『ガッチャマン』@新宿ピカデリー(13/8/24(sat)鑑賞)
【今日のフラグ】俺、この診察終わったら『ガッチャマン』行くんだ……。>>これが何かのフラグなら、何が起きるんだろう?(; ̄ェ ̄)
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』劇場入りしました。散々な 前評判の割に、そこそこの入り。まぁ、公開初日ですしね。では、そろそろ携帯の電源を切りますね。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』観終わりました。……えーっと、良かった探しをすると(いきなり?)、白組のSFXは頑張ってた! ハリウッド映画なんかと比べて予算も時間も限られてたろうに、見慣れた東京の街角を三次元に高速で飛び回りながら、『ドラゴンボール』的なバトルを繰り広げる辺りカッコ良かった。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:後は、冒頭のFlashアニメの『おはようガッチャマン』が台詞のテンポとか切れが本編よりずっと良くて面白かったです。以上。……以上? いや、だってなぁ(とほほ)。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:まぁ、、冒頭の『おはようガッチャマン』に5点くらいあげてもいいかと思うので、某所の4点より評価はしてるつもりなのだけど。ただ、もともとこの映画に多くを期待してなければ、「これはこれでアリかなぁ」ぐらいの作りには一応、なってます。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:いや、あのね。『スタトレ』の新作映画と続けて観た気になるから、よく出来た学芸会レベルの脚本と芝居に「金返せ」と言いたくなるわけであってね。『テラ戦士φボーイ』からここまで進化したと思えばな!(血涙)
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『ガッチャマン』:なんでこの映画が『スタトレ』の新作でも、『ダークナイト』にもなれず、「よく出来た学芸会」でしかないのか、その根本的な理由を指摘してしまえば、制作費の問題でも、CG技術の問題でもない。そんなもの関係ない。
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『ガッチャマン』:「悪とは何か?」という真摯な問い──更に言ってしまえば、「社会と向き合う」という真剣な覚悟が足りないからです。だから、「使命」を語っても台詞が上滑りし、「普通の生き方をして何がいけないの?」と問い詰められたら言葉に詰まる。話がすぐに個人的な関係性に引っ張られる。
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『ガッチャマン』:別にね、ヒーローものの映画すべてが社会性を帯びてなくてもいいんです。僕が大好きなインド映画のヒーローもの『ラ•ワン』なんか、家族の物語、特にお父さんと息子の関係性の話に収束してゆく。社会性なんか、冒頭のお父さんの勤めるゲーム会社と学校のシーンくらいしかない。
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『ガッチャマン』:でもね、それならそれで、お話のトーンをある程度割り切るべきです。「ダークでシリアスな話をやりたい」と思い立ち、多額の税金が投入されるような技術や資本を必要とする設定を立ててしまったら、自動的に「なぜそのヒーローは社会的に存在を許されてるのか?」と問われてしまう。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:そりゃ、「なぜ戦うのか?」それを個人の内面や小さな人間関係に求めたっていいよ。ヒーロー本人の個人的な問題としてなら。ただ、それが簡単に「大義」を超えてしまっては、観てる側はどっちらけですよ。せめてもっと真剣に悩め、苦しめ! それが「ヒーロー」ってものでしょうよ。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:『ダークナイト』が「ダーク」なのは、自らが生んだアルカイダによって911を招き、アフガン、イラクと泥沼の戦争に突き進んだ米国の苦悩を、ハリウッドが映画としてどう向き合うか、を真剣に考え抜いて選んだ結論のひとつです(監督、英国人だけど)。ただのスタイルじゃない。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:「悪とは何か?」「悪とどう向き合うべきか」「私たちの内なる悪と、どう共存•共棲すべきか」……。911以降、ハリウッドのヒーロー映画はそのことをずっと考え続けてきている。それだけ真剣な問題として、ハリウッドの映画人たちの間でコンセンサスが生まれている。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:この映画にはそれがないのに、ファッションとして「ダーク」を装おうとするから、「世界の存亡を巡る戦い」なのに身近な個人の関係性に話が引っ張られる。だから「学芸会」って言ってるんです。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:何でしょうね。日本ではヒーローもので、身近でリアルで切実な「悪」を描いてはいけないルールでもあるんだろうか。一般映画の方が、よほど「悪」と向き合おうとしているみたいなのに。今度やる『凶悪』とか、その辺、期待しているのだけど、あれも「社会悪」ってのと違うか……。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』:そんなわけで、エンタメと「悪」の描き方について、ちょっと考え込まさせられるきっかけにはなる映画でした。……まぁ、ポイント引き換えでただで観た映画なんだから、別に「金返せ」って言う資格もないんですけど(そんな落ち)。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』評のTLを観てると、意外と剛力さんを責める声が少ない。……というより、そこに辿り着く前に、もっと前提の部分で怒りをぶち撒けてエネルギーを消費し尽くして沈黙に至ってるっぽく、そんなわけで褒めてる声もあまりないのだった。ううむ。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24
『ガッチャマン』は最初から期待値をゼロにして観れば「意外とおもしろい」程度には良くできてるので、まぁ、あれで満足してる人がそこそこいるのも判らんでもないです。
— 義忠@夏コミ申込中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2013, 8月 24