を経由して今に至ってる――ここまでで何か質問は?」
「毎度のことだけど、どこでそんなこと調べてくんのよ?」
「ネット上で土地や会社の登記簿を当たっただけさ……ここまではね。他には?」
「他に? そーね。じゃ、訊くけど――」アタシは軽い頭痛を抑えつつ、言った。
「この国の建築だの消防関連の法律って、こんなデタラメな設計の建築まで許してんの?」
 窓という窓のすべてがベニア板で塞がれている所為か、建物の中は昼間だというのに洞窟の中のような暗さだった。空調が利いているはずもなかったが、それでも屋内の空気はひんやりとしている。本当に洞窟の中みたいだ。
 それはいい。
 問題なのは、屋内のレイアウトが外見からは想像もつかない奇妙な設計がなされていることだ。
 例えば、妙なところに出っ張りがあったり、段差があったりで、通路もおかしな形に入り組んでいる。おまけに明かりが相田の持っているカンテラぐらいしかないものだから、足下がおぼつかないことこの上ない。おかげでここにくるまでに一度ならず転びかけていた。
「人間工学とかなんとかに基づいてんじゃないのかな。一応、研究施設だったわけだから、その辺の配慮がなされてても不思議じゃないさ」
「人間工学ぅ? こんな使いづらい建物のどこが?」
「あるいは使いづらくしたのかも知れないな……わざと」
「それって、どーいう――」
 途中まで言いかけ、はたと気づいた。
 NERV本部内にも似たような妙に使いづらい区画があった。それで一度ミサトに訊ねたことがあったのだが、有事の際に侵入者をそこで喰い留めるための区画(ブロック)だ、というのが確かそのときの答だった。侵入者側の前進を阻害し、迎撃側には有効な遮蔽物と広い射界を与えるように設計されているのだ、と。ここは、そこの雰囲気と驚くほどよく似ている。
「阻塞設備……? でも、民間企業の研究施設に、何でそんなものが――?」
「さあね」相田はとぼけた表情のまま軽く肩をすくめた。
「でも見当ならつかなくもない……で、続けていい?」
 アタシは頷いた。
「どーぞ」
「役員15名中、NERVないしは旧GEHIRNからの天下りが七名。この手の業界にしては不思議なことに運輸省や戦自方面からの天下りはなし――NERVべったりの企業と言っていい。
 その関係もあって、まぁ、色々と怪しい噂には事欠かない会社でね。だいたいはNERV本部の裏資金形成に一役買ってるとか、そんな類(たぐい)の話なんだが……その中でも、ちょいと聞き流すには面白すぎるネタがあってさ」
「もったいぶらずにさっさと話しなさい」
「急かすなって」苛立つアタシを軽くいなし、相田はとんでもない台詞を口にした。
「そのネタってのは、つまりこの会社から戦自や日本政府に対する電子侵入(クラッキング)をやってるって噂さ」
「!?」
 思わず立ち止まったアタシを振り返り、相田は言った。
「信じてないな。その顔は」
「信じられるわけないでしょ、そんなバカな話! そんなの、三文小説(ペイパーバック)の読みすぎよ」
「事実は三文小説(ペイパーバック)よりも奇なり、さ。
 オレだって、最初に話を聞いたときは信じられなかったけどね。ただNERVと日本政府の確執を示す話題は事欠かない。現にこないだの使徒騒ぎの直後にも、鷹巣山で戦自の普通科部隊とNERVの保安部隊が睨みあって発砲寸前までいったって話もあったし」
「だけど、それって現場レベルでの話でしょ!? 上の方まで対立してたんじゃ、使徒との戦いなんてやってらんないじゃない!」
「使徒がいるから、この程度で納まってるんだろ」相田は物わかりの悪い生徒に説いて聞かせるように告げた。
「本来、自国の領域であるべき地域で、自分達よりも強力な戦力をもった集団が好き勝手やってるのに好意的になれる政府があるわけないじゃないか。NERVが使徒迎撃のためと称しては何かにつけて無茶な要求を突きつけてくることに、松代の日本政府だけじゃなく本土のマスコミの論調からして相当かりかりきてる。使徒の存在と国際社会の目さえなければ、明日にでも宣戦布告されたっておかしくないと思うぜ」
 さすがに呆然とせざる得なかった。
