積読日記

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義忠『王子様とアタシ』第7回


    7

「……さて、そろそろよろしいですか」
 咳払いひとつして妖魔は言った。
「王子、ひとつ提案があります」
「何でしょうか」
 マモルは立ち上がりつつ、答える。アタシも慌てて立ち上がった。
「ご要望通り、そちらの女性は見逃しましょう。しかし、その代わりあなたにはこのまま王国にご同行いただき、ルナ将軍の身柄も引き渡していただく」
「その回答はNOだ。どのような形であれ、僕の帰還は王国のためにならない。少なくともルナは、僕の帰還という状況を最大限に活かして、王国の各層への大規模な不安定化工作(ディスタビライズ・オペレーション)を仕掛けるだろう。
 そもそも二人の王女の権力抗争の焦点が、何故、僕なんだ? 地上(こっち)に亡命以来、何の政治的活動もしてこなかった僕は王国ではもはや過去の遺物でしかないはずだ。そんなものを巡って奪い合いするより、もっと現実的なイシューがいくらでもあるだろう。それなのに、君のような工作員をわざわざ地上世界(こっち)に送り込んで、無茶な作戦行動まで許可するほど熱くなっている。おかしいとは思わないのか?
 既にこの状況自体、ルナによってデザインされた絵図の中だと、何故、気づかない」
「…………」
 マ、マモルがまともに難しい政治の話をしてる。アタシはびっくりしてぽかんとその横顔を眺めていた。
 そりゃあ、曲がりなりにも内戦下の国家元首なんてやってたんだから、アタシが考えてたほどのぼんくら君主ではなかったのかもしれない。そういや、さっきもルナを出し抜いて逃げ出したって言ってたっけ。しかし、それじゃあ、アタシの知る日常でのヘタレ男っぷりは演技だったっていうの? とてもそうは見えなかったけど……。
 いや、まぁ、仕事絡みの時だけ、まともな男っているけどさ。
 って、待て。ちょっと待て。
 そっちに気を取られてたけど、今、マモル、何つった?
「王子、そうであるならなおのこと、ルナ将軍の身柄を差し出していただきたい」
「ダメだよ。ルナの居場所は僕でも判らない。この三〇年、彼の実体を見たものはいないんだ。おそらく、さっきのぬいぐるみを辿っても、辿り着けるのはダミーの中継蟲(ルータバグ)くらいだろう。先代のクィーンが一〇〇人の高僧に追跡させたときには、逆にそのうち半数の魔術回路を灼いて再起不能にしている。君や僕のレベルでどうにかなる相手じゃない」
 ……そもそも何者なんだ、ルナって?
 とりあえず、「諸悪の根源」はあのぬいぐるみ、つー認識でいいのか?
「であれば、やはりご自分の口から、我が主(あるじ)にお伝えいただくより他にありませんな」
「だから──」
「王子、あなたは誤解しておられる」妖魔は静かに言った。
「私が主(あるじ)に命じられた任務は、『万難を排して、あなたを主(あるじ)の下へお連れしろ』というものです。それ以上でも、それ以下でもない。
 あるいは、あなたのおっしゃる通り、この任務は誰かの書いた絵図に踊らされてのものなのかもしれない。そして、あなたを連れ帰ることが、その者の企図する謀略の手助けとなってしまうのかもしれない。
 だが、前線の兵士が任務の裏読みを始めては組織の統制は維持できない。
 逆にお伺いしますが、どうあってもご同行はいただけませんか?」
 マモルは再び首を振った。
「さっきも言ったように、僕の帰還は王国のためにならない。
 それに、僕は地上世界(ここ)に残ると決めた。彼女と生きてゆくと決めたんだ」
 マモルはアタシの肩を抱き寄せる。その手が微かに震えていることに気づき、何も言わずに自分の手を重ねた。
 妖魔はその手を見て、それからアタシの目を見て訊いた。
「貴女(あなた)の意見も同じとみなしていいんですか?」
「まぁ……ね」
