積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第1回

0-1

 
「婚約者?」
 侍女のテレサからその話を聞かされた時、フェリアが発した第一声はそれだった。
「誰の?」
「勿論、姫様の、です」
 幼い頃からフェリアのそばに仕えるテレサの態度は、落ち着き払っていた。
「いや、ほら、テレサのって可能性だってあるじゃない。仕事熱心に私の面倒をみてくれてるのは本当にありがたいって思ってるけど、自分の幸せだって求めていいはずよ。だから、そろそろそんな話があったって不思議じゃないわ。だってあなた、もうすぐ四──」
「私(わたくし)の話など、どうでもよいのです」ばっさりとフェリアの言葉を切り捨て、テレサは細身の眼鏡の下から冷たく睨みつける。
「そんなことでごまかせると思ったら大間違いですよ、姫様」
「………………」
 市井の娘なら舌打ちのひとつもしているところかしら、とフェリアは胸でぼやく。勿論、一国の王女としてこのテレサによって厳格に仕付けられた身としては、そんなはしたない真似はできないが。
「だけど、何もこんな、留学初日で荷物もろくにほどかない内に、そんな話をしなくったって……」
 腰を下ろしたベッドの上から周囲を見廻せば、〈帝都〉留学中の宿舎代わりとしてワンフロア丸ごと借り上げられた高級ホテルのペントハウス。その広い床に、衣類や家具を入れたダンボールの箱や木箱が雑然と放置されている。こういうものは、大低、フェリアが現地入りする前に片付けられているものだが、それだけに今回の留学がよほど急に決まった話であることが判る。
「順番が逆です」テレサは首を振った。
「ご婚約の件があったから、今度の留学が認められたのです」
「………………」
 身も蓋もないにもほどがある話に、フェリアは開いた口が塞がらなかった。つまるところ、婚約をカモフラージュするためだけに、自分の留学は認められたのだ。
 どうりで妙にとんとん拍子で話が進むと思ったら、そういうことだったのか。
「でも、それって酷いじゃない。まるで騙して連れて来られたみたいだわ」
「敵を騙すにはまず味方から、と申します」
「結婚するのは、私よ、私!」
 強く主張するフェリアから、テレサはとぼけるようにつと視線を逸らす。
「そもそも、『敵』って何よ?」
「スキャンダル狙いの記者や、我が〈王国〉と〈帝国〉の親密な関係を警戒する列国の密偵(スパイ)、王室の国民への影響力に嫉妬する市民議会や財界の反王室派……いくらでも数え上げられます」
「国を出てまで、そんな連中の心配をしなくちゃいけないわけ?」
「国外に出ていればこそ、です」テレサがぐっと身を乗り出して告げる。
「警護の数も限られておりますし、頼りになる者も少ない。一朝、事が起こってからでは遅いのです」
「大使館の人間がいるじゃない」
「とんでもない。外交官など、役人の中で一番信用の置けない部類ですわ」
「……あ、そう……」
 何かとてつもない偏見がありそうだったが、この上、妙な方角に話をこじらせたくなかったので突っ込むのはやめた。
「で、〈帝国〉への留学が婚約のカモフラージュってことは、その婚約者っていうのは〈帝国〉の皇族か何かなのね?」
「おっしゃる通りです」テレサは頷き、脇に抱えた薄手のバインダーを開いて差し出した。
「こちらが姫様のお相手のカオ・コ・タク殿下──御歳二五歳の〈帝国〉皇室第11皇太子です」
「……またえらく微妙なポジションね」
「独身の男子で結婚適齢期の〈帝国〉皇族というのが、そもそも限られているのです。ご不満でしたら、こちらの、四三歳、離婚歴二回の第8皇太子の方になさいますか?」
「……いや、こっちでいい」
 溜息交じりにフェリアはバインダーを受け取った。
 開いたバインダーの片側には、細身の眼鏡を掛けた学者風の青年の映る正面写真が挟まっていた。痩せ気味ながら、肩幅はそれなりにあって、それはいいのだが、とりあえず着込んだスーツにネクタイというフォーマルな装いと、まるでマッチしていない。浅黒い貌(かお)には、そもそもここにいること自体、間違いだと言わんばかりに、どことなく困惑した表情が浮かんでいる。どこの誰が手配したのか知らないが、寄りにも寄って婚約相手に見せる写真がこれか。他がよほど酷かったのか、この縁談をまとめる気がはなからないのか──どっちだろう、とフェリアは真剣に首を捻りかけた。
「それで、このカオ殿下ってのにいつ会えばいいの?」
 どうせ避けられないのなら、さっさと片付けてしまおうとフェリアは訊ねた。婚約云々は、その後でどうとでもうやむやにしてやる。テレサや王室官房の役人どもの魂胆はともあれ、自分は「留学」のためにこの〈帝国〉に来たのだ。その初志は貫徹せねば。
 フェリアの肚の内など先刻周知の上、とでもいうように、テレサはさらりと答えた。
「明日です」
「明日? 明日は、大学に初登校──」
「ですから、そこを」
 テレサに示された箇所に視線を落とす。
「……なるほど、そういうこと」
「ええ、そういうことです」
 澄ました表情で頷くテレサを、フェリアは睨みつけた。
 勿論、フェリア付きの鉄壁の侍女長の表情が、そんなもので揺らぐはずもなかった。
 
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