積読日記

新旧東西マイナー/メジャーの区別のない映画レビューと同人小説のブログ

■Twitter               ■Twilog

■小説を読もう!           ■BOOTH:物語工房
 
各種印刷・製本・CDプレス POPLS

義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第5回

0-5

 
「いかがでしたか?」
 ホテルに戻り、夕食を済ませてふたりっきりになった頃合いを見計らって、テレサが訊ねてきた。
 予想通りの質問とタイミングに、フェリアは鏡台の前で髪を梳くブラシをテレサにゆだねながら、あらかじめ想定済みの回答を口にした。
「学校のこと? 学校なら、設備も充実してたし、教授や講師も優秀そうで、面白そうな研究もいろいろやってるみたいだし、まぁ、悪くはないんじゃないかしら」
「勿論、そっちの方ではありません」
 ダメか。
「……いや、あれはダメね。婚約者云々という以前に、社会人として残念な面が多すぎます」
「学者というのは、得てしてそんなものですよ」
「だいたい、本人も結婚したがってる風じゃなかったし」
「当事者の意志はこの際、あまり関係ありません」
 ばっさりとテレサが言い放つ。
「……いや、私も当事者なんだけど?」
「お二人には我が〈王国〉と〈帝国〉の置かれた今の状況を、しっかりとご理解いただく必要があります」
〈帝国〉は現在、西方の辺境領地帯で〈同盟〉と戦争を行っている。
 この〈同盟〉との戦いは、〈帝国〉がこれまで行ってきた周辺の弱小諸国との戦争や内戦とは異なり、高度に近代化された大国どうしの全面衝突の様相を呈していた。いわば、工業力と工業力のぶつかり合いであり、資源と人命をかつてなかった規模で消耗する総力戦だった。
 しかし、戦争も工業活動も、そこに従事する人的資源があって初めて成立する。若年労働者人口は、そのものずばり徴兵対象となる人口層ともろに被っている。本来なら工場や鉱山などで働いていたはずの若者を兵隊として戦場に送りこめば、その分、後方の工業生産力が落ちるのはごく当たり前の道理だ。
 だが、近代戦は戦場に兵隊だけを送り込めば勝てるというものではない。銃砲火器や戦車や航空機などの装備も大量に生産し、前線に送り込んでひたすら消費を重ねねばならない。後方の工業地帯には、平時よりも一層の生産能力が求められる。
 この時点で、相矛盾する命題が突きつけられているのだ。
 この命題への回答のひとつを〈王国〉は〈帝国〉に提示していた。
 つまり、自国の工業力で〈帝国〉の戦争を支えるという申し出である。これにより〈帝国〉は戦争遂行に必要な工業力を、〈王国〉は兵器や軍需物資の輸出で莫大な富を得た。
「ですが、そんな〈王国〉側にばかり虫のいい話が、そうそうまかり通るわけがありません」
 まず増え続ける戦費に悩んだ〈帝国〉指導部は、〈王国〉に戦時国債の大量購入を求めた。要するに一旦支払った兵器類の購入代金を、別ルートで取り戻そうというのだ。その額も膨大で、これを受け入れてしまえば〈王国〉国内には軍需産業の設備投資向け資金以外に大して富は残らないだろう。しかも、どうせ戦後に予想されるインフレで実質的な価値が大幅に目減りをするのは目に見えていた。〈王国〉にしてみれば理不尽極まりない要求だったが、しかし〈王国〉政府はこれを呑んだ。
 次いで、〈帝国〉指導部は〈王国〉に兵力の提供も求めた。この戦争は〈帝国〉単独の戦いではなく、〈王国〉を含む〈帝国〉圏全体の戦いなのだ。〈王国〉もまた、応分の血と汗を流すべきだ。──そう主張する〈帝国〉指導部と〈帝国〉国内世論に圧(お)される形で、現在、〈王国〉議会では西方辺境領への出兵を巡る議論が行われている。早晩、これも実際に受け入れることになるだろう。
 そうまでして、〈王国〉が〈帝国〉に尽くすのは、一重に〈王国〉の存亡が〈帝国〉の意志ひとつに掛かっているからだ。
 人口三、〇〇〇万に過ぎない〈王国〉と、二億に近い人口の〈帝国〉では、はじめから喧嘩にならない。周辺の北方諸国家群の人口を掻き集めても五、〇〇〇万に届かず、ましてやそれらの諸国の兵力や産業が〈王国〉の完全な統制下にあるわけでもない。集めたところで烏合の衆以上の意味はない。
 それに、〈王国〉の経済は〈帝国〉の豊かな市場に依存しきっている。軍需物資以外にも、工業資材から日常生活品まで、〈帝国〉市民の生活の至る所で〈王国〉の製品を見ることができる。それだけ〈帝国〉市場に〈王国〉製品が浸透しているということであり、〈王国〉製品ボイコットの運動が兆しを生じるだけで、破滅的な大損害が発生するということでもある。
 更に言えば、〈王国〉の存在が疎ましいと感じれば、〈帝国〉は一片の逡巡もなく〈王国〉の内政に干渉してくるだろう。〈帝国〉の──というより、歴代の中原(ハートランド)の政権は、周辺諸国の存在を自分の所有物くらいにしか考えておらず、内政に手を突っ込んでクーデターを起こすことなど何とも思っていない節がある。おかげで親兄弟で血で血を洗う抗争をするはめになった諸国は枚挙にいとまがなく、中原(ハートランド)への怨嗟で自国の歴史を塗り潰せる国も少なくない。
〈王国〉はそうした悲劇を巧妙に避けてきた国ではあるが、それは〈王国〉が中原(ハートランド)の歴代政権の意向を正確に把握し、常に先廻りして歓心を買うよう努めてきたからにほかならない。
「……この婚約もその内のひとつだっていうの?」
「そうです」テレサが頷く。
「姫様の〈帝国〉への御輿入れは、〈帝国〉市民の対〈王国〉感情を大きく好転させるでしょう。〈帝国〉指導部に対しても、恭順の意を示す象徴的な行為として、彼等の警戒心や要求を緩ませる効果が見込まれます」
「……それって、私に『人質』になれってこと?」
「そのとおりです」
 頷くテレサの顔を、フェリアは鏡越しに苦々しく睨みつける。
「今時、そんな人質がわりの政略結婚だなんて──」
「姫様」
 テレサが不意に表情を引き締め、フェリアの瞳を覗き込んで言った。
「政(まつりごと)とは、いつの時代も最後は人の身に落し込まれて始めて治まるものなのです。そして、王の役目とはその器(うつわ)となること。それが貴女様の役目なのですよ」
 そのまっすぐな視線を受け留めきれず、フェリアはとっさに視線を逸らした。
「な、何を言ってるの? 全然、ワケわかんない」
「今は判らなくとも、いずれ秋(とき)がくれば判ります。
 勿論、そんな秋(とき)がこなければ、それはそれで幸せなことなのでしょうから、その時は私(わたくし)の言葉など忘れてしまってください」
「……テレサ……?」
 優しさとも愁(うれ)いともつかぬ複雑な色彩の笑みを向けるテレサに、フェリアはそれ以上、何も訊けなかった。
 
>>>>to be Continued Next Issue!