積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 花嫁強奪』第12回

12

 
 だが、限界はいきなり訪れた。
「!?」
 足許の小さな岩に躓(つまづ)き、足がもつれてバランスを崩す。
 そのまま肩から突っ込むようにして転倒し、地面の凹凸に打ちのめされながら転がると、木の根元に背中を激しく打ちつけて止まった。
「……くっ……っ!」
 立ち上がろうとして、全身から発する痛みを堪え切れず、その場に崩れ落ちる。
 と、その目の前に、白い国境警備隊の冬季野戦服を着込んだ大柄な男が立っていた。自動小銃は持たず、代わりに腰のホルスターから拳銃を抜くと、ゆっくりと遊底(スライド)を引く。
「………………!」
 恐怖で喉が張り付いたかのように、悲鳴も上げられない。
 自分はここで死ぬのだろうか。
 生きようと誓ったのに。生き抜こうと誓ったのに。
 貴方に、本当の貴方に出逢えたばかりだというのに。
 兵士が銃口をこちらに向ける。
 フェリアはきつく眼を閉じ──
 だが、いつまで経ってもその時はこなかった。
「………………?」
 恐る恐る瞼を開けると、目の前の兵士の身体がぐらり揺れ、両手を広げて後ろにひっくり返った。見れば、その額に赤黒い小さな穴ができている。
 何が起こったのかまだ理解できていないフェリアをよそに、もうひとりの兵士が慌てて拳銃を構えようとする。
 が、次いで空気が抜けるような圧搾音が続けて聴こえ、兵士の身体が踊るようにその場で旋回し、そのまま雪の上にその身を投げ出した。
「危ないところでした」
 少佐とよく似た〈帝国〉のイントネーションの残る〈王国〉語。
 振り返ると、雪の塊がぬっと立ち上がり──それが体中に白い布を張り付けた大柄な兵隊だということに気付いた。
 あっけに取られて見上げると、兵隊はこれも白い布で覆ったヘルメットのつばを少し持ち上げ、熊のような厳つい顔に人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
「フェリア王女殿下ですか?」
「え……ええ……」
「よかった。〈帝国〉陸軍のゴラン・チュー軍曹です。少佐の指示で迎えに上がりました」
「少佐……?」
 少佐が言っていた「迎え」だろうか。本来なら国境線の向こうで待機しているのが筋なのだろうが、状勢の悪化を懸念した少佐が、領土侵犯を承知で手を打ったということか。こうやって、ぎりぎりで助けられたのも全部彼の計算通りなのかしら……。
 そこまでぼんやりと考えて、はたと気付いた。
 当の少佐は、まだこの先で闘っているのだ。
「待って、少佐がまだこの先にいるの! 国境警備隊と戦っていて──」
「承知してます」軍曹はにっこり笑うと、背後の雪原に向かって怒鳴った。
「このまま少佐の救出に向かう! 総員、戦闘準備!」
 雪原が一斉に立ちあがるように、白づくめの兵士達が身を起こすと、鮮やかに調和された金属音を鳴らしてその命令に応えた。
 