 アタシにとって日本政府だの戦自だのという存在は、NERVを支援(サポート)するための存在以外の何者でもなかった。確かに、EVAという現在の世界の軍事的技術水準を遥かに超越したオーバーテクノロジーを扱っている以上、うかつに気を許してはならないという認識ぐらいはあった。だが、使徒の脅威から世界を護り続けているアタシ達NERVが彼等から感謝されることはあっても、鬱屈(うっくつ)した感情の対象にされているなどとは思いも寄らなかった。
 そんなアタシに、相田はどこか憐れむかのように言った。
「シンジもそうだったけど、案外、NERV内部にいるとその辺の機微が判りにくいのかもな……。だけど、その辺の無神経さってのは、気をつけないといずれ命取りになりかねない気もするぞ」
「…………」
 アタシが無言のままでいると、相田は軽い溜息をついた。そして、再び歩きながら語り始める。
「ともかく、そういったNERVと日本政府との間の緊張状況っていう下地があったから、話としてはあり得ない話じゃないと思った。だけど、外部の人間には確認のしようのない話だし、オレみたいな中学生が確認したからってどうなるってもんでもない話だから、突っ込んで調べてみようとも思わずに放っといたネタだったんだ。
 そうしてる内に、こないだの使徒騒ぎのどさくさにまぎれて、戦自の特科部隊の放った155ミリ砲弾がこの建物に直撃するって事件が起こった――駒ヶ岳方面から攻めてきた使徒の侵攻ルートからは随分と離れたこんな場所に、それもたった一発だけ」
「それが、どうだって――」
「誤射という可能性はないとは言えないが、かなり低い」相田はアタシの言葉を遮って続けた。
「まず大砲ってのは、一発だけ撃つなんて使い方はしない。標的に対して雨あられと撃ち込んで使うもんで、その時点で既にだいぶ不自然な状況だってことが判る。
 次に都市部での対使徒戦に関する限り、戦自や国連軍(UN)の特科部隊には特別な規則がある。標的を直接目視しない間接射撃をおこなう際には、弾頭のセンサーで標的を確認して終末誘導と信管の作動を決定する特殊な砲弾を使用しなくちゃならないんだ。流れ弾による損害を極力抑えるための措置さ。
 たとえば、放物線を描くように撃ち上げられた砲弾の弾頭が下を向いた時点で、あらかじめ発射前に入力(インスト)済みの標的――この場合は使徒だけど――の存在を有効殺傷圏(キル・ゾーン)内に確認できなければ、その段階で信管の安全装置を作動。さらに弾頭内のジャイロと砲弾本体についてる小さな尾翼を制御して、家屋などに落下するのを避けるようプログラミングされているはずだ。
 ここの建物でいうなら、不発なのはともかく、着弾は玄関前の前庭か裏の林の辺りでなくてはならない――なのに、建物に直撃している。
 妙な話だよな。
 かてて加えて、使徒騒ぎからひと月近く経つのに、不発弾処理が行われていない。市内じゃ、国連軍(UN)の処理部隊が最優先で処理を行ってたってのにさ。まぁ、国連軍(UN)ったって、日本に展開している部隊は、ほとんどがセカンドインパクト前までは戦自と同じ組織だったんだから、信用できないのも無理ないっちゃ無理ないんだけど。
 それやこれやを考えると、この建物にぶち込まれた一発は、戦自からの何等かの警告――というか、まぁ、嫌がらせだな。そう考えて間違いないと思う」
「嫌がらせって……」
「職員はみんな避難してたはずだから、死人は出てない」
「それにしたって――」
「似たようなことはNERVだってやってるさ。さっきの鷹巣山での一件にしたって、話の経緯を詳しく聞いてみるとNERV側から挑発したような節もある。案外、ここへの砲撃の意趣返しだったのかもしれないな」
 下手をすれば大勢の死傷者を出してたかも知れない「嫌がらせ」というのは、にわかには理解しがたい世界だった。つまりは第三新東京市近郊というアタシ達の日常生活のすぐそばで、NERVと日本政府との間で陰湿な暗闘が繰り広げられていたということか――アタシ達が使徒という人類共通の敵と戦っている、その真っ最中に。
 事のおぞましさに眉を顰(ひそ)めるアタシをよそに、相田は淡々と説明を進めてゆく。
「まぁ、それはそれとして、要するにこれが『嫌がらせ』なら、戦自が『嫌がらせ』をしたくなるようなことがここで行われてたかも知れないってことで、ますます怪しいって事になってさ。
