積読日記

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小林源文『Cat Shit One'80 VOL.1 キャット・シット・ワン '80 1巻』

Cat Shit One'80 VOL.1 キャット・シット・ワン '80 1巻

Cat Shit One'80 VOL.1 キャット・シット・ワン '80 1巻

Cat Shit One VOL.0 キャット・シット・ワン 0巻Cat Shit One VOL.1 キャット・シット・ワン 1巻 (Web comics)Cat Shit One VOL.2 キャット・シット・ワン 2巻 (SB comics)Cat Shit One VOL.3 キャット・シット・ワン 3巻 (SB comics)
黒騎士物語 (アップルコミックス 3)』『ハッピータイガー (MGコミック)』などの作品で知られる本邦戦争劇画の第一人者、小林源文は、一方でスラップスティックな戦争劇画『東亜総統特務隊 (歴史群像コミックス)』のようなユーモア作品も手掛けている。
 ……アレを「ユーモア」で片付けていいのかという話もあるが、それはさておき。
 そうした文脈の中で生まれたのが、ベトナム戦争での米陸軍長距離偵察パトロール(LRRP)部隊のパッキーことパーキンス軍曹達の活躍を描く『Cat Shit One VOL.1 キャット・シット・ワン 1巻 (Web comics)』──いや、これが登場人物をすべて動物化してリアルなベトナム戦争を描くという、画期的な代物で。
 まぁ、シルバニア・ファミリー(ウサギ)がM-16を抱えてネコとジャングル戦をやっているのをイメージしていただければ、おおむね正しいかと(爆)。
 この作品、自分はかねてよりマペットで映像化してくれないかと願っているのだが、米国辺りのTV局に誰ぞ企画を売り込んではくれないものか。
 
 さて、作中ではベトナム戦争も終わり、パッキー達のチームも解散。それぞれの人生を歩んでゆくのだが、東西冷戦が最期に加熱する80年代の国際情勢が彼等を放ってはおかない。
 極東から欧州、そしてソ連軍と聖戦士(ムジャヒディーン)が激突するアフガニスタンまで、世界を股に掛けた彼等の活躍が再び始まった!
 ──というのが本書なのだが、いや、これ、単なるイロモノ戦場劇画の域を超えて、「冷戦の総括」というちょっと容易ならざるテーマを軸に据えた骨太な作品になろうとしてますぞ。
 
 80年代という時代は、70年代に欧州で吹き荒れたテロの季節の余熱も残りつつ、イラン革命に影響を受けたイスラム過激派の活動が活発化し始めた時代だ。冷戦の枠組みはいまだ健在だったものの、一方の雄、ソ連アフガニスタン侵攻で泥沼の戦争に足を取られ、急速に国力を消耗してゆく。
 本書で取り上げられているソ連のアフガン侵攻、イランの米国大使館占拠事件、英国プリンセス・ゲートでのイラン大使館占拠事件とSAS(英陸軍特殊部隊)による制圧作戦などは、自分にも新聞やTVで接した記憶がある。個別の事件の描写については、ネタ元となったであろう書籍も見当がつかなくもないのだが、問題は個別のシーンにあるのではない。
 これらの出来事がこうしてひとつの「物語」として語られてみて、はたと気付かされるのが、80年代から世界の深層底流として静かに流れ始め、やがてゼロ年代911として炸裂する時代の文脈(コンテキスト)の存在だ。
 
 イスラム原理主義の台頭──確かに、イラン革命を例に取るまでもなく、ソ連アフガニスタン侵攻も元はといえば自国領内のイスラム中央アジア諸国の不安定化を嫌ったクレムリンが、政権の弱体化したアフガニスタンイスラム系テロリストの策源地となっている状況を打破すべくはじめた戦争だった。
 そこへ目をつけた米CIAは、かねてよりアフガン国内部族とのつながりのあったパキスタン情報部を通じて、武器と金を聖戦士(ムジャヒディーン)達に流し込んでソ連の体力を削ぎ落とすことに血道を上げる。
 それはやがて、イスラム原理主義の国際テロ集団・アルカイダの誕生に繋がってゆく。……。
 薄々とはイメージしていたし、それを指摘する論文を目にすることも少なくないのだが、こうして「物語」の形で提示されると時代の「文脈(コンテキスト)」がすとんと腑に落ちる。
 これ以外にも「戦争」の主流となるスタイルが特殊部隊と軽歩兵戦へとシフトしてゆく流れ、中小国家群に内包されるやがて内戦へと繋がる民族の分断線、「赤い資本主義」を目指して無節操に活動を始める中国など、現代に繋がる多くの「文脈(コンテキスト)」がうねりとなって描かれる様に唸らされる。
 軍事の分野に限るとは言え、小説、映画も含めて、ここまで包括的に「80年代」の国際社会を描こうとしている試みは、自分が知る限り始めてだ。
 911後の「現代」の「文脈(コンテキスト)」を理解するためにも、これはもう必読の書とさえ言っていい。
 さすがは小林源文、この歳でこんな大仕事を洒落の振りして始めるなんて、おそろしい親父様だ。
 これは若い世代もうかうかできませんぜ。