義忠『王子様とアタシ』第6回
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自分なりに全速力を出しているつもりではあったが、背後の風切音やら得体の知れないど派手な破砕音やらは一向に遠ざかってはくれず、それどころか着実に距離を詰められている気配すらあった。
一方、こっちはこっちで日頃の不摂生がたたってか、二〜三〇〇メートルもいかない内に、もう顎が出始めた。こういう時のための機動力(ベスパ)だったわけだが、それを真っ先に潰されたのでは話にならない。今度こそ真剣に煙草をやめようと心に誓いながら、一歩づつ重くなる脚を意地と根性で跳ね上げて走り続ける。
その横を、空気抵抗なぞまるっきり無視してふよふよと漂いながら、ルナが流れてゆく。
生まれてこのかた、この時ほど真剣に殺意を覚えたことがないというくらいの憎しみを込めて睨みつけてやると、少年声のルナが変身ヒロインのマスコット面して叫んだ。
「変身するんだ、マーキューリー!」
「イ・ヤ!」アタシはきっぱりと拒絶した。
「絶対にイヤ! 死んでもイヤ!」
「でも、このままだと一撃でも喰らったら即死だよ」
「…………!」
再び風切音。首筋をちりりと何かが走り抜ける。遅れ髪を何本か持ってかれた感覚があった。
「変身すれば、スーツの防御力で二〜三発くらいは持つんじゃないかな。まぁ、当たりどころにもよるけど」
変身ステッキを中空でくるくる廻しながら、涼しげにルナが解説する。
事ここに至り、ようやくアタシは確信した。妖魔の罠なんかに嵌められたんじゃない。それを見越して、こいつがアタシを嵌めたのだ!
そこまでしてアタシを変身させたいか、この野郎!
「もういい、判った。こっち寄こせ!」
「やったー!」
はしゃぐルナを無視して、変身ステッキをもぎ取ると、アタシは走りながら高く掲げて呪文を叫んだ。
「マーキュリーパワー、チェンジアップ!」
くそ、恥ずかしい。すごく恥ずかしい。二七にもなって「魔法の呪文」なんか大真面目に叫ぶはめになるなんて。畜生。
羞恥に震えるアタシの身体を、青い光が包んでゆく。全身を、どこからか吹き上がってくる圧倒的なエネルギーが満たしてゆく。久しく忘れていた、ある種のエクスタシーにも似た感覚。あー、そりゃあ、中学生でこれを覚えたら、病みつきになるわな。
やがて光が消え去ると、あの頃と寸部変わらぬ、フィギュアスケートの選手のユニフォームと超ミニのセーラー服を併せたみたいな、全身ピッチリのコスチュームに身を包んだアタシがそこにいた。
しかし、きつい。多少は伸縮するようだが、本当にサイズはあの頃のままなのか。さすがに一四歳の頃に着ていたものをそのまま着るのは、いろんな意味で無理があった。胸も腰もきつかったが、何よりウエストが一番きつい。こんな服にまで日頃の不摂生を責められているようで、何だか腹が立ってきた。
だいたい、この手のコスは未成熟でスレンダーな身体で着るからかろうじて変身ヒロインとしての品性が保たれていたのであって、成熟した大人の女性に無理やり着せたら、たちまち場末のコスプレキャバクラか、安いアニコスもののAV嬢に成り下がってしまう。痛い。どこをどう解釈しても、痛すぎる。
かくなる上は、この姿を目撃した人間はすべて抹殺するしかない。