 そんなこともあって、使徒騒ぎの二週間後くらいにここに来てみたら、見事なくらいにもぬけの空。チリガミひとつ落ちてねぇでやんの」
 確かに、ここに来るまでにもドアの開け放たれた部屋がいくつかあった。だが、ローパーティションで仕切られたフロアには、机もキャビネットも見当たらない。どこも完全な空き部屋だった。
「撤収作業を指揮したのは、かなり神経質な完璧主義者だったんだぜ、きっと」
 不発弾が埋まってるような場所にノコノコと興味本位で足を踏み入れる人間の神経もよっぽどどうかと思ったが、黙っていた。
 言うまでもなく、それこそアタシだって同じ穴のムジナという奴に違いはないのだから。
 
 やがて、アタシ達は建物の損壊部分のすぐ手前までたどり着いた。
「で、後はガレキで埋まっているこの先に、何か残っていることを祈るしかなくなったってわけさ」
 天井が崩れ落ち、完全に通路を塞(ふさ)いでいるガレキの山の前にして、相田はアタシの方を振り向いた。
「だけどそうは言っても、こんな大量のガレキ、さすがにオレひとりの力じゃどうすることもできないだろ? それに、不発弾だって怯い。だもんで、一旦はあきらめかけたんだが、そこでピンときたんだ。
 通路がガレキで塞ふさがれて通れないだけで、この先にはまだ無事な部屋が残ってるんじゃないか――そう考えたのさ。
 すぐに表に出て建物の破損具合を確認してみたら、間違いない。この先に一部屋だけ、被害を受けてない部屋があるはずだってことが判った。そこならまだ何か残ってるかも知れない。
 それでもう一度、中に戻って、さんざん苦労した挙句――」
 にたりと嫌らしい笑みを相田が浮かべる。思わず殴ってやろうかと身構えかけたそこへ、相田はカンテラを前方にかかげ、自慢げに言った。
「こうして、連絡路の確保に成功したってわけさ」
 ガレキの山の隅の方に、大小のガレキを取り除き、自動車修理用のジャッキや板切れなどを使って、這ってでなら何とかヒトひとり分ぐらいは通れそうな穴が確保してあった。
 それを見て、アタシは思ったままの感想を口にした。
「……よくやる」
「どういたしまして」
 相田の苦心の労作である連絡路(トンネル)はさほど長くはなく、実質、三メートルにも満たない距離だった。床には膝や掌(て)をついても痛くないようにとカーペットが敷いてあり、妙なところにまで気の廻る施工者の性格を物語っている。
 それにしても、一日や二日でできる作業ではなかったろうに。これだけの作業を貫徹させた情熱はどこからくるのか。シンジへの友情からか、オタク的好奇心の発露なのか――アタシにはどうとも判断がつきかねた。
「でも、大丈夫なんでしょうね?」
 狭いトンネルの中を這うという行為にちょっとした既視感(デジャヴュ)を感じつつ、アタシは先にトンネルを抜けて待っている相田に訊いた。
「何が?」
「いきなり生き埋めにされたりしないか、ってこと」
「大丈夫なんじゃないの……構造計算とかしてないから、保障はできないけど」
 おいおい。
 と、指先が床を走るヒモのような物に触れた。
「何これ?」
「電源用のコード――ほら、この建物、電気が絶たれてるだろ」
「にしては、やけに太くない? それに妙にあったかいし」
「この先の部屋にあるのは、ワークステーション・クラスの端末管理システム(サーバ)だからね。普通の端末と違って消費電力もバカにならないし、安定化電源を間にかましてあるとはいえ電圧だって安定させとかなくちゃ作動も安定しない。結局、施設内部の電力供給は回復できなかったけど、変電設備の方は何とかなったから、そこから業務用の高圧コード使って引っ張ってきてるんだ」
 熱を帯びてるのは、高圧電流が流れてコード自体が発熱してるからか。
「でも、何とかなったって……そんな業務用の高圧設備を、何でアンタなんかが?」
「ネット上の裏モノ専門サイトのBBSには、結構、この手の妙な知識を持った連中がいっぱいいるんだ。その人達にいろいろと話を訊きながら作業を進めたのさ」
「あ、そう……そりゃ、よかったわね」
 何かもう、真剣にどーでもよくなりつつあった。
 オタクってのは、みんなこんな奴ばっかなのかしら?
