積読日記

新旧東西マイナー/メジャーの区別のない映画レビューと同人小説のブログ

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義忠『王子様とアタシ』第9回

 エピローグ

 で、それから何が変わったかというと──実は、大して何も変わっていない。
 アタシは相も変わらず、三流オヤジ向け雑誌の編集部で働いていて、立場も契約社員のままだ。残業代もつかないし、そのくせ校了前は徹夜の連続で、そこもちっとも変わっていない。
 多少は変わったことといえば、仕事の合間に、少しプライベートな書き物をはじめたくらいか。知り合いの編集者や作家にちらちらと見せてみた感触では、まぁ、悪くはなさそうだ。ただ、その都度、「あなたが、こんな少女趣味な文章書くなんてね」などとにやつかれるのだけは、勘弁して欲しいと思うのだけど。
 
 あの事件自体の後始末について、少しまとめておこう。
 家財道具については、業者にねじ込んだら、半分くらいは取り戻せた。ただし、それなりの金は払わざる得なかったし、パソコンの中のデータは既にきれいに消去済みだった。正直、これが一番痛かった。
 それに出費は、それだけではなかった。封鎖空間が晴れて、破壊されまくった周囲の空間はきれいに元に戻ったのに、スライスされたべスパだけはそのままだった。何かの嫌がらせか? 念のため、保険が効かないかと保険会社に当たってみたが、市街地で車体が三枚に下ろされる事故など認められるはずもなく、全損扱いで新車を後輩に買って返す羽目になった。これが意外と高いのな、べスパって。畜生。
 ちなみに写真一枚撮る暇もなく、レコーダーに記録された「魔法の王国の地域紛争話」など記事にするわけにもいかず、結局、スクープ記事で一儲けという企みはあっけなく泡と消えた。
 そんなわけで、社会人になって以来、乏しい給料から僅かづつ溜め込んできた貯金はきれいさっぱり使い果たしてしまった。とほほ。嫁入り資金だか、独立資金だか、老後用のマンション購入の頭金になるはずだった資金がなくなって、とりあえずは日々のお仕事に精進するしかなくなったというわけだ。やれやれ。
 
 それでマモルはと言えば、これも相変わらずアタシの家で暮らしている。
 ただちょくちょく家を空けるようになった。浮気なんかじゃなく、例のルナ絡みの事情だということは判っているので、家でごろごろされてるよりいいかと。目的意識が芽生えたのか、多少顔つきもましになったみたいだし。
 ちなみそっちの進捗はどうなってるのかと訊くと、いつも「大丈夫、大丈夫」とへらへらと煙に捲かれてしまう。
 なるほど。こいつ、仕事を自宅に持ち込まないタイプだったか。まったく、これだから男ってのは。
 まぁ、本当に助けが必要ならちゃんと求めてくるだろう。
 割とその辺の信頼感というか、こいつは何があってもちゃんとこの家に帰ってくるというそうした安心感が、あの事件で得たもっとも大きな成果だったかもしれない。
 何となく、「男と暮らす」ということの意味を、再確認しつつある今日この頃だったりする。
 いや、ま、それにしたって、少しぐらい家に金入れてくれないもんかなと思わないでもないけどね。
 
