義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第11回
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カオが入院しているという診療所に到着したのは、既に深夜に近い時間だった。
今にも倒壊しそうなその古びた診療所に駆けこむように足を踏み入れたフェリアは、診療所内に唯一設けられた病室にカオの姿を見つけた。
「やあ、ようやく婚約者(フィアンセ)のご到着だ」
そう言ってフェリアを迎えたのは、カオのベッドのそばに腰かけた黒いスーツ姿の中年男だった。小柄ながらがっしりとした体躯で、にやついた笑みと対照的に凍りつくような酷薄な目をした男だった。
カオは愕然とした表情でこちらを見ている。蒼褪めたその表情からは、言葉もなく絶句していることが伝わってくる。
やがて、喉から声を絞り出すようにカオは吐き捨てた。
「ここまでやるのか、あんたらは……!」
「勿論、必要ならなんだってやるのさ」
どすの効いたしゃがれ声で言い放つと、男は立ち上がった。そのままカオの鼻先に顔を近づけ、肉食獣のように大きく口の端を歪ませる。
「あまり軍を舐めるなよ、小僧!」
「………………」
カオは怯まずに男の視線を受け留め、真っ向から睨みつける。
男はふっと鼻で笑い、顔を離した。
「これ以上、お邪魔しても悪い。我々はこれで引き上げますよ」
そう言って席を立ち、部屋の隅に直立不動で立つ部下と思しき男に顎をしゃくって合図する。
「じゃあ、雇い主によろしくな、皇子(おうじ)様」
──「雇い主」……?
だが、その意味を説明することなく、男達は部屋の入口に立ち尽くすフェリアの前までくると、鼻を鳴らして言った。
「そこ、どいてくれませんかね、王女様」
「………………」
フェリアは無言で戸口の脇に身を寄せ、男達を通した。
不遜極まりない態度で悠然と去って行く男達を見送ってから、フェリアは訊ねた。
「今のは……?」
「………………」
険しい表情で黙り込んだカオは、やがて重く口を開いた。
「……フェリア王女、貴女とふたりだけで話がしたい。よろしいですか」
フェリアは黙って頷いた。
テレサが何も言わずに、一礼して病室の外へ出る。
それを見届けると、フェリアはカオのそばの椅子に腰を下ろした。
「今の方は……?」
「軍の憲兵隊です」
「憲兵隊……?」
だが、二人とも制服ではなく、私服だった。通常の任務ではないのか。
「何があったんですか?」
「……軍のトラックに突っかけられたんですよ」
憮然とした口調でカオは言った。
「え……? 怪我は大丈夫なんですか?」
「左足の骨を折っただけです。怪我自体は大したことはありません。
そんなことより、貴女方は何故ここに?」
「軍の方が、貴方がここで怪我をして入院しているので、お連れすると……」
「それを不自然に思わなかったんですか?」
苛立ったように訊ねるカオに、フェリアは頷いて答えた。
「思いました」
「だったら、何故?」
「だから、来たんです」
強い意志を込めてフェリアが告げる。その顔を、カオは驚いて見詰めた。
「気付いていたんですか?」
「いいえ」フェリアは首を振った。
「私は貴方の秘密を何も知りません。ただ、秘密があるのでは、とは思っていました。だから、知らねばならないと思って、ここへ来たんです」
「……貴女がそこまで立ち入らなければならない理由はない」
「私は貴方の婚約者です」
「仮に交わしたものだ。いずれ解消されることを前提として」
「今は、違います──私にとっては」
フェリアは持てる勇気のすべてを振り絞って、カオに告げた。
「貴方にとっては、どうなんですか?」
「………………」
カオはフェリアから視線を逸らし、険しい表情で黙り込んだ。さっきは憲兵隊の男に睨みつけられても真っ向から受け留めたのに。それほどに恐れる何かが、そこにはあるのだろうか。
やがて、フェリアの顔を見ずに、呻くようにカオは言った。
「私には……そんな資格はありません」
「資格……? 貴方は〈帝国〉の皇位継承者ですし、だからこそ、私の婚約者に選ばれて──」
「そうではないのです、フェリア王女」
カオは苦く告げた。
「ここを出ましょう」カオは言って、ベッドの脇に立てかけた松葉杖を手に取った。
「ここから先の話は、外で話した方がよさそうだ」
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