 あー、頭痛い……。
 結局、途中で二回ほど軽く天井の突起物にぶつけたのと、それ以外の別の理由からくる頭痛に苛まれながら、やっとの思いでトンネルを抜けた。
 相田のカンテラのみを光源とする薄暗い空間のそこは、ちょっとしたフロアになっていた。小さなガレキが散乱してはいるものの、とりあえず脇にある部屋のドアを開け閉めできるぐらいのスペースはある。そして、そこから先はまたガレキに埋まっていた。見上げると、天井には亀裂らしきものまで走っている。さっきトンネルの中でこのまま生き埋めにされるんじゃないかという不安を抱いたが、その意味ではここもあまり変わりはなさそうだった。
 げっそりとした気分に陥るアタシに、相田が弾んだ声で言った。
「さぁ、こっちだ」
 何がそんなに嬉しいのか、と睨みつけるアタシを無視し、さっさと脇の部屋に入ってゆく。勿論、アタシだけここで待っている、というわけにはいくはずもない。溜息をひとつばかりついて、相田の後を追った。
「何よ、真っ暗じゃない」
「今、明かりをつけるよ」
 その言葉と同時に、部屋の真ん中辺りで明かりがともった。
 デスクライトの類らしきワット数のさほど大きくない光源に照らしだされた室内は、学校の教室よりやや狭いくらいの広さで、やはりローパーティションで仕切られていた。いかにもソフト系の開発オフィスといった感じ。ただ、それまでの部屋とはうって代わって乱雑を極めていた。おそらく砲撃を受けたときの衝撃のためか、壁際のファイル・キャビネットは横倒しにされ、デスクから転がり落ちたモニターがいくつも床に転がっている。文字通り、砲撃の跡、という奴だ。
「……ミサトの部屋みたい」
「なんか言った?」
「別に」
「ふぅん……」そっけなく告げたアタシの態度に、相田は判ったような判らないような顔をした。
「ま、いいや。とにかくこっちにきてよ」
「あのさ、そんなことより、ちょっとアンタに確認しときたいんだけど――」
「あれ? パラレル・ポートのコネクタが合わねぇぞ。持ってきた変換用のコネクタで、規格合うヤツあったかぁ?」
 聞いちゃいねぇし。
 アタシは舌打ちして、相田のいるデスクのそばまで行った。
 それはデスク――というより、丸ごとワークステーション・クラスのサーバらしい。さっき相田が言ってたのはこれか。それとノート型端末を繋ぐべく、相田は裏側に廻ってごちゃごちゃとコネクタやらケーブルやらと奮闘していた。
「いや。だから、ここまで来てこんなこと訊くのは、アタシもたいがい間が抜けてるとは思うんだけどさ――」
「よしっ、繋がった! そっちで本体の方、起動(たちあ)げてみて。やり方、判るよな?」
 アタシはサーバのユニットを見た。ここ最近はサーバ系のマシンに触れる機会はあまりなかったが、ドイツの大学でさんざんいじった経験があるので、起動と外部回線との接続ぐらいなら何とかやれなくもない。
 仕方なくデスクチェアに腰を下ろし、キィボード上の起動キィらしきものの見当をつけ、それを押した。
 起動開始を知らせるピアノの音色の合成音が鳴り、一瞬の間を措いて平面型の液晶ディスプレイが起動がる。本体内のハードディスクを読み込みにゆくブート音とともに起動シークエンスが自動的に進行してゆく。やがて、あらかじめ設定してあったのか勝手に画面が変わり、サーバの基礎画面へと移行してしまう。
「あ、基礎画面が起動がったら、NERVのシステムに自動接続(オート・ログイン)するように設定されてるから」
「やることないじゃん……」
 むっつりとアタシが呟く内にも、マシンは黙々と作業を進めてゆく。