アタシは非情な決意とともに立ち上がった。
「ようやく変身したか、聖戦士よ。だが、ひとりでこの俺に──」
「やかましい」
相変わらず電信柱の上からの見下ろし口調の妖魔にステッキの先を突き付け、アタシはぴしゃりと言ってのけた。
「今からぶっ飛ばしてやるから、そこで黙って待ってろ」
一四歳の頃のアタシだったら、とても口にできなかったようなドスの効いた台詞を叩きつける。
「マーキュリー、嬉しいよ。君もようやく──」
「おまえも黙れ」横に浮かぶルナを睨みつけ、訊ねた。
「そんなことより、ルナ、飛び道具は?」
「ないよ、そんなもの」
「はぁ? いや、だって、頭のティアラ飛ばしたり、ビームみたいなの発射したり、いろいろあったでしょうが?」
「だから、それはアニメの方だって」
「……えーっと、それじゃ、アタシたち、どうやって敵を斃(たお)してきたんだっけ?」
壮絶に嫌な予感が脳内を駆けめぐったが、一応、念のため訊いてみた。
「そのステッキで撲殺──」
「ふざけんな!」
振り抜いたアタシのステッキはルナの真芯を捉え、豪快なホームラン軌道で冬の夜空へとかっ飛ばした。
もういい。あんなのを当てにしようとしたアタシがバカだった。
「なんだ、もういいのか?」妖魔が訊ねる。
前言撤回。よくない。全然、よくない。まったく、よろしくない。
殴り倒すにしても、リーチの差はいかんともし難い。二〜三発喰らうの覚悟で懐に飛び込むか。他の選択肢はなさそうだが、当然、向うもそれは予測しているだろう。素直に殴られてくれるとは思えない。
逃げるか──駄目だ。封鎖空間は、それを仕掛けた人間が自分の意志で解くか、そいつが斃(たお)されない限り解除されない、ってことだったはず。かっ飛んでいったルナのことを見向きもしないのも、どうせ後で捕まえれば済むとでも思っているからだろう。つまり、どこまで逃げても、こいつの掌(てのひら)の上ってこと。
やるしかない。やるしかない。やるしか、ない。
アタシは手元のステッキを握りしめ、呪詛のように繰り返した。くそ。機械化された米軍陣地に、バンザイ突撃しか思いつかなかった旧日本兵みたいな気分だわ。
「覚悟は済んだか?」
「うっさい! バーカっ!」
アタシは顔を上げて怒鳴った。
誰が覚悟なんかするか。おとなしくやられてなんか、やるものか。相手がどんな苦労をしたかなんか、知るか。アタシの所為だと、こじつけるんなら好きにしろ。
男に逃げられて。
家財道具も売っ払われて。
安い給料で毎日遅くまでこき使われて。
少女の頃の夢なんて、日々の生活に押し流されて、もう思い出せもしないけど。
だけど、だからこそ。
コんなトコロで、クタバって、タまるカ!
「こぉんちっくしょお!」
ヤクザ映画の鉄砲玉みたいに腰だめにステッキを構えて、妖魔に向かって吶喊(とっかん)する。
が、それを見た妖魔がにたりと嗤(わら)うや、千手観音よろしく背中から無数の細長い腕が一気に溢れ出てきた。その一本いっぽんの先が、例の鞭のように伸びる指だか爪だかと同じになっていることを即座に理解したアタシは、どこか他人の声のような虚ろな響きで呟いた。
「いや、それは反則──」
「死ね」
妖魔は短く告げ、無数の超音速の斬撃が暴風と化してアタシに襲い掛かってきた!
