積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第7回

0-7

 
 その日の内に〈帝国〉側、〈王国〉側の関係各方面に、フェリアとカオの婚約成立の知らせが通達された。
 ただし、フェリアが自分がまだ学生の身であり、勉学の妨げになると強硬に主張したことによって、マスコミには伏せられたままだ。この辺、〈王国〉側で不本意に思ってそうな勢力も一部にあるようだったが、〈帝国〉側があっさりとフェリアの要望を呑んだことによって、不平や不満の声は立ち消えになった。
〈帝国〉側としては、国内世論を喚起できる大きなカードなだけに、慌てて今すぐ切るのはもったいないと考えたのではないか──というのが、カオによる見立てである。
 それが正しければ、たとえ在学中であっても、〈帝国〉側当局の意向次第でいきなり結婚まで追い込まれる危険もある。だが、その時はその時だとフェリアは肚を括っていた。どうせ時間稼ぎにしかならないことは、百も承知の策なのだ。
 それに稼いだこの時間の間に、何か状況が変わるかもしれない。
 今度の「婚約」が、周囲の状況によって追い込まれたものなら、その状況が変わってすべてを御破算(ごわさん)にしてひっくり返すチャンスだってやってこないとは限らない。戦争だって終わるかもしれないし、そうなれば〈王国〉が〈帝国〉のご機嫌をここまで神経質に伺わねばならないこともなくなるだろう。…………。
 まぁ、どれも非常に消極的で、楽観的な観測に過ぎないのが、やはり難ではあるのだけど。
 そんなことを考えながら、フェリアはほぼ連日、カオのいる法学部第5研究室に出入りするようになっていた。
 一応、「婚約者」なのだから、それらしい振る舞いをしなくてはまずいか、と思ったのが理由のひとつ。
 それに本校舎から離れた場所にある第5研究室は、周囲も静かなので集中して勉強するのにもってこいだったのが理由のふたつ目。
 それと、あえて追加するなら、男やもめが何年も住みついて荒れ果てた第5研究室はつくづく掃除のしがいがあり、いくら通っても終わりが見えそうにないというのも大きな理由として挙げられた。
「姫様みずから、掃除されてるのですか?」
「何よ、本当に汚いんだから、しょうがないじゃない」
「じゃあ、そういうことにしておきます」
 フェリアの第5研究室通いの話を聞いたテレサは、そういって何かを見透かすような笑みを浮かべた。
 絶対に何か勘違いしていると思う。ミリアも一緒に付き合わせているので、別に妙な勘繰りを入れられる筋合いはない。
 大体、家主のカオは年の半分はフィールドワークで戻ってこないので、その間は空き家の管理人をしているようなものなのだ。
 だから、テレサが期待するような話はないのだ。
 たぶん、きっと。
 
 フィールドワークの道具類一式に資料やら非常食やらを詰め込んだ重いリュックサックをひょいと担ぎ、ドアの前でカオはフェリアを振り返った。
「じゃあ、行ってきます」
「ええ、気を付けて」
 笑顔で見送ろうとして、カオが微妙な表情を浮かべていることに気付く。
「何か忘れ物?」
「いや、その、後ろ……」
 その指摘に背後に目をやると、ミリアが緩んだ表情で口許に手を当てている。
「え……と、ミリアさん?」
「ふふふ、おふたりとも、仲がよくて羨ましいです」
「な……っ!?」
「いや、これはだね──!?」
 慌てて否定しようとして、ふたり同時に硬直する。
 いや、ここは肯定しておいた方がいいのか?
 ミリアにはこの「婚約」があくまで仮のもので、実は「同盟関係」なのだということは話していない。なので、本物の「婚約者同士」と思い込んでいてもらった方が何かと都合がいい。
 なのだが、そうと狙って「演技」していたわけでもないこんなところを捉まえて、「仲睦まじい」などと思われるのは本意ではない。
 いや、だからと言って、ここで本気で否定するのも──
 ちらりとカオの方を見ると、やはり困惑した目でこちらを見ている。
 しょうがないじゃない、この娘にそんな複雑な事情を話したって伝わらないし。
 半ば諦観めいた結論を表情に浮かべたフェリアに、カオはふと穏やかに和らいだ笑みを向けた。
 何かそれは、この状況すべてを受け留めて、それを慈しんでいるような笑み。
 それを目にして、フェリアもつられるように気持ちがふわりと浮かびあがる感覚を覚えた。カオと過ごす時間の中で、いつの間にか当たり前のように感じることが多くなった感覚。それを戸惑うことなく受け入れるようになったのは、いつからだったろうか。
 だが次の瞬間、カオの表情に一抹の翳(かげ)が走る──まるで、痛みを孕んだ寂しさに耐えるような翳(かげ)が。
「………………」
 それは一瞬で消え去り、すぐにもとのいつもの穏やかな表情に戻った。すべては隠蔽され、拭いさられ、まるで何もなかったかのように、何の痕跡も残さず。あるいは何かの錯覚かと思いたくなるほど鮮やかに。
 だが、見過ごしてはいけない、と心の奥で何かが叫んでいた。何かひどく危険な、とりかえしのつかないことが起きるような、そんな予感。…………。
 わけもなく沸き起こる激しい不安感に駆られ、とっさにフェリアが声を掛けようとするより早く、カオの方から先に口を開いた。
「それじゃあ、行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
 半ば無意識のうちにそう応えると、カオは軽く手を振ってドアから出て行った。
 それを見送った直後、フェリアは何か鋭い痛みのようなものが胸に差し込むのを感じた。
「………………」
 あれ、何だ? 何だろう、この感覚?
 胸元で小さく手を握り、痛みに耐える。
 追いかけて、連れ戻さなきゃ──
 ほとんど何の脈絡もなくそう思い立ち、顔を上げたその背をミリアが呼びとめた。
「フェリア様……どうかされたんですか?」
「……何でもないわ、大丈夫よ」
 本当に?
 先程のような鋭い痛みは既に去り、そう言い聞かせれば、自分でも本当に何もなかったのだと信じ込めそうだった。
 だが、そのまま流してしてしまってはいけない気もした。
 フェリアはもう一度、カオの出ていったドアに目をやった。
 そこに何かの答えがあるかのように。
 
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