大泉光一『多国籍企業の危機管理―テロの脅威とその対応策』
- 作者: 大泉光一
- 出版社/メーカー: 白桃書房
- 発売日: 1990/10
- メディア: 単行本
- クリック: 1回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
いや、ガチな専門書ですよ。横書きで句読点は全部「,」ですし、巻末には数頁に及ぶ参照文献のリストがついてますもの。
なのでいわゆる趣味としてのミリタリー書籍とは一線を画する。
あくまで社会学のひとつの分野として「危機管理」の現状を分析し、企業の危機管理メカニズムを体系化した本だ。
ちなみに著者の大泉光一氏は、我が国の危機管理学の草分けとなる研究者で、本書の出た平成2年(1990年)から今日に至るまで、多数の書籍を刊行されている。専門は危機管理学でそちらの本も少なくないのだけど、中南米やスペインなどのラテン語系諸国にも造詣が深く、それらの国々と日本の関係史なども手がけている模様。
それでこの本の場合、刊行時期が20年前なので、当然、911どころかペルー大使館占拠事件すら前。冷戦が終わったばかりだったかな。事例として挙げられてるのは、若王子氏誘拐事件など、海外進出した邦人企業がテロに捲き込まれ始めたばかりの時代を反映している。
ただ、米国の企業での先行例なども一通り出揃った後ですし、こうした危機に際しての企業の一般的な対応理論については、今もそれほど大きく変わってはいないはず。
勿論、そうは言ってもこの20年で変わっているファクターはあるわけで、それはおそらく大体、次のような点ではないかと思われる。
1.インターネットの普及
人跡未踏の山奥に潜むゲリラでも、持ち運び可能な衛星通信機さえ装備していれば、動画を含むデータを即時にアップロードし、全世界に主義主張や活動成果を宣伝することができる。
2.法令順守(コンプライアンス)の重視
テロリストや犯罪者との交渉などの際に、法令に反した行為を行った場合、メディアや世論から厳しく糾弾される可能性が高まった。
3.自爆テロなどの手段の凶悪化
ある意味、1で挙げた状況も背景にあるのだが、インターネットを介したテロ技術の標準化と相互に刺激し合うことによるエスカレーションによって、テロ技術がどんどん洗練され凶悪化が進んでいる。
また、金融や人材の国際的な過剰流動性によって、大規模テロを企画・実施できるだけの資本と人材、装備の集積が可能となってきていることも見逃せない。
ただし、イラク情勢やアフガン情勢が膠着している中で、世界中のテロリストをこれらの紛争地帯に吸い寄せてられていることもあり、意外とそれ以外の地域でのテロの発生頻度は下がっているという分析もある。
あとは全体状況としてグローバリゼーションの深化してきたことによって、むしろ先進国内で格差拡大や移民問題などで社会の不安定化が進んできたこと。
あるいは今後の不安定化要因として、中国、インド、ブラジル等の新興地域大国での環境、資源、食糧などの問題への取り組みの遅れなどが考えられる。
これらが現代の企業の危機管理にどのような影響を与えているかの論考は、まぁ、最新の文献なり論文なりを参照するとして、とりあえず小説のネタにするにはちょうどいいくらい危機管理について理論化と体系化がなされた本のようだ。
テロ物の小説とか書こうとしている人は、この本は買いですよ。
とりあえず密林さんのマーケットプレイスに出ていた1冊は私が押さえましたので、よろしく。