 正直、怖かった。すぐにでも逃げ出したかった。
 どんな敵を前にしても、凛々しく可憐に立ち向かっていた、無敵のスーパーヒロインだった少女の頃の自分なんて、今となってはとても思い出せない。
 アタシはあれから、傷を負うことも、その痛みも知った。大切なものを得て、それを喪うことも知った。そして、胸の底に穴が開いたような喪失感がどれほど苦しいかも、その苦しみさえ日々の忙しさの中でいつしか麻痺して何も感じなくなることも知った。
 つまるところ、アタシもそれなりに大人になったということなのだと思う。
 だけど、だからこそ。
 自分が守りたいもの、手離したくないものがあるなら、逃げるわけにはいかないということを知ったのだ。
 ……いや、まぁ、それがこれだってのは、我ながら忸怩たるものがなくはないけど。
「そうですか。残念です」妖魔は口だけでなく、本当に残念そうに頷いた。
「では、ゲーム再開、といきますか」
 その台詞とともに、妖魔は細い糸眼をかっと瞠(みひら)いた。
 と、大気が妖魔の方に向って流れてゆくのが判った。いや、違う。この感覚は魔力の流れで──
「いかん! 君のレベルでそんな術式を、それも魔方陣もなしに略式で──!」
「あ…あなた方の長話につきあい過ぎました。少々、決着を急がねば」
 苦しげに告げると、いきなり妖魔の体?が倍以上に膨らんだ。上半身の衣類が弾け飛ぶ。その下から、奇怪な線で彩られた刺青のようなものが浮かび上がる。それらは生き物のように肌の上でうねり、無数の目を思わせる紋章を全身に描き出した。
「げっ! 気色ワルっ!」
「マーキュリー、術式が本起動する前に叩くんだ!」
 ステッキの先を妖魔に向け、マモルが命じる。
「え? な、何──っ!?」
「もう遅い」
 にぃと妖魔が嗤(わら)い、刺青の目が一斉に大きな瞼を開く。その下から生身の瞳の水晶体がぎょろりとこちらを睨む。
「────っ!」
「下がれ、マーキュリー!」
 あまりに異様で邪悪な状景に、声にならない悲鳴を上げて立ち竦むアタシを、マモルが背後に引き倒す。
 同時に妖魔の全身の瞳が閃光を発し、次の瞬間、アタシ達の周囲の空間が爆発した。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
 ステッキの柄頭を前方に突き出し、マモルが叫ぶ。見れば、その前方に半透明の光の壁が形成され、その先で何もかもが光を放って粉々に爆散してゆく。まるで絨毯爆撃のど真ん中に放り込まれたような有様だった。
 無限に続くかと思えた時間は、やがて唐突に止んだ。
 顔を上げると、周辺はすっかり更地になっていた。
 その光景に唖然としてアタシは呟いた。
「マジか……」
「な、なんて無茶を……こんな術式を無理に発動すれば、君の魔術回路が持たないぞ」
 肩で息をしながら訊ねるマモルに、妖魔もまた苦しげに言葉を絞り出す。
「しかし、これで貴方もそこの彼女を連れて、この空間を突破する余力はなくなったはず。王族の空間跳躍力を封じるためなら、安いものです。更に言えば──」
 刺青の紋様が再びうねりを帯びて、今度は胸に大きなひとつ目が顕(あらわ)れる。瞼が再び開いてこっちを睨む。
「こっちにはまだ、余力がある」
「く……っ」
 小さく呻いてマモルが膝をつく。
「マモル!」
「もう一回来る」駆け寄るアタシの腕を掴み、マモルが短く告げた。
「彼の狙いは僕の身柄の確保だ。ここへ来るのと今ので僕は魔力を使い果たした。魔術防壁がもう出せない以上、今度はアミを直接狙い撃ちしてくる」
「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫だ。思い出せ。魔力の流れを読んで、意識を集中しろ。身体がそこについてくる」
「あのね、こっちだって十代じゃないんだから、そうそう昔みたいに──」
「変身したろ?」マモルはウインクして笑って見せた。
「スーツの機能で、君の身体の中で人工的に魔術回路が形成されている。その魔術回路が神経情報処理と身体機能を補強してくれる。君が望めば、更にその先もだ。信じろ。君の意志に必ず身体はついてくる」
 それからマモルはぐっとアタシの身体を抱きよせ、耳元で囁いた。
「チャンスは僕が作る。隙を衝いて懐に飛び込め。ステッキに魔力を込めて叩きつけるんだ。それで彼の魔術回路はオーバーロードして灼き切れる」
「ちょ、そんなの無理──」
「時間切れだ。アミならやれる。大丈夫だ」
 手短にそれだけ告げると、マモルはアタシを突き飛ばす。
 そこへ妖魔の胸の瞳から一条のビームが走る。ついさっきまでアタシの居た空間を縦に切り裂くように光が薙いだ。ビームはそのまま後背の地面を抉る。ざっくりとした溝の深さを視界の片隅に留め、背筋を悪寒が駆け抜けた。
「逃すか!」
 そのままビームがアタシを追ってくる。冗談じゃない。追いつかれてたまるか。
 走り出しながら、だが、確かにマモルの言うとおり身体の軽やかさを感じていた。変身前の運動不足を痛感していた自分と同じ身体とは思えない。
 そして魔力の流れ。周囲の空間から妖魔の下へ「風」が集まり、ビームの形に収束してこちらへと返ってくるのが何となく解る──この「風」が、たぶん魔力の流れなのだ。
 この流れの揺らぎが妖魔の攻撃とリンクしていることも、感覚的に判る。その先も「読め」なくもない。そこへ身体を滑り込ませるように押し込んでやることで、髪一重でアタシは妖魔の攻撃を回避していた。
 いや、これは……いけるか、も──
 一瞬、調子に乗ったそこへ、髪の毛数本を捲き添えにして左の耳たぶをビームが掠め飛ぶ。畜生。世の中、そんなに甘くないか。
 それでも逃げ廻ってる分には何とかなりそうだったが、マモルの言うような懐に飛び込むような隙はどこにもなかった。妖魔も瓦礫の山と化した路上に飛び降り、走りながら攻撃位置を変えてくる。ビームだけでなく、最初に見せた鋭利な鞭のような攻撃も交えてきた。これは躱(かわ)し損なうか、体力が尽きたらお終いだ。飛び道具が使えない以上、こっちが圧倒的に不利。
 しかし、マモルが言ってた「隙を作る」ってのは一体……?
 その時、足下の瓦礫につまづいたのか、ほんの刹那、妖魔がその場でたたらを踏んだ。
 そこへ、死んだように路上に倒れ伏していたマモルが素早く身を起こすと、薔薇の花を放つ。何らかの魔力が込められているのか、重心位置とか空気抵抗を無視して、薔薇が枝の先から鋭く、まっすぐに妖魔に向けて突っ込んでゆく。
 しかし、目標へとたどり着く前に、薔薇は妖魔の腕のひと振りで弾かれてしまう──そう。だけど、そこに片腕分の「隙」ができた!
「うわあああああああっ!」
 アタシは獣のような咆哮とともに、その「隙」に身体を捩じ込むように吶喊した。
 妖魔もその動きに気付き、身体をこちらに向けようとしている。
 その動きをスローモーションのように知覚しながら、じれったくなるぐらい重い身体を強引に前へ、前へと押し込む。超音速の鞭と化した腕のひとつが、こっちを貫く軌道に乗ろうとしている。胸の光線を発する奇怪な瞳も、アタシの姿をその焦点に結ぼうとしていた。
 失敗した。間に合わない。……今度こそ、殺られる!
「大丈夫だよ」不意にマモルの声が聞こえた。
「アミなら、きっと大丈夫」
 その暖もりを伴った言葉を意識した瞬間、自分の中の冥(くら)い強張(こわば)りが消し飛ぶのが判った。
 そして背中を押されるように、アタシの身体はぐっと加速を増す。
 そう。アタシが望めば、その先だって──
「バカな!?」
「行け、マーキュリー!」
 妖魔の驚愕。マモルの声。
 そしてアタシは、振りかぶったステッキにすべての想いを込めて、フルスイングで振り抜いた。
 
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