積読日記

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義忠『王子様とアタシ』第2回

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 落ち着け。冷静になれ。
 バックの中に手を突っ込んで、昨夜封を切ったばかりのラークの箱から一本取り出して口に咥える。一緒に取り出したライターで火を付けようとするが、指先が震えてなかなか着火しない。何度か繰り返すうちに感情を抑えきれなくなり、獣のような唸りを上げてライターを床に叩きつける。
 落ち着け。冷静になれ。
 もう一度胸で呟き、大きく深呼吸──そこでようやく、同居人の安否に思い至る。
 これが泥棒か何かの犯罪だとすれば、アイツはどうしたの?
 不意に膨れ上がる不安感に衝き動かされるように慌てて部屋全体に視線を走らせると、部屋の真ん中にA4サイズの紙がぽつんと置かれていること気が付いた。
「…………?」
 立ち上がる気力のないまま玄関口からそこまで這って辿り着くと、近所のスーパーの特売チラシの裏紙に油性ペンでこう書かれていた。
 
『ごめん、アミちゃん。
 急にお金が必要になったんだけど、アミちゃん仕事で忙しそうなので、業者さんに頼んで家財道具を処分して用立ててもらいました。
 怒ってるよね。僕も悪いと思ってます。
 とてもアミちゃんに合わせる顔がないので、しばらく旅に出ます。
 探さないでください。
 僕は、どこか遠い空から君の幸せを祈っています。
 愛しています。
 さようなら』
 
「…………」
 とても30過ぎの大の男が書いたとは思えない、ふざけきった内容の置手紙を最後まで読み終えたアタシの忍耐力は褒められていいと思う。だからその間の震え続けていた手と、読み終えるなり細切れに引き裂いて床にぶちまけた辺りは大目に見てもらいたい。
 はっきり言って、怒りよりも情けなさの方が先に来た。
 いくらの金が必要だったのか知らないが、家財道具の処分なんかで手に入る金など高が知れている。前に夜逃げの取材で調べたことがあるのだが、業者に足元を見られて買い叩かれるのが関の山だ。
 そんな端金のために男から関係──と、いうかこれまでの生活を清算されたのか、その程度のものだったのかと思うと、腹が立つより虚しく、やりきれなかった。
 まぁ、男に家財道具売り払われて逃げ出されるというのは、女のだめんず話の定番で、その手の取材もしたことがあるのだが、実際に自分がやられるとここまでダメージが深いものとは思わなんだ。気が付けばポロポロと涙まで流して嗚咽している自分に、愕然となる。
 別に結婚なんてするつもりもなかったし、もっとましな男を見つけたらとっとと追い出さなきゃくらいに思っていた程度の相手だから、別れること自体は、まぁ、「有り」なのだが、こんな形で向こうからというのは想像もしていなかった。よりにもよってあんなダメ男にダメ出しされたのか、アタシは。
 いや、百歩譲って、「捨てられた」ことも認めてやってもいい。
 だが、いくら何でもその理由が「金」ってこたぁないだろう。それも家財道具を叩き売った程度の端金で。畜生。せめて「他に女が出来た」とか何とか、もっとましな理由を取り付くろうくらいの気を使えってんだ。それもスーパーのチラシの裏ってな何だ。タイムセールで卵1パック100円って。ふざけんな、バカ。…………。
 空っぽの自分の部屋の真ん中で、床に手をついて鼻をグスグスと鳴らしながら、思いつく限りの罵詈雑言を胸の内で繰り返す。もっとも、校了明けの疲れきった頭ではろくに怒りも持続せず、その内、脈絡もない思考に無気力に流され始めた。
 やがて、「そういや、アイツがくれたあのアクセサリーも業者に持ってかれたのかしら……」などと薄らぼんやりと考え始めた辺りで、そいつは唐突に現れた。
 
 
「大変だよ、マーキュリー! また君の力が必要なんだっ!!」
「…………」
 顔を上げると、目の前でネコのぬいぐるみがぷかぷかと宙に浮いていた。
「また妖魔達が地上に現れたんだ! 君も聞いているだろ、連続宝石店強盗。あれはやつらの仕業なんだ!」
「…………」
 ぬいぐるみから目を逸らし、ぐるりと室内を眺め廻す。誰が喋ってるのか。無論、誰もいない。やっぱりこのぬいぐるみなのか。その辺のゲーセンで拾ってきたような、安物のこのぬいぐるみが?
「あぁ、この姿かい? 適当な依代(よりしろ)が見つからなかったんで、手近で間に合わせたんだけど、変かい?」
 その安っぽいフェルト地の死んだ目をこっちに向けるな!
 首を捻って顔を逸らすと、それに合わせてぬいぐるみが宙を滑り、視界の正面まで移動してくる。
 こ、こいつ……っ!
「とにかく、またあいつらが王子を狙って、こっちの世界に……もぎゅっ!」
 ぐだぐだくっ喋(ち)ゃべるぬいぐるみを引っ掴むと、バッグの奥に突っ込んだ。
 疲れた。疲れきっていた。
 校了明けだし、男は家財道具売り払って失踪しやがる。そりゃあ、幻覚のひとつも見ようというものだ。
 寝よう。もう、とにかくまずは寝ることだ。
 ふかふかの布団とベッドでしっかりと爆睡すれば、おかしな幻覚も消え去ってくれるだろう。
 バタバタと暴れるバッグに一発入れて黙らせると、アタシはゆらりと立ち上がって自分の部屋を後にした。
 
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