 やがて画面上に、イチジクの葉とロバート・ブラウニングの詩句をあしらった見慣れたNERVのロゴが表示される。MAGIの初期画面――いや、違う。
 これは――
「……MAGI―III(ドライ)……?」
 アタシは嗄(かす)れた声で呟いた。
 
「え? なに?」
「こいつは本部のシステムと繋がってるんじゃないわ! ベルリンの第三支部のシステムよ!」
「何だって!?」
 驚いた表情で相田がノート型端末から顔を上げ、慌てて駆け寄ってきた。
 MAGIシステム――第七世代型有機コンピュータを中核とし、NERVの運営業務ばかりでなく第三新東京市の都市行政さえ司(つかさど)る、現時点で世界最高の演算速度を誇るコンピュータ・システム。現在、ジオフロントにあるNERV本部を初めとして、全世界のNERV関連施設で同型のシステムが六台稼動中である。その内、本部で稼動しているのがMAGIオリジナルで、松代にあるのがMAGI―II。MAGI―IIIはベルリンの第三支部のシステムだった。
「どういうことだよ!?」
「そんなの、こっちが訊きたいわよ!」アタシは椅子ごと相田の方に向き直った。
「だいたいさっきから訊こうと思ってたけど、日本政府に侵入(クラッキング)を仕掛けようって連中が、なんでMAGIと接続した回線なんか持ってんのよ!?」
「いや……それは、その方が高い処理能力を確保できるだろうし……」
「逆探喰らったら、一発でNERVの関与がばれるじゃない! ちょっと考えれば判ることでしょ!」
 アタシの反論に、相田は呆然としていた。ついさっきまでの自信満々な態度がウソのようで、目も泳ぎまくっている。
「アンタ、前にもこのサーバ、起動げたことあるんでしょ? 気づかなかったの?」
「NERVのシステムと接続できたってだけで、びっくりして……。それに、日本語の表示モードに繋がったから……」
「NERVじゃ日本語はドイツ語と並んで第二公用語扱いなのよ。ベルリンだろうが北京(ベイジン)だろうが、どこのシステムでも同じ。接続してきた端末の表示言語設定に応じて、言語モードは自動的に選択されることになってんのよ」
 苦虫を噛み潰すような思いで、アタシは言った。
 やっぱりシンジと一緒に三バカ扱いされるだけのことはある。肝心なところで間が抜けていた。感心しかけてたアタシまでバカみたいだった。
「それじゃ、いったい……どういうことなんだ? なんで戦自がここを砲撃したんだ? それに、そもそも何でベルリンのシステムなんかと回線が――?」
「それはつまり、アンタが得意げに披露してくれた話に、さらに裏があったってことでしょ」
 辛辣なのを承知で、アタシは指摘した。
「戦自の砲撃という要素はひとまず外して考えましょう」相田に、というよりアタシ自身の思考の混乱を回避するために提案する。
「ここはまず、目の前にあるベルリンのMAGI―III(ドライ)と繋がったサーバの存在から考えてゆくべきだわ」
「……サーバ本体にインストールされているアプリケーションにざっと目を通すと、電子侵入(クラッキング)専用に開発されたとしか思えないアプリがいくつもある」
 まだ少し蒼褪めながらも、相田は言った。
「そのうちプロテクトのかかってないヤツのソースコードをひとつ開いてみたんだけど、サイズも小さいし、プログラミング・センスもかなりハイレベルなヤツだ――このサーバが電子侵入(クラッキング)に使われてたのは、ほぼ間違いないと見ていい」
「MAGI―III(ドライ)に?」
「でなきゃ、起動と同時に自動接続(オート・ログイン)する理由が判らない。