 ああ、それともうひとつだけ。
 あの後、朝焼けの十番町を最寄駅まで歩きながら、どうしてもこれだけは訊いておかなくちゃいけない質問をマモルにぶつけた。
「あんた、はじめからアタシと知ってて一緒に暮らし始めたの?」
「え? あぁ、それはね。顔を見ればすぐに判ったし。こういう関係になっちゃったのは、少し予定外だったけど」
 マモルが苦笑する。
「アタシは、マモルはムーンと付き合うものだと思ってた」
「彼女は恋に恋してただけさ。本気の恋愛じゃないよ」
 確かに、それはそうだったかもしれない。
「それに大学生が中学生に手を出すのは、さすがに抵抗が……」
「その割に、アタシとの時はそのまま部屋に転がり込んできたくせに」
「いや、それは、その時にはふたりとも大人だったわけだし……」
 ごにょごにょとバツが悪そうに口を濁す。ま、こっちも本気で責める気はないけど。
「本当はさ、街で君の姿を見かけて。それで皆どうしてるのかな、って懐かしくなって声を掛けたんだ。まぁ、皆、大事な妹みたいなものだしね」
「じゃあ、妹に手を出したんだ」
「いや、だから、それは……」げふんげふんと咳きこんでから、マモルは言った。
「こういう言い方するとさ、思い上がってる様に思われるかもしれないけど、あの時のアミは誰かに支えてもらいたがってるみたいに見えたんだ」
「そんな、安手のホストの口説き文句みたいな話……」
「冗談じゃないよ。あの晩だけじゃない。アミが頑張ってお仕事しているのは凄いけど、その分、何かから必死になって逃げようとしているようにも感じてたんだ。
 ……いや、多分、ちょっと違うな。亡命前の僕自身がそうだったから、特にそう感じてたのかもしれない。ま、どっちにしても今にして思えばって話だけどね。
 だから君を支えたかったし、支えることで自分を支えてもらいたかったんだと思う」
「…………」
 黙ってその横顔を見つめるアタシに、マモルは何の脈絡もなく不意に訊ねてきた。
「アミさ、何で小説書くのやめちゃったの?」
「な、何よ、いきなり?」
「前、書いてたじゃない」
「ちゅ、中学生の頃の話でしょ。高校入ったら、部活や受験でそれどころじゃなくなってやめちゃったわよ」
 本当は大学出るまで細々と続けていた。いくつか書き上げた作品を、ティーン向けライトノベルを出してる編集部に持ち込んで、あわよくば作家デビュー。そうでなくとも編集部に潜り込めないかと企んでたのだが、持ち込む先々で「いやあ、小説としてはよく出来てるんだけど、イマドキのケータイ持ってる女の子向けには、もっと過激じゃないと」などと言われて、泣きながら原稿を焼き捨てたのだ。いや、まぁ、今にして思えば、アタシが担当編集者でも同じ回答をしたと思うので、別な意味で抹殺したい過去ではあるのだが。
「よく判んないけどさ。また、書いたら」
「何よ、その無責任な言い方」
「アミは昔っから本好きで、自分でも小説も書いてたから、今の仕事をしているのは不思議でもないけど、でも仕事の話をしている時のアミって、そんなに幸せそうに話してないんだよね。それがずっ気になってたんだ。
 いろんな状況があっての話なんだろうから仕事の方には口を出さずにきたけど、アミが自分の本当にやりたいことをもう一度見直すために、昔みたいにまた小説を書き始めるのはわるくないんじゃないかな」
「…………」
 そんなわけで、手慰みレベルだけど、アタシは再び小説を書き始めた。今のところ、アタシが担当編集なら頭を抱えそうなレベルの作品しかできてないってのが、悩ましいところなのだけど。
 
 雑然と積まれた資料の山の奥で、『鬼警部アイアンサイド』のテーマが軽やかに鳴った。
 校正紙に赤を入れながら、一発で正確その所在を探り当て、携帯に出る。
『あ、もしもし、アミかい?』
 マモルだった。職場に電話を掛けてくるのは珍しい。
「何? 新聞でも取らされちゃったの? 会社で各紙取ってるんで、自宅では読まないから追い返せって、あれほど──」
『いや、今ちょっとこっちで手が足りなくなって──あっ、そこ、勝手に始めちゃダメだって!』
 続けてガラスだか金属だかの破砕音。あー、だいたい事情は呑み込めてきた。
『ごめん。ちょっと手を貸して──うわあっ、止めろ、そこっ!』
 今度は何だか至近距離に落雷したような音がした。あーあ。
「で、どこでやってんの? 新宿? そんな人通りの多い所で? ああ、また封鎖空間で。携帯通じるんだ。安易な設定……いや、こっちの話。うんうん、じゃあ近くまで着いたら電話するから──」
 そこで爆発音と悲鳴が立て続けに聴こえ、電話が切れた。……えーと、とりあえずアタシが現地着くまで死ぬな。
 アタシは携帯を閉じ、机の上を見渡した。とはいえ、こっちもそんなに暇ってわけでもないんだけどな。
 積み重ねられた校正紙の束を眺め、それから、結局、手元に戻ってきて今は会社の液晶モニタの下に鎮座ましましているアクセサリーケースに目をやった。中身は勿論、マモルがくれたガラクタのアクセサリーで、相も変わらず捨てきれずにここにあるのだった。
「ま、しょうがないか」
 苦笑してアタシは席を立った。新宿までだったら、ぎりぎり地下鉄が動いている時間だ。
「あれ、お帰りですか?」
 ロッカーでコートに袖を通していると、バイトの男の子に訊かれた。
 アタシはふと考え、軽くウィンクして答えた。
「ちょっとスーパーヒロインしてくるだけよ」
 ぽかんと口を開けているバイト君を尻目に、アタシは編集部を後にする。
 その足取りは、何、思ったほど悪くはなかった。