スーツによって感覚が強化されたためか、はたまた今際(いまわ)のきわの何とやらか。自分めがけて雪崩落ちてくる斬撃のひとつひとつを、アタシは正確に把握できていた。それらすべての軌道が、アタシの身体をナマス切りに切り裂いて、瞬時に細切れの肉片にしようとしていた。
それが判っていながら身体が動かない。いや、動いてはいるのだが、高速で襲いくる斬撃と比べてあまりにも遅かった。つまるところ、急速に砥澄まされたアタシの知覚は、絶対的、不可避的に迫る「死」の瞬間と無理やり向き合わされる以外の何の役にも立っていなかった。
ダメだ、死──
「簡単に諦めるな、マーキュリー!」
不意に身体がふわりと浮かび、横に流される感覚を覚えた。視界の片隅で、さっきまで自分のいた空間めがけて、周囲のブロック塀や電柱、路面のアスファルトなどを易々と捲き込みながら、斬撃が雪崩込むのが見えた。自分が誰かにタックルされて、横っ飛びに吹っ飛ばされているのだと理解できたのは、だいたいその辺のタイミングだった。
そのまま勢いが止まるまで、もつれあったまま路上を二〜三回転する。あちこち擦り剥きながら、ようやく動きが止まると、アタシを助けてくれたその人物はすぐに身を起こして訊いた。
「大丈夫かい、ア……いや、マーキュリー!」
一瞬、別の名前で呼ばれかけた気もするが、そんなことより、男の格好の方が問題だった。
漆黒のタキシードに純白シルクのドレスシャツと真っ赤な蝶ネクタイ。背中には黒い厚手のマントをまとい、頭には背の高いシルクハット。柄頭には大きなクリスタルをあしらったステッキを持ち、目許はマスクで隠されている。
敢えて当人の名乗りを待つまでもなく、「タキシード王子」本人だった。
……改めて今見ると相当にきついんだけど、中坊の時はこれを「かっこいい」とか思って、本気でときめいちゃってたりしたんだよなぁ。若さだよなぁ、やっぱり。
などと、半ば呆れつつぽかんと見上げるアタシの手を取り、タキシード王子はアタシの身体を引き起こす。
「よかった。大丈夫そうだね」
そう言って優しく微笑むと、タキシード王子はばさぁっと大業にマントを翻(ひるがえ)し、妖魔の方へ振り向いた。
「争いはやめるのだ、王国の戦士よ! レディーに手を上げること、それもかつて王国の危機を救ってくれた大恩ある彼女へ危害を加えるなぞ、この僕が許さない!」
「これはこれは王子。よもやこのような場でご尊顔を拝する栄誉に浴するとは、恐悦至極」
妖魔もまた、胸に手を当てて恭(うやうや)しく一礼する。
「君にも立場があることは分かる。だが、これは本来、我々、王国の人々の間で決着をつけるべき問題ではないか。異世界である地上の人々を捲き込むことなぞ、許されるはずが──って、あの、ちょっと、ア……マ、マーキュリー?」
「いや、いいから続けて」
いきなり現れて妖魔に説教かまそうとするタキシード王子の顔を、アタシはすぐそばまで寄ってしげしげと眺めた。
「いや、そんなこと言われても、そんなそばで見られてたら、何かやりづらいって言うか、その……」
言いながら、頬なぞ染めて視線を逸らす。声とこの辺の仕草でもうだいたい見当が付いたので、アタシは王子のマスクを無造作にひっ剥がした。
「あ、ダメ、返して──って、ああっ!」
「なぁ〜にぃ〜が、『返して』なのかしら?」
アタシは我ながらかなり引きつった無理やりな笑みで、目の前の男の名前を口にした。
「マモルさん」
まずはちょっとそこ座れ、と。
はい、とおとなしく、家財道具売り払ってアタシを捨てた男は、アスファルトの上にちょこんと正座した。
「……あなた方、そこで何してるんですか?」
うっさい! 他人が口挟むな!
「いや、いいんです! いいんです! ちょっとプライベートな話なんです。家庭の事情って言うか、そんな感じです。すぐ済みますから。すぐ済んで、そっちの方に戻りますんで、もうちょっと待っててください!」
とても一時は一国の国家元首だったとは思えない腰の低さで慌てて妖魔へフォローすると、マモルは素早くこっちに向き直った。
「や、アミさん、これにはですね、これには、その、いろいろ複雑な事情って、いいますか、ですね──」
しどろもどろになりながら、マモルが必死で言葉を探す。
面倒くさくなったので、アタシは突き放すように言った。
「だいたいその辺の話は、ルナとそこの妖魔さんから聞いた」
「そうですか。そうですか。あ、すいませんね、何か説明みたいなこと、してもらっちゃってたみたいで」
「いえ、別に私はそんなつもりでは……」
「そこで礼を言ってどうすんのよ!」
「そうでした。そうでした。……で、何を話せば、良いんでしたっけ?」
アタシは問答無用でステッキをマモルの登頂部に打ち下した。
「……痛いです、アミさん」
「痛くしました。はい、何を話せばいいか、思い出した?」
「えーっ、と──」
しばらく考えてから、マモルはがばっと両手を前に出して土下座した。
「ごめんなさい!」
よろしい。まずはその一言からよね。
で、アタシの家財道具は?
