積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 花嫁強奪』第9回

 
 雪原にぶち撒けられたかつて第1山岳混成小隊だった兵士達の遺体と、擱座(かくざ)した山岳戦車の残骸を前に、ホルト中尉は目の前の惨状を現実のものと受け入れられずにいた。
「そんな……」中尉は首を振って言った。
「彼等は我が国境警備隊の精鋭部隊だったんですよ!」
「それはあくまで『山岳歩兵』としての話だろう」シラン大尉が冷やかに指摘した。
「戦車に随伴する『機動歩兵』としては素人同然だったらしいな」
「何が違うんです!?」
「それが判らんようだから、たったひとりの敵に簡単に嬲(なぶ)り殺しにされたんだ」
 少し離れた場所で、兵のひとりが胃の内容物をその場に吐き出しているのを眺めながら、大尉は告げた。
「ひとり……? まさか、たぶん増援があったんですよ。でなきゃ、戦車まで連れた一箇小隊が全滅するはずがない」
「雪の上の足跡をよく見ろ。国境警備隊(おたくら)が履いてるスノーシューズとは違う痕跡のものは、一種類しかない」
 言われるままに雪の上に視線を落とした中尉は、確かに集団とは外れた動線を描くひとり分の足跡を認めざる得なかった。
「しかし、いくらなんでも、たったひとりでこんな──」
「事前に地雷や武器をここに仕込んでおいたんだろう。別に先行して武器を置いて廻った支援要員がいるな。だが、この場で第1山岳混成小隊(かれら)が相手をしたのはたったひとりだけだ」
「……何者なんです、そいつは?」
「〈帝国〉陸軍参謀本部特務第6課のヒュー・タムという少佐だ」
「ヒュー・タム……いや、待ってください。どこかで聞いたことがある名前だ」
カバラス峠の英雄の名だ」
 つまらなさげに大尉が口にしたその名に、中尉は絶句した。
「な……っ!? 寄せ集めの一箇小隊で〈同盟〉の機甲師団に大損害を与えたという、あのヒュー・タムですか? 対機甲歩兵戦術の神様のような男じゃないですか! それが何でこんなところで、秘密工作員なんかやってるんですか!?」
「さあな。捕まえたら本人に訊いてみるんだな」
 そう言って、背を向けようとする大尉に、中尉は喰い下がった。
「待ってください。そんな危険な男を相手にするだなんて、聞かされてない!」
「聞いたからどうだというのだ、中尉?」
 ぞっとするほど酷薄な瞳で見据えながら、大尉は静かに問うた。
「聞いても聞かなくても、この程度の練度の部隊が相手なら結果は同じだ。私でも簡単に捻り潰せる。所詮、せいぜい兵役逃れで国境を越えてくる〈帝国〉人を捕まえるのが『戦争』だった程度の連中が、どれだけ束になってもあの男にかなうはずがない。
 あの男はな、中尉、『戦争』そのものなのだよ」
 それまで無表情だった大尉の口許が、にぃと歪む。
「あ、あなた方、親衛隊だって、実戦経験では同じようなものじゃないか!」
「私は陸軍からの移籍組だ。大戦中は、第二次西方辺境派遣軍第1軍第1師団第228連隊に所属し、長距離偵察中隊を率いて西部辺境領山岳地帯で戦闘任務に就いていた。それなりに砂を噛ませてもらっている」
 西部辺境領に従軍した将兵が好んで使う言い廻しで、大尉は己の舐めた辛酸を表現した。
「戦後、縁あってコープ少将に拾われ、親衛隊に籍を置いている──何か他に質問は?」
「い、いえ……」
 口ごもる中尉に、大尉は口許のみを綻ばせて言った。
「別に責めているわけではない。第1山岳混成小隊(こいつら)はよくやった。ここで消費された火力は、本来なら我々に向けて使用されるはずだったものだ。連中に与えられた時間から逆算して、これ以上の装備は持ち込む暇はなかったろう。
 後は我々が追い付いて斬り刻むだけのことだ」
 そう言って、マントの下で軍刀(サーベル)の鯉口を涼やかに鳴らす。
「……いや、それでは第1山岳混成小隊(かれら)はただの弾除けと──」
 からからに乾いた喉から絞りだすようにその問いを口に仕掛けたそこへ、周囲を捜索していた下士官が駆け寄ってきた。
「生存者を発見しました!」
「何だと!?」中尉はほっとして笑みを見せた。
「よかった。状態は?」
「腹に喰らっている者が一名、手足を喪って出血多量の症状が出かかっているものが二名ほどいました。探せば他にもいるかもしれません。急いで麓に下ろして手当をすれば、助かる可能性も──」
「諦めろ」
 冷水を浴びせるように大尉が言い放った。
「……何を言ってるんです? まだ生きてるんですよ?」
「生かされたんだ、そいつらは。我々の戦力を奪うために」
「いや、何を言って──」
 首を振る中尉を追い込むように、大尉は告げた。
「そいつらを麓に送り届けるために、何人使うつもりだ? それはどこから連れてくるんだ? まさか、この部隊から裂くわけではないだろうな? それで残されたわずかな戦力で、機械化歩兵小隊をひとりで壊滅させた男を相手にするつもりなのか?」
「………………」
「奴がわざわざ止めを刺さずにそいつらを放置した意味を考えろ、と言ってる。そいつらは見捨てて先へ進むんだ──我々は『戦争』をしてるんだぞ」
「………………」
「隊長殿!」
 黙り込む中尉を見かねて、下士官が声を掛ける。
 振り返った中尉の顔色は、屍人のように蒼褪めていた。
「……部隊をまとめろ、軍曹。すぐに追跡を再開する」
「いや、しかし負傷者の扱いは──」
「ここに置いてゆく。……本人が望むなら、楽にしてやれ」
「………………」
「軍曹、復唱は?」
 軍曹はよそ者の大尉の顔を一瞬、憎々しげに睨むと、敬礼とともに中尉の命令を復唱する。
 小走りに兵達の下へと駆けてゆく軍曹の背中を見つめながら、中尉は呻くように訊いた。
「これでいいんですね、大尉」
「勿論だ、中尉」大尉の声は、どこか嗤うような響きさえ含んでいた。
「これは『戦争』なのだからな」
 
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