積読日記

新旧東西マイナー/メジャーの区別のない映画レビューと同人小説のブログ

■Twitter               ■Twilog

■小説を読もう!           ■BOOTH:物語工房
 
各種印刷・製本・CDプレス POPLS

義忠『彼女の戰い』第0回

epigram

 しかし、わたしは幸(さいわい)を望んだのに、災(わざわい)が来た。

 光を待っていたのに、闇が来た。

 わたしの胸は沸き返り、静まろうとしない。

 苦しみの日々がわたしに襲いかかっている。

       ――旧約聖書 ヨブ記三〇・二六〜二七

ADVANCED TITLE

 雨。
 黒い雨。
 火災によって生じた煤(すす)を大量に含んだ黒い雨が、薄闇のジオフロントに降り注ぐ。
 気温が設定値を越えたため、天蓋に設置されたスプリンクラーが作動し始めたのだ。もっとも、ファーストの使用したN2爆雷をはじめとして、この限定された球状空間内にぶちまけられた膨大な量の熱エネルギーを吸収した所為か、水温は熱湯に近かった。
 その雨の中、両腕と頭部を喪(うしな)った弐号機が地面に膝をつき、塑像(そぞう)のようにたたずんでいる。その背面装甲板の上で、アタシは開放状態にあるエントリープラグのハッチに手を掛けて立ち、うっすらと立ちこめるもや越しに周囲の惨状を眺めていた。
 森は燃え、目に見える施設はことごとく半壊か全壊。破壊し尽くされ、黒く焦げた兵器の群れ。天井から落下してきたビルの残骸のような物もあった。
 すべて使徒との戦闘の結果だ。
 屈辱という言葉すら生ぬるい想いに、臓腑が熱を帯び、重くその存在を主張する。
 勝てなかった。
 NERV自慢の特殊装甲システムをすべてぶち抜いてジオフロントへの侵入を果たした使徒に、誰も勝てなかった。
 いや。
 他の誰がどうしようと、そんなことはどうでもいい。
 アタシが勝てなかった!
 アタシはまた勝てなかった!
 しかも、使徒は両腕と頭部を喪(うしな)って完全に沈黙した弐号機の横を、悠然と通り過ぎていったのだ。
 とどめすら刺さずに!
 その必要すらないとばかりに!!
 結局、アタシは奴の足留めすらろくにできなかった。アタシの必死の猛攻なぞ歯牙にもかけられなかった。あっさりと蹴散らされた。
 何の役にも立たなかった。何の――
 悔しかった。己の無力さが赦(ゆる)せなかった。
 アタシは唇を噛みしめ、顔を伏せた。そのままだと涙がこぼれてしまうから。
 それだけはイヤだった。こんな場所で泣いて、自己憐憫の感情に逃げ込もうとする弱さだけは、絶対に自分に赦すわけにはいかなかった。それが今のアタシに残された、せめてものプライドだった。
 雨。
 黒い雨。
 その滴がアタシの赤い髪を濡らし、プラグスーツを伝う。薄く黒い痕跡を残しながら、弐号機の巨大な傷口から流れる青い体液と混ざり合って、大地に吸い込まれてゆく。
 そのとき、不意に低く野太い獣の咆吼がジオフロントに響きわたった。聴く者の腹腔を揺さぶり、その魂を闇の奥へと引きずりこまんとするかのような、荒々しく邪悪さにみちた雄叫び。
 アタシは視線をそちらへ転じた。
 半壊した金色のピラミッドを思わせる本部施設の足下に広がる森の向こう、水蒸気に煙けぶるジオフロントの薄闇を背景に、巨大な人型のシルエットが浮かんでいる。
 シルエットが頚(くび)を巡らせ、白く輝く両眼がこちらを睨む。
 アタシはハッチに掛けた掌(て)に、一瞬、力を込めた。
 EVA初号機。誰にも斃(たお)せなかった最強の使徒は、いつの間にか出戻っていたシンジを乗せたあの初号機によって斃(たお)された――いや。正確には「喰われた」というべきか。
 初号機が再び地面に顔を伏せる。咀嚼音らしきものが聴こえる。使徒の肉でも喰らっているのか?
 ――化け物……っ!
 恐怖とおぞましさを必死でねじ伏せ、アタシは初号機のシルエットを睨みつけた。
 初号機――そしてシンジ。
 またしても勝利は、あの邪悪な獣とこれといって特徴のない少年のものなのか。
 胸の奥で、何かがきしりと小さくきしんだ。
 獣が再び咆吼をあげる。
 雨。
 そして、黒い雨。
                                            >>>>to be Next Issue!