積読日記

新旧東西マイナー/メジャーの区別のない映画レビューと同人小説のブログ

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資本主義の限界

D.E.さんに書き込みをいただいたので、コメントじゃなくこっちでお返事。
私は自分を保守リベラルの人と位置づけていますが、実は金融工学の発展にも、グローバル経済化にも基本的には賛成な人です。何故なら、民間資本で宇宙開発なんてグローバルに資金を掻き集めなきゃ、やってられないでしょ。以前、このブログで紹介したニコラス・ケイジの『ロード・オブ・ウォー』なんて映画だって、ハリウッド資本からはそっぽ向かれたプロットにドイツや北欧の投資家が映画ファンドを買ってくれたから実現した映画です。
ウォール街が90年代に発明したこの債権化(ファンド化)戦略は、リスクを分散し、資本を世界規模で収束させる画期的な発明でした。それはそれで素晴らしいことです。
が、そこでもっと高度にリスクを分散しようと、健全なファンドのバスケットにやばそうなファンドをちょっとづつ放り込んで、破綻を先延ばしにすることをどこかのバカが思いついた。で、このやり方は、一見誰も損しない仕組みに見えたけど、やっぱりそんなことはなく。バスケット内のリスクが一定の閾値を越えた瞬間、バスケット内の特定のファンドではなく、バスケットそのものがリスク商品と化してしまい、全然健全なファンドも捲き込んで一気に債券市場が大暴落。
大慌てで各国の金融当局が数兆円単位で資金を市場に突っ込んで、どうにか世界経済そのものの全面崩壊は免れたものの、いまだ油断は禁物。
と、今はそんなところです。
 
基本的にはこれまでの暴落と同じ、拡大の一途を辿ってきた市場がリスク調整フェーズに来たということでしょう。捲き込まれた方はご愁傷様。
ただ、資本主義というのは、マクロ的見地から見ると、スケールの拡大→リスク調整フェーズ(暴落)→新しい資本のロジックで更なるスケールの拡大、というのを繰り返してきて、今回もその一環といえます。
ただまぁ、ここ最近の金融市場のスケール拡大の程度が半端じゃないから、軽い身震い程度の調整フェーズでも、世界中がひっくり返るような話になりかねない。
私達は資本主義の世界の中で、グローバル規模の資本の集約を前提とした社会モデルを作り上げてしまっているから、この期に及んで後戻りはできません。
しかし、それでもより安定した社会を目指すことはできるはず。
ひたすら市場の透明性を高めることで、債権のリスクを可視化してコントロールしやすくしたり。世界的な貧富の差をなくすためのビジネスモデル構築し、そこにファンドを使って資本を集中投下したり。環境を改善したり、市民生活を豊かにする方向でお金を集めることだってできるはず。
そのためにより高度な金融工学が追求されるなら大歓迎です。
 
……とは言ったものの、肝心の金融工学の最先端をいってる米国の政界は、現業で金持ってる奴に弱すぎるからなぁ。
実際に痛い目見ないと、規制とか考えたがらないし。
まぁ、この辺は日本人も似たようなものだけど。