訊ねると、マモルはおずおずと懐からしわくちゃのマニラ封筒を差し出した。
中を見るとよれよれの万札二枚に、千円札が数枚。後は逆さにすると、少額のコインがいくつか手元に転がり出てきた。
……これで、全部?
「いや、元からあんまり高く買い取ってもらえなくて。それにホテル代って、結構するんだよね。あと、食事したり、とか。あ、そうそう、前に着てたスーツ、さすがにもうちょっとね、着れないかなって思って、新調してさ。いや、このスーツなんだけどね。似合うかな、どうかな、なんて──」
あはははーっ、と笑って誤魔化そうとするが、アタシが冷たく一瞥すると即座に首を竦める。
「いや、すんません。本当、すんません」
「……で、それだけ?」
「あとは、その。だいぶ減っちゃったから、ちょっと増やそうかな、なんて……」
それでパチンコ屋にでも行って、残りはスったと。
アタシは深々と溜息をついた。見事に予想通りの使い方しかしない奴だ。怒るより先に呆れる気力すら沸いてこない。
にしても、その程度で使いきれるほど、買取額が安かったのか。確かに高額商品なんてパソコンとこないだ買い換えたばっかの液晶テレビくらいだったが、それにしたってあんまりだ。こいつの知恵の足らなさ加減を見て、足元見られたんじゃなかろうか。後で業者突きとめて、怒鳴り込んでやる。
ま、そんなことより。
「何でこんなことしたの?」
しゃがんでマモルの顔を覗き込みつつ訊ねる。何となく我ながら、中学校の女教師が問題児の生徒をここで放り出すべきかどうか真剣に判断つきかねているような声にも聞こえなくもない。
「いや、ルナが、さ」
「ルナが、何よ?」
「何ていうか……、あっちでの経験で、ルナって僕がそばにいると、いろいろ余計な気を廻してろくなことしないって分かってたから、こっちに来るやすぐにルナの元から逃げ出して。それで今の住所も教えてなかったんだけど、どこでどう見つけたのか、こないだウチを訊ねてきてさ。それで『面白い状況になって参りましたぞ』とか、また不穏なこと言いだして。で、このままだとあっち同様、わやくちゃなことになるのが目に見えてたから、ルナがおかしなことをしでかす前に、身を隠そう、と」
「ちょっと待った。あんた、あの妖魔から逃げてたんじゃないの?」
「え? だってまだルナ以外の向うの人間には見つかってなかったもの。それ以外に、理由はないよ」
「…………」
あー、ようやっと、話が見えてきた。
要するにルナもまた、そこの妖魔同様、こいつを利用しようとして逃げられたのだ。それで一緒に暮らしていたアタシに張り付いていれば、その内、のこのこと顔を出すだろう、と。そう考えたのだろう。
「で、そうは言っても、先立つものがなかったので、手っ取り早く家財道具売っ払って金を作ろうとした、と」
「うんうん、そんな感じ」
凄いすごいと手まで叩きそうな勢いのマモルをひと睨みして黙らせると、どっと疲れを覚えてがっくりと頭を下げた。
「だったら、一言相談してくれればいいことじゃない。そりゃあ、あんたに金を持たせると、すぐにパチンコでスったり、近所の子供にメシ奢ったりですぐ使っちゃうからって、持たせなかったアタシも悪いよ。だけど、いきなりいなくなられるくらいだったら、お金ぐらいいくらでも工面するわよ」
いや、まて。何口走ってんだ、アタシゃ。台詞だけ聞くと、男に自ら進んで金を貢いで騙される、典型的な頭の悪いだめんず女みたいだぞ、おい。
だが、マモルは首を横に振った。
「ダメだよ。アミは記憶を封印されてたんだから、本当のことを話しても信じてもらえない」
「だったら、封印を解けばよかったでしょ。現に今のアタシはルナのおかげで、あの頃の記憶を取り戻しててるじゃない」