 だけど、この研究所にはNERVの息がかかってるだぜ。なんで身内に侵入(クラッキング)なんか仕掛けようとするんだ?」
 身内だからだ――NERVの内部にいれば、誰だって嫌になるほどよくわかるようになる。
 知る必要のある者だけが知ればよい(NKO)の原則は、一見、合理的な考えのようにも見える。しかし当たり前の話だが、それを決めるのは本人じゃない。顔もろくに知らないどこかの誰か、ということだって少なくない。その人物の許しがないと、自分にとって知る価値があると判断する情報であっても、必ずしも知ることができるとは限らないのだ。
 それでも強く知りたいと欲する情報があれば、非合法な手段を講じてでも、という結論にいずれ達さざる得ない――そう。現にアタシがシンジの情報を得るために、こんな場所にいるように。
 実際、この件にNERV内部の人間がどこまで関与しているのかは判らない。だが、おおかたベルリンの第三支部で部外秘扱いになっている情報に接触(アクセス)しようとでも考えた人間がいたのだろう。
「バカな話……」
 アタシはどこまでも苦く呟いた。
 これがNERVという組織の本質だというのなら、上から下までバカばっかりだということになる。
「その辺の事情は判った」アタシの説明を聞き終え、相田は言った。
「それじゃ、ここに戦自が絡んでくる理由はなんだ?」
「はっきりしたことは判らないけど――」
 日本側が勘違いしたためではないか、とアタシは自分の見解を口にした。
 人間の取るあらゆる行動には、痕跡というものが必然的に伴う。
 ベルリン第三支部への電子侵入(クラッキング)工作――それを実行するためにこの研究所に必要な資金や人材、機材などを投入してゆく過程で、不審感を抱かれたのだろう。NERVと日本政府の確執が相田のいうほどのものなら、日本側は特にその辺の動向には敏感なはずだ。
 そして、ここでの工作活動が自分達へ向けられたものだと勘違いした日本政府は、「警告」――相田の表現を借りるなら「嫌がらせ」――として砲弾を撃ち込んだ……。
 もっとも、可能性だけを言うなら他にもいくらでもあった。
 何らかの形でNERV諜報部の情報工作(ディスインフォメーション)に踊らされた、という可能性だってある。身内への電子侵入(クラッキング)などという醜聞を上部組織たる国連中枢の委員会に知られて綱紀粛正なぞ受けるくらいなら、NERVの上層部は日本政府との小競り合いの方を選ぶかもしれない。それとも、既にその事実を知った委員会が日本政府を通じて「警告」を行ったのか――
 ここから先は、もう考えるだけ無駄というやつだ。
 要は、近親憎悪だの対人不信だのでこねあげられた泥沼がどこまでも続く素敵な光景が、アタシ達の前に広がっているということなのだった。
「…………」
 アタシ達はいつしか黙り込んでいた。
 自分達が当初考えていた以上にやばい状況に嵌まりこんでしまっていることに、今になって気づいたのだ。
 やがて、相田がぽつりと呟いた。
「……今度こそ、本当の引き返し可能点(ポイント・オブ・ノー・リターン)、だな」
「そうね。今ならまだなんとかなるかもね」
 アタシも感情を込めずに告げる。
 相田は深々と息を吐き――にやりと笑った。
「でも、そんな気はさらさらないんだろ?」
「当たり前でしょ」
 涼やかに応えたアタシの返事に軽く肩をすくめると、相田は宣言した。
「じゃぁ、ショータイムだ」

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