積読日記

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谷川史子『くらしのいずみ (ヤングキングコミックス)』

くらしのいずみ (ヤングキングコミックス)

くらしのいずみ (ヤングキングコミックス)

 谷川史子の名を知ったのは、もう15年くらいも前のコミケで買った評論誌の記事でのことだったろうか。
 あまりに熱いその文章に、ついついほだされて手に取ったのが始まりだった。
 当時の少女マンガ界にあってさえ既に希少価値を帯びていたリリカルさと叙情性に満ちたその作風は、ある種の少女マンガ好きの男性読者が理想とする「在るべき少女マンガ」そのものであったといっていい。
 それは同時に、本来の読者層である同時代の少女達の直面するひりつくような生々しい痛みや葛藤とはやや距離感を置いていたということでもあるのだが、しかし同年代の作家たちが次々に少女誌から卒業してゆく中、割と最後まで同じような作風のまま居残ることができていたのは、時代性に超然と距離を置いていたその姿勢に拠るところが大きい。
 
 しかし、それでもやはりそのまま少女誌に居続けるということは難しかったのか、やがて彼女もより年長の女性誌に活動のフィールドを移し始めた。彼女が誰よりも「少女マンガ」というフィールドを愛していたことはその作品からも痛いほど伝わってきたが、しかし「少女マンガ」「少年マンガ」はやはり第一義にその時代の少年少女たちのものである。歳を重ねながらその第一線に立ち続けることのできる者は、ごく僅かな才能の持ち主だけだ。
 こうして女性誌で活躍し始めた彼女だったが、当初の作品は端で見ていても辛そうな作品が少なくなかった。
 女性コミック誌の読者は、少女マンガ誌以上に、日々、生々しい葛藤と直面している。職場で、家庭で、あるいは恋人との時間の中でも、幼い少女時代には想像もできなかったような、激しく荒々しい激動の日々の中で揉みくちゃにされながら、日々を過ごしている。そこからの一瞬の逃避、あるいは突破口となる作品を求めて頁をめくるのであり、学生時代に夢見たようなふわふわとした恋愛話をされてもすんなりと感情移入ができなくなっている。
 つまるところ、それが「大人になる」ということだ。
 そしてそんな女性コミック誌の読者たちに自身の作品を読んでもらいたければ、作者もまた「大人になる」必要があったのだろう。
 実のところ、自分は彼女が女性コミックの世界で悪戦苦闘している姿のすべてを追っていたわけではない。正直に白状すれば、「性」や「負の感情」という「大人」の世界には避けて通れない要素を、自身の作品世界に落とし込もうとして破綻させたり、踏み込みきれなかったりした作品ばかりが続き、古くからの読者としては辛くて見ていられなかったのだ。
 そうしてしばらく彼女の作品を読まずにいたのだが、その内に青年誌──というより『OUR's』は「青年オタク誌」ではあるが──で読むこととなった本作品は、とてもほどよく熟成された味わいの一品だった。
 
「夫婦」をテーマとした短編集の体裁で語られる本作品では、多様な夫婦の在り様が描かれている。
 そこで描かれるのは、愛するパートナーへの「疑念」や「死」を含む「大人」の日々だ。
 しかし、時に激しく厳しい嵐の闇夜さえ混じるそうした日々を包むのは、登場人物たちへ向けられた暖かなまなざしである。
 ここで描かれる「夫婦」は、表面的にいろいろあるにせよ、その本質において私たちが斯(か)く在れかしと願う「善男善女」ばかりだ。
 悲劇的な出来事や不安感というリアルな「負のイメージ」を手前に置きながら、素直に人間の本質を信じてのけるというのはよくよく作家の力量が必要とされる。
 しかし考えてみれば、少女マンガ家時代の彼女が描いていた作品は、どれも素直な優しさと暖かさに満ちた作品ばかりだった。
 その暖かさとともに、「大人」である日々を──「人生」を穏やかに肯定する物語を描けるだけの力量を、彼女がいつしか身につけていたことを本作は証明している。
 そう。
 作家としての谷川史子は、とても素敵な「大人」になっていたのだ。
 
 個別の作品としてはいずれも甲乙付け難いのだけど、奥さんに実家に帰られた編集者が徐々に奥さんの真意に気付いてゆく6話目のお話がお気に入りです。本当、いい奥さんだよね。拗ねながらそれでも旦那の健康気遣ってくれる辺りとか。
 ああいう奥さんが来てくれるんならそりゃあ、オレだって結婚したいさ──って、男オタについついそう思わせる辺りが、谷川史子が男性読者層をがっちり掴んでいる由縁なわけなんでしょうけど。