「そんなことをしたら、アミを捲き込んでしまう。そうしたくなかったから、僕は黙って逃げようとしていたのに」
マモルはそう言って、苦しげに眉を顰めた。中身はアレでも、血筋と見かけは一級品の美形だ。その辺の安っぽいイケメンなぞ、足元にも及ばない。その美形が、真摯にアタシの身を案じて胸を痛める姿に、思わずくらっといきかける。い、いかん。このまま何もかも許してしまいそうになって、かろうじて理性で踏みとどまった。
「べ、別に、もっともらしいウソでも何でも、つけばよかったじゃない」
「アミには、ウソなんかはつけないよ」
や、や、や。そーゆー問題じゃないだろう。
つか、落ち着け。いいから、落ち着け。冷静に、落ち着け。
どんなにこいつの見た目が美形でも、中身は三〇過ぎのオッサンなのだ。それも適当に言葉で人を納得させることもできず、端金(はしたがね)を作るのにいちいち家財道具を売り払うくらいしか思いつかない。しかもその金の使い方が、アレだ。計画性ゼロ。生活力ゼロ。将来性ゼロ。
それで口を開けば、こんな今時、中学生だって口ごもるような、どストレートな台詞をてらいなく口にしやがる。──畜生、こいつの場合、本当に「裏」がないって分かるのが、始末に負えない。
人間、自分に向けられた純粋な好意を前にして、なかなか拒絶の意志を貫くことは難しい。ましてや、何だかんだ言って二年も一緒に暮らしてきた男なわけで、それなりの情の繋がりを否定しきれない。
うう。もう客観的な材料はすべて「いい機会だから、これに乗じて別れちまえ」という結論を指し示しているのに、こいつが本気でアタシを捨てたんじゃなかったこと、そしてまたふたりで暮らせるかもしれないことが、素直に嬉しくて、自然と頬が緩んでくる。
や、だから、ダメだって。こんなところで甘い顔みせちゃ。
アタシはぐっと堪えて、続けた。
「か、家財道具売り払った件は分かった。でも、じゃあ、何であんた、ここにいるのよ。こんなところに出てきたら、せっかく逃げた意味がないじゃない?」
「ルナがアミを捲き込んだから」あっさりとマモルは答えた。
「こっちの世界で君たちが変身すると、誰がどこで変身したか、僕にはすぐそれが判る力がある。あらゆる空間状況を問わず、そこへ『跳ぶ』力も。街でふたりの姿を見かけた時点でルナの狙いは見当がついたけど、結局、こうなるまで手が出せなかった。ごめん」
……そーか、それであんなにアタシを変身させたがってたのか、あの腐れぬいぐるみ。畜生。
「それだけ判ってて、何でそのまま逃げなかったの?」
答えなんか訊かなくても判っていたけど、あえて訊ねたのは、たぶんアタシも理由を必要としていたからだ。
まっすぐな瞳でアタシを見返すマモルは、それを察したように優しく微笑んで言った。
「君が戦っているとき、そばで守るのが僕の役目だ」
その言葉を聞いたとき、アタシの中で頑なに存在していた塊が、暖かく解けてゆくのが判った。
それは昨日今日の話だけじゃない。誰にそう言われたわけでもなく、この街で生きてゆくにはそう在るしかないと思い定めて、疑問に思う気持ちを幾度もいくども呑み込むことで、いつしかアタシ自身でさえそれが本当の自分の姿のように錯覚していた、そんな硬く、冷たい強張り──
そう、ずっと忘れていた。
アタシはひとりで戦わなくったっていいのだ。
「バ、バカ……そんな台詞、真顔で言ってんじゃないわよ」
アタシは横を向いて、不貞腐れたように口にした。
たぶん、ちょっと涙ぐんでた目元を見られたくなかったから。
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