積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第10回

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 現地に向かう飛行船に乗るため、最寄りの空軍基地に全速力で向かうリムジンの車内で、フェリアは向かい合って座る中尉の襟章をつけた青年士官に喰ってかかった。
「それで殿下の容体は?」
「申し訳ありませんが、私の口からはお答えできません」
「何でです?」
「私達も情報を得てないんです」申し訳なさそうに中尉は口にした。
「それだけ奥地だということです。〈帝都〉から列車を乗り継いで、一週間掛けてやっと辿り着いた終着駅から、車と徒歩で更に数日掛かるという僻地ですからね。現地との通信も、必ずしも整備されていないんです」
「そんな……」
 絶望的な距離と空間の隔たりに、気が遠くなる。
 絶句するフェリアの代わりに、テレサが訊ねた。
「それで、私たちはどうやって現地まで……?」
「軍の輸送用の飛行船を使います」中尉は頷いて言った。
「これから向かう空軍の停泊所(ステーション)で乗継用の連絡艇(シャトル)に乗っていただき、上空で待機する貨物用の飛行船に移乗します。その飛行船で現地近くの停泊所(ステーション)まで丸一昼夜。そこから先は輸送機を乗り継いで、最後は地上部隊と合流してトラックで現地に向かっていただきます。
 全部の行程で三日間ほどですか」
「待ってください、そんな無茶な強行軍に何の準備もなくいきなり──」
「構いません」フェリアはきっぱりと言い放った。
「このままカオ殿下の元へ連れて行ってください」
「姫様!」
 テレサがフェリアの手を握り、険しい表情で「何かがおかしい」と告げていた。
 判ってる。だが、だからこそ、ここはこのままカオの元へ向かうべきだと思った。
 この異様に手廻しの良い軍の動きと、カオの抱える秘密はどこかで直結しているという確信に近い予感がある。
 このまま彼の懐に飛び込んで見せる以外、彼の本質と真っ向から向かい合うことはできない気がした。
 その真剣な表情に折れたのか、テレサは諦めたように溜息ひとつ吐(つ)いてから、中尉の方へ振り向いて言った。
「判りました。ですが、せめて連絡艇(シャトル)に乗る前に、大使館と連絡を取らせてください」
「ご心配なく」中尉は、不意に冷たい笑みを浮かべて答えた。
「お国の大使館とは既に調整済みです」
「………………」
 つまりは、ていの良い「拉致」ということか。
 フェリアは胃の腑がずしりと重く、その存在を主張するのを感じた。
 
 中尉が告げたように、最寄りの空軍基地から連絡艇(シャトル)である小さな飛行船に乗ったフェリアとテレサは、〈帝都〉上空で待機していた大型飛行船に乗り換え、そのまま現地に向かった。
 手廻しが良すぎることも不気味だったが、まがりなりにも〈王国〉の最上級VIPのひとりであるフェリアを、こんな拉致同然の乱暴な手際で、治安も不安定な辺境地帯まで連れてゆくなど、尋常ではない。いくら〈王国〉が〈帝国〉から属国扱いされているとはいえ、外交問題に発展しても不思議ではないのだ。
 にも関わらず、強行した──あるいは本当に事前に〈王国〉側を丸めこんでいたにせよ、そこに強い政治的意志が存在していることは間違いない。それも〈王国〉の国家主権を露骨に踏みにじって、是とするほど強大な意志だ。
 どう考えても、皇子であるカオの婚約者(フィアンセ)に、軍が好意から便宜をはかってくれましたという次元の話ではない。
 何らかの謀略活動の一環であることは疑いようがないとして、しかしそれは誰から、誰に対して、何を求めてのものなのか……?
「それは今、考えても始まらないわ」
「姫様……」
 ゴンドラの小さな窓から眼下を流れてゆく雲を眺めながら、フェリアは強い決意を込めて呟いた。
「すべて、現地に着いてみれば判ることよ」
 目指すは〈帝国〉南東部の少数民族自治区のひとつ──「自治区」とはいいつつ、実態は〈帝国〉軍による事実上の直轄支配地。
 中原(ハートランド)の威に伏しない少数民族を、軍が力尽くで抑え込む土地だった。
 
 飛行船から下ろされ、そこからは乗客の利便性などほとんど考慮されていない固いシートに腰を痛めながら軍の輸送機で移動。
 ようやく地上に降り立ったその基地では、完全武装した一箇中隊二〇〇名の兵士達がトラックに分乗して待ち構えていた。いずれも長い小銃を背負い、〈王国〉や〈帝都〉近くの駐屯地の兵士達より薄汚れた格好で、目付きは鋭く、貌(かお)立ちも険しい者たちばかりだ。端から見ても緊張感がまるで違っていた。何か事があれば即座に発砲できるよう、小銃の引き金に指を掛けたままの者も少なくない。
 つまり、ここは戦地なのだ。
 無論、リムジンなどあろうはずもなく、フェリアとテレサは幌つきの小型トラックに乗るように指示された。
 そこから、ろくに舗装もされていない山道を、兵士を満載したトラックに前後を護衛されながら進む。
 剥き身の岩肌が乾いた風に晒される荒涼たる風景の中、途中、「地雷検索」と言って何度も隊列は停車した。その度ごとに兵士達は降車し、銃を構えて周囲を警戒する。
 トラックの幌の隙間から車外を覗くと、遠くで現地民の小さな子供が何かをこちらに投げようとして、母親と思しき女性に慌てて押さえられるのが見えた。そこへ反射的に銃を向けようとした兵士が、同僚に制止される。
 この人たちは、現地住民の憎しみの海の中で、手にした武器を頼りにかろうじて浮かんでいるに過ぎないのだわ……。
 これが〈帝国〉の辺境支配の実態なのだ。
 あの滴(したた)るような緑に包まれた静かな研究室から遠く離れ、こんな地の涯(はて)の乾いた地獄の底で、カオは何を見、何を思っているのだろうか……。
  
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