積読日記

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義忠『彼女の戰い』第11回

Scene11

「……ウナギの寝床ね」
 それは、その一言で形容し尽くされるような部屋だった。
 照明は薄暗く、ひとひとりが立って両手を伸ばすだけの幅もない。そのクセ、妙に縦にばかり細長かった。収監者に心理的な圧迫でも与えたいのだろうか。この業界のトレンドだの流行(モード)だのにはさっぱり疎いアタシには、その効果のほどまではよく判らない。
 ジオフロント。NERV本部内、個人収容監視房――
 室内の観察は、放り込まれてから三分であきた。
 端末はおろか、本や雑誌もないのではすることもない。
 そんな事情(わけ)で、今のアタシにできることと言えば寝ることと考えることぐらいで、そのどちらにも対処できるよう、備え付けのベッドに横たわることにした。
 幸い、当面は考えねばならないことには不自由しそうになかったし、そのための時間も腐るほどありそうだった。
 
 あの時――といっても、ほんの数時間前のことだが――、突如、吹き飛んだ壁の爆煙が晴れるより先に、破壊口から完全武装の保安部制圧隊員達が雪崩込んできた。全員、頭から爪先まで全身を真っ黒な戦闘服で固め、SMG(サブマシンガン)の銃床を肩付けに、壁やローパーティションなどに躯(からだ)を張り付けながらすみやかに室内に浸透してゆく。
 気がつくと、アタシ達は複数の銃口に取り囲まれていた。
「……そうか、壁に穴を開けるって手があったか」
「何ずれた反応(リアクション)かましてんのよ」
 相田と交わした会話はそれが最後だった。
「保護対象者及び他一名の身柄を確保!」「屋内検索(クリアリング)終了! 制圧を宣言!」「六課の担当者が来るまで、現場(げんじょう)には一切手を触れるな!」
 隊員達がでかい声で口々に叫ぶ。何もこんな狭い場所で大声出さなくてもよかろうにと顔をしかめてると、隊員達の背後から黒いスーツにサングラスという、この場の雰囲気を考えると冗談みたいな格好の男が姿をあらわした。
惣流・アスカ・ラングレーだな」男は言った。
「保安条例第8項の適用に基づき、君の身柄を拘束する」
 保安条例第8項? 待機指定勤務者が所在報告もなしに待機状況を放棄した際に適用されるNERVの内部服務規定だ。
 叛逆罪じゃない?
 その疑念の意味を考える間もなく、アタシは制圧隊員達に両腕を掴まれて無理矢理引き立てられた。
「ちょっと、こらっ! 変なとこ触るな!」
 せめてもの抵抗とばかりにもがいて見せたが、勿論、相手にはされなかった。この手の荒事には慣れているのか、無駄のない動きでアタシを屋外まで連行してゆく。
 外は既に陽も落ち、周囲の森は濃い闇に包まれていた。
 前庭では武装した制圧隊員達が慌ただしく動き廻り、トラックや高機動車(ハンマー)がライトをつけっぱなしの状態で何台も駐車していた。投光器の類(たぐい)が見当たらないのは、その分、人目を曳くのを怯れたのだろう。
 それらの車輌の間を縫うようにして引き廻された挙句、一台だけ駐まっていたリムジンの後部座席に放り込まれた。続いてさっきのスーツ姿の保安部員が乗り込んでドアを閉め、一言、「出せ」と命ずる。
 その指示と同時にリムジンが急発進し、アタシはシートに押しつけられた。
 数分後、背後から轟いてきた爆発音に驚いて振り向くと、遮光シートの貼られたリアウィンドウ越しに、遠くでナパーム燃料(ジェル)らしきオレンジ色の炎が天を焦がしているのが見えた。
「アンタ達、まさか……!?」
 男達は何も言わなかった。言うはずがないことを、アタシも知っていた。
 
「や〜っぱ、証拠隠滅ってやつよねぇ、あれは……」
 ベッドに仰向けに寝転んだまま、アタシは呟いた。
 だからって、いきなり建物ごと吹っ飛ばすかよと思わないでもない。だが、NERVの人間は、常日頃から使徒を相手に市街地を捲き込むど派手な戦闘を繰り返してきてるのだ。その辺の感覚が麻痺しててもおかしくはない。ある意味、ミサトなんかその典型だろう。
 まぁ、それだけ必死で隠蔽したかったって事情もあるのだろうが。
「それにしても、相田のバカ、一緒に始末されちゃったなんてこと、ないわよね」
 もっとも、その心配はまずないだろうと見ていた。最低限、事情聴取などの必要があるからだ――勿論、その後、どうなるかまでは保障できないが。
 ともあれ、とりあえず時系列順にNERV側の対応を考えてゆくと、たぶんこうなる。
 まずアタシに撒かれた保安部の警護チームは、すぐにMAGIの都市監視システムを利用した広域捜索に移行シフト。相田の立てた脱出プランがどれほど練り込まれたものだったのかしらないが、結局、この時点で行動を捕捉されていた可能性が高い。本来だったら、その段階でアタシの身柄拘束に動いていたはずだ。
 だがあの研究所にアタシが潜り込んだと判明した時点で、話がややこしくなった。あの研究所での秘密工作を管理していた担当部局に、話を通す必要が出てきたからだ。その辺の内部折衝に時間を喰ったことで、アタシ達はMAGI―IIIに侵入する時間を得ることができたのだろう。
 で、何とか話がついたので、たった二人の中学生相手に大勢様で繰り出した挙句、壁に大穴開けて突入(エントリー)した、と――まったく、ご苦労さまという他はない。
 だが、突入のタイミングを考えると、MAGI―IIIとの通信内容は傍受されてなかったと考えてもいいだろう。もし傍受していたのなら、あの男のIDで接続アクセスに成功した時点で突入してきたはずだ。案外、押収したサーバ内に残る作動履歴(ログ)をチェックして、今ごろ驚いているかもしれない。
 次にアタシは自分の今後の処遇について考えを巡らせた。
「そーいや、保安条例第8項を適用、とか言ってたわね……」
 拘束理由が保安条例第8項のみでしかないなら、アタシの処分は最大48時間の拘禁措置で終わると見ていいだろう。
 叛逆罪ではない――というより、そんなものは問えるはずがない。あの研究所にMAGI―IIIに接続する回線と機材を用意したのは本部中枢の誰かなのだ。シンジの場合もそうだったが、適格者(チルドレン)の除籍や重量刑の適用には委員会の承認が必要だ。いい加減な起訴状では却って痛い腹を探られかねない。
 このまま行方不明扱いにされてしまう可能性もちらりと頭をよぎったが、すぐに否定した。アタシの存在は、NERV内部でのドイツ支部の発言権に直結している。これも、失踪しました、はいそうですか、で済むわけがない。
 結局、初めから何もなかったことにするのが、皆が幸せになる唯一の方法、ということになる。
 後はアタシが素直に黙っているかどうかということだが――あぁ、そうか。相田がいたか。アイツを人質に持ちだされれば、こっちも口をつぐまざる得ない。逆を言えば、アタシがよけいなことを考えないかぎり相田の身は安泰だということでもある。なんだ、問題がひとつ片づいたじゃないの。
 さて、これだけの大騒ぎを引き起こして手に入れたシンジの情報なのだが――
「つまり、どういうことなのかしら……」
 アタシが目にしたあの文書(ドキュメント)は、あまりに内容がぶっ飛びすぎててどこまで信用していいのかよく判らなかった。
 あそこに書かれてあったのは、要するに「エントリープラグ内からシンジが消えた」ということらしい。
 でも下手な怪奇小説じゃあるまいし、というのがアタシの率直な感想だった。
 しかし、MAGI―III上にあんな文書があったということは、この件に関してNERV本部は大真面目でドイツ支部に支援を求めているということになる。
 してみると、どういうことになるのか。
「ますますワケが判んなくなったってだけの話か……」
 まったく、何しに行ったやら、だ。
 アタシは嘆息を洩らした。
 一通りの懸案事項を片づけてしまうと――いや、片づいてない問題もあったが、まぁ、これ以上考えてても答が出そうにないので放り出してしまうと、最後に一番考えたくない問題が重くのしかかってきた。
「憎んでたからって、か……」
 アタシはあの時の相田の言葉を呟いた。
 実母との結婚記念日を長年キィコードに使い続けきたあの男の頭の中は、一体どうなっているのか。実母を死に追いやっただけでなく、継母をも裏切り続けてきたことになる。これが感情が理性を圧し潰した挙句の行為であるのなら、あの男の中に存在するそれほどまでに強い感情の正体とは何なのだろうか。
 よくわからない――いや。わかりたくないのかしら、とも思う。
 ウェディングドレス姿の実母の隣に写っていたあの男は、学問以外では優しいだけが取り柄のようなたおやかな青年だった。線の細いところなんか、ちょっとシンジに似てなくもない。
 だがアタシの知るあの男は、病で苦しむ実母を嗤い、出世のためなら平気で他人を蹴落とし、裏切ってゆく男だった。実母の事故も、アタシが適格者(チルドレン)に選ばれたことも、すべて出世に利用してきた。
 セカンドインパクト――大人達は皆、それですべてが変わってしまったと言う。
 ある者は怒りをこめて。ある者は哀しみをこめて。
 愉しげに語る者などひとりもいなかった。
 あの男もまた、人生を変えられたひとりなのだろうか。
 あの男と実母――その二人の間に存在した「物語」は、アタシが考えていた以上に複雑で、底の知れないものだったということなのか。
 いや。薄々は感づいていたのだ。
 だがそれは、あの男を「悪者」とすることで辛うじて成立している単純明快なアタシの「物語」を呑み込み、簡単に圧し流してしまいかねない、凄まじい重圧感を放つ「物語」だった。しかも本人の意思に関係なく、登場人物のひとりとして勝手にアタシを取り込もうとしている――実の父と母という権利を振りかざして。
 怯かった。本当に怯かった。
 父母の作り上げた愛憎入り乱れる複雑怪奇な「物語」の冥(くら)い森の中に引きずり込まれ、自分の在るべき姿を見喪ってしまうことが怯かったのだ。
 だからあの時、結婚式の写真を握りつぶしたのだ。そしてあの男が、ママを今でも心のどこかで愛しているかもしれないなどと、考えたくもなかったのだと、アタシは今になって理解した。
 結局の所、両親の元から逃げ出してシュヴァルツヴァルトの森を彷徨(さまよ)った幼い頃のあの日から、アタシは一歩も成長していないということなのか……。
 アタシは再び溜息をついた。
 つまらない答にたどり着いてしまった。
 薄暗い独房の天井を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「……考える時間があり過ぎるってのも、考えものよね」
 
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