「少佐、貴様のしぶとさにはほとほと感服するぞ!」
「そりゃあ、どうも!」応えつつ、自動小銃を木の陰から一発ぶっ放す。
「シラン大尉、あんたのしつこさも大概なもんだけどな!」
 倒木の陰に陣取って狙撃を加えてくる兵士を狙ったのだが、手前に着弾して外れてしまった。舌打ちしつつ、自動小銃のリリースボタンを押して空になった弾倉(マガジン)を地面に落とし、最後の弾倉(マガジン)を叩き込む。
 先ほどの横合いからの一斉射撃はかろうじて回避したものの、その時、とっさに飛び込んだ窪みが、ちょうど二方向に分かれた敵の火線が交わるポイント──要するに十字砲火のど真ん中だった。
 しまった、と思ったものの、他に選択肢などなかったのだからしかたがない。
 隙を見て抜け出そうと試みたものの、そのルートを先ほどの狙撃兵に押さえこまれてしまった。その兵が指揮官の指示もなしに自分でその狙撃ポイントを見つけたのだったら、今からでも自分のチームにスカウトしたいくらいのいい戦術眼だった。
「……って、感心してる場合じゃないか」
 おまけに追撃部隊の指揮をとっているのが、エド・シラン大尉ときてる。
〈同盟〉工作員からのタレ込みで今度の一件を知った〈帝国〉陸軍参謀本部特務第6課は、まずは情報の裏付けを得るため、少佐を〈王国〉内に送り込んだ。だが、その証人となりそうな人間を行く先々で片っ端から斬殺して廻っていたのが、シラン大尉だった。
 件(くだん)の〈同盟〉工作員は、自分が〈帝国〉にタレ込んだ事実そのものもコープ少将にも伝えていた。要するに、せいぜい派手にいがみ合え、ということらしい。そして、少将は子飼いで汚れ仕事専門のシラン大尉に始末を命じたのだ。
 結局はそうしたなりふり構わないコープ少将の姿勢自体が、事態の切迫度を間接的に証明する形となり、作戦は次の段階──フェリア王女救出作戦へと移行した。
 ただ、その際に多少の時間稼ぎと、作戦目標の変更を悟られないために、少佐は一計を案じて、シラン大尉の目の前で「死んで」みせたのだ。
 いろいろ急拵えの詰めの荒い計略だったので、どうせすぐにばれると肚は括っていたのだが、大尉との因縁がこの最後の最後の局面までもつれ込むとは思ってもみなかった。
「まったく、粘着質な野郎だ──!?」
 毒づきかけたそこへ、再び迫撃砲の発射音──少佐の後方に着弾し、雪やその下の腐葉土を盛大に空中に捲き上げた。
 次いで、もう一発。今度は少佐の前面で地面が沸き上がる。
 目標に対する遠弾と近弾──挟叉(きょうさ)射撃がこれで成立したことになる。次の攻撃からは迫撃砲の射撃照準の目盛をちょうどその中間に設定することで、少佐の頭上に致死性の金属スラグを好きなだけぶち撒けられるようになったということだ。
 非常にまずい状況だった。
「おい、シラン大尉!」少佐は慌てて叫んだ。
「判った、投降する。武器を捨ててここを出るから、撃つなよ!」
「馬鹿か、貴様」大尉が吐き捨てるように応えた。
「この期に及んで、そんな命乞いが通用するか! まして貴様の口にする台詞なぞ、一言たりと信じられるものか!」
「何でこう信用ねぇかなぁ……」
 その信用を得ようとする相手に、一度、目の前で「死んで」みせていることなぞ、きれいさっぱり忘れ去ったかのような口調で嘆いてみせる。
「まぁ、聞け! ご覧の通り、フェリア王女はここにはいない。とっくに別のルートから逃げ出してる。俺がここでこれ以上、粘って戦う必要もないわけだ。お互いにこれ以上、損害を重ねても意味はない」
「だから、何だ」憤然と大尉が告げる。
「貴様は殺す。貴様だけは、殺す。何があってもだ。
 ここにいる国境警備隊員達は、皆、ついさっき貴様に第1山岳混成小隊の仲間達を鏖(みなごろ)しにされたのを忘れたわけではないぞ。俺も部下を貴様に何人も殺されているしな。貴様を生かしておくという選択肢はありえん。
 それは貴様も判っているはずだろう。たとえこの場で貴様の投降を認めても、武装解除した瞬間に俺が全身を斬り刻んでやる。
 全部承知なくせに、くだらない時間稼ぎはやめろ!」
 少佐は小さく舌打ちした。
「頭に血ぃ、上らせやがって、あの野郎……」
「それに王女の心配なら、もう不要だ」
「何……?」
「既に追手を放ってある。今頃、追いついて冷たくなっている頃だろう」
 少佐は自動小銃の銃把(グリップ)を握り締め、瞳を細めた。
「……手前ぇ……!」
「さらばだ、少佐。貴様の骨は、後で拾って犬の餌にでもしてやる」
 そう言って、大尉が迫撃砲の発射を命じようとしたその時、部隊の横合いから一斉射撃が襲いかかった。
「敵襲だと!?」
 少佐はその隙に乗じて身を起こすと、先ほどの狙撃兵に向けて発砲した。今度の銃弾は、狙撃ライフルを突き出したわずかな隙間を潜り抜け、背後の狙撃兵を撃ち抜くことに成功する。
 銃弾が「当たった」感触に、成果の確認を待たずに即座に窪地を飛び出す。
 背後から銃撃が襲いかかるが、散発的なものだ。ほとんどの兵の意識は、突然襲いかかってきた謎の武装集団への対応に追われている。
 既に照明弾の光は喪われ、木立を闇が覆っている。
 その中を、まるで夜目が利くかのように正確に縫い駆け、瞬く間に国境警備隊員達の射撃範囲から離脱する。
「少佐! こっちです!」
 聞きなれた声に視線を流せば、白い冬季野戦装備の大柄な兵がこちらに手を振っていた。
「軍曹、助かったぞ!」
 軍曹の身を寄せる木の陰に飛び込むや、少佐は左手を差し出した。その手をがっしりと強く握りながら、軍曹は苦笑して言った。
「今日は間一髪の多い一日みたいですね」
「フェリア王女は?」
「無事、保護しました」
「よし!」少佐は頷き、
「それで何人連れてきた?」
「山岳歩兵師団の長距離偵察小隊から一箇分隊ほど」
 警戒が強化されているであろう今の〈王国〉国境を誰にも気付かれずに浸透突破し、こんな奥地まで到達してのけたことから見ても、彼等が恐るべき練度を持った部隊であることが判る。現に、国境警備隊部隊は襲撃を受けるまで、誰もその接近に気付かなかった。
「いいぞ」少佐はにやりと凶暴な笑みを浮かべた。
「戦力規模はほぼ一緒だが、先手を取れたことで主導権(イニシアティブ)はこっちにある。このまま、押し出して敵を殲滅しよう」
「いいんですか?」軍曹が訊ねた。
「こっちは王女を同行しています」
「今の時点で、〈帝国〉の正規部隊がここまで〈王国〉領内深くに浸透していることを報告されるとまずい。最悪でも屍体は埋めて、生き残りを全員拘束して〈帝国〉領内まで拉致する必要が──今、何と言った?」
「フェリア王女を同行しています、と」
 少佐は軍曹の胸倉を掴んで怒鳴った。
「何で、あの女をこんなところまで連れてきたんだ! 後方で兵を付けて保護していればいいだろう!」
「私が連れて行くように求めたのです」
 木立の間から姿を現したフェリアは、凛とした口調で言った。
「今すぐ全員に戦闘を停止するように命じなさい、少佐」
 
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