積読日記

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義忠『彼女の戰い』第13回

Scene 13

 拘禁措置が解かれた翌日の昼休み、アタシは相田を学校の屋上に誘った。
 そしてその場で、アタシはミサトから聞きだしたシンジの情報を、すべて相田に話して聞かせた。
「結局、MAGIの利用状況が活発化したのは、シンジの消失という異常現象を分析するためと救出(サルベージ)計画の支援のためだったみたい」
 あの後、ミサトはアタシの質問などに愛想良く答えてくれはしたが、その態度はどこかよそよそしいものに終始した。あるいはアタシのよく知るミサトに戻った、という言い方もできるかもしれない。してみると、あれはミサトがまともに心を開いた貴重な機会だったということなのか。
 だが、アタシはその機会をただ漫然と眺めて見過ごすという大罪を犯してしまった。
 もう二度と彼女が心を開くことはないのでは、というそんな予感が抜き難くアタシを責め苛んでいた。
「シンジの主治医がドイツに出張したのは、以前、ベルリンの第三支部で外部から刺激を与えて精神汚染の被害患者の人格フレームを人工的に再構築するっていう治療法が試験されたことがあって、そのデータをサルベージ計画を応用できないか調べるためだったそうよ」
 ミサトは言葉を濁したが、その時の被験者はアタシの実母だった可能性が高い。容態が落ち着いていたはずの実母が突然自殺したことと、何か関連があるのではないか――いずれこの件についてははっきりさせてやる、とアタシは固く心に誓っていた。
「それと、シンジに関する情報が混乱してたのは、使徒によるジオフロント強襲という前代未聞の事態を前に、保安部が初動段階での情報管制にしくじったってのが一番の原因だったらしいわ。それに加えて、アタシの場合、シンジが初号機に取り込まれたと判明する前――初号機が使徒を斃(たお)した直後に、乗っているのがシンジだって弐号機のエントリープラグ内で聞かされてたにも関わらず、ミサトがその後のアタシに対するフォローをいい加減に済まそうとしてたもんだから、その辺でよけいに話がおかしくなっちゃったのよね」
 アタシの説明を一通り聞き終えた後、相田は訝(いぶか)しげに頚(くび)をかしげた。
「……いいのか?」
「何が?」
「オレなんかにそんな話をして」
 さすがに恥ずかしくて視線をよそに向けつつ、アタシは言った。
「戦友(カメラード)なんでしょ」
「……そりゃまた、光栄のみぎりってやつだけどさ」
 相田もまた居心地の悪さを感じたのか、口の端を僅かに弛めながら言葉を濁す。
「で、シンジはいつ還ってくるんだ?」
「わからない」アタシは首を横に振った。
「今、リツコ達がサルベージ計画を進めているけど、必ずしも成功の保障はないって。だから今日明日にでも還ってくるかもしれないし、もしかすると、もう――」
 アタシはそれ以上の言葉を口にしなかった。
 遠くの喧噪を微かに乗せ、風が緩やかに流れゆく。アタシは目を細めて街の方に目をやった。強い陽射しの下で、この街はいつもと変わらぬ営みを過ごしているように見えた。
 やがて、躊躇(ためら)いがちに相田は言った。
「やっぱり、礼を言っておくべきなのかな」
「何よ、改まって」
「惣流がいなかったら、ここまで詳しい情報は得られなかったろうからな――感謝してる」
 そして、訥々(とつとつ)と語り始めた。
「オレってさ、見ての通り性格がひねくれてるから、前に惣流に言われたように、友達を作るのだって打算を働かせながら作ってきてたようなところがあるんだ。
 入学してすぐにトウジとつるむようになったのは、ほら、アイツは腕っ節が強い割りに単純で扱い易いヤツだし、だから用心棒代わりに打ってつけだって考えたからさ。
 シンジは勿論、EVAのパイロットだったし、アイツを通じてミサトさんとかNERVの関係者と親しくなっておけば、あわよくばオレも――ってね、そう考えてた。
 こういうやり方を嫌うヤツがいるってのは判ってる――と言うより、オレも嫌いなんだ。なんて嫌なヤツだって、オレも思う」
 そう言って、自嘲気味に表情を歪めた。
「でも、ダメなんだ。ガキの頃からいろいろあった所為か、いつの間にかこういう風にしか人間関係を考えられなくなっちまってる。どいつが敵で、どいつには利用価値があって、味方にしたら生き延びることができるのはどいつかって、そんなことばっかり考えて生きてきた。
 本当、嫌なヤツだよな、オレって」
 そこで、相田はふと顔を柔らげる。
「でもあいつら、バカだろ。シンジもトウジも、EVAのこととか妹さんのこととか、それなりにいろいろ悩みを抱えてたにせよ、オレがそばでそんなせこい考えを頭の中で巡らせてるだなんて気づきもしやがらない。
 だけど、アイツらのバカさ加減に付き合ってる内に、こっちまであんまり深く考えなくなるようになってた。まわりの人間の顔色をうかがって、びくびく怯えたりしなくなっていた。でも、それはそれで結構、気楽な毎日で、いつしかそれが当たり前のことのように感じるようになってた。少しづつだけど、オレは変われるんじゃないかって、そんなことまで考えるようになってた――トウジとシンジがオレの前から姿を消すまではさ」
 相田は屋上の柵に手を掛け、険しい表情で遠くの街並みに目をやった。
「どんなことにでも終わりはある。
 トウジとシンジがいなくなった後、オレはそういって自分に言い聞かせた。これが現実なんだと、無理矢理、腹の中に呑み込もうとした。所詮、つまらない夢を見かけてただけなんだ、そうも考えた。
 それは途中まで上手くいってた。
 だけど、去ったはずのシンジがこの街に帰ってきるとか、それを否定するような情報とか、シンジを巡っていろんな情報が入り乱れ始めたのを目の当たりにしたとき、自分でもおかしなくらい無性に真実が知りたくなった。それで狂ったように情報をかき集め始めた。これまで、こんなに熱くなることなんてなかったのに。
 でも、オレはそれがどんな感情にもとづく衝動なのか、自分では見極めがつかなかった。友情なんて気恥ずかしい台詞は、惣流の言うようにやっぱりオレには似つかわしくないしな。きっと人として最低(サイテー)なオタク野郎の下心ってやつなんだろうって、オレも思ってた。
 なのにそれを惣流に指摘されたら、これが意外にダメージ深くてさ。
 平気な顔で開き直ってりゃいいのに、何でこんなに痛いんだろって考えて、その理由の見極めがついたのがあの時――惣流に教室で声を掛けられた時さ」
 相田はアタシの方を振り返って、にやりと笑った。 
「あの時の惣流の貌(かお)って、そりゃあ凄いもんだったぜ。それこそ全世界を敵に廻そうかって気迫があった。前の日、あれだけ落ち込んでた人間と同一人物とはとても思えなかったな。
 その貌を見て思ったんだ――あれは、頭にきているヤツの貌だ。自分を取り捲く世界の理不尽さ加減に、黙って耐えることを止めたヤツの貌だ。
 そして気づいたのさ。
 オレも、頭にきてたんだって」
 相田の顔から笑みが消えた。
「オレはアイツらが好きだった。アイツらとつるんでバカやってる自分が好きだった。
 それがなぜ奪われなくちゃならなかったのか、オレは知りたかった。現実ってやつがいつだって理不尽なのはいまさら言ってもしょうがないことなんだろうが、その現実を腹の中に呑み込むには、それなりに納得のいく理由が必要なんだ。『人類生存のため』だなんてお題目ひとつで何もかも呑み込めるほど、オレは人間ができちゃいない――そいつを理屈として頭で理解するより先に、感情(こころ)がオレを衝き動かしてたってことなんだろうな。
 だからシンジには悪いが、厳密に言えば、オレはシンジの身を案じてというより、惣流が研究所の門の前で口にした<真実>ってやつをオレも知りたかったってのが、本音だったんだと思う。オレ達を好き放題に振り廻してくれるこの現実の、そのまた裏にあるはずの<真実>ってやつを。
 そしてそれは、たぶん惣流も同じだったんじゃないのかって、オレはそう思ってる」
「…………」
 アタシはどんな言葉を掛ければいいのか、判らなかった。
 今度の一件が始まるまで、アタシにとっての相田とはシンジ達三バカトリオのひとりでしかなかった。アタシの視界の中では、ワキ役そのいちでしかなかった奴だ。そんな奴でも、こんな風にいろんな事を考えて、悩んでる――そんな当たり前のことに、驚いてる自分がいる。
 あぁ、アタシはいつもそうなのか、と思う。世界が広がってゆこうとするとき、アタシはいつだってその身がすくんで何をすればいいのか判らなくなってしまう。あの男とママのこともそうだ。もしかすると、あの時、ミサトに手を差し伸べることができなかったのも。
 やっぱりアタシは、幼い頃から何も成長していないのかもしれない。
 だけど、アタシは――
 そのとき、頭の片隅で不意に何かが引っかかった。
 どこがどうなのかははっきりしない。だが、どこかでうまく歯車が噛み合っていないような、そんな微かな違和感があった。
 何だ……?
 しかし、その違和感の正体が判明するより先に、相田がどこか吹っ切れたような顔で訊いた。
「で、見つけられたのか?」
「え?」
「惣流なりの<真実>ってやつをさ」
「さぁ、どうかしらね」アタシは肩をすくめた。
「何となく、それまで迷っていた森から抜け出せたと思ったら、新しい森の中に足を踏み込んでただけって気もするわ」
「今度の森だって、探せばきっとどこかに出口があるさ」
「次の森に繋がる?」
「……まぁ、その可能性は否定しないけど」
 アタシはジト目で睨みつけた。
「それじゃ、何にもなんないでしょ」
「でも、それまで迷ってた森の中からは抜け出せたんだろ? とりあえずはそれでいいじゃん」
 そのあまりにもお気楽な言い草に、アタシは頭を抱えたくなった。
「……そんな単純な話じゃないのよ」
「複雑に考えすぎてるだけでないの? 惣流みたいな中途半端に頭の回転の速い人間って、どーでもいいことで勝手にどツボに嵌まって自滅することってよくあるからな。いわゆる『頭の良いバカ』ってやつか?」
「……ケンカ売っとんのか、オノレわ」
 相変わらず遠慮会釈のない奴だ。いつか見てなさい、と胸に刻んでおく。
「それで、これからどうするんだ? シンジがあんな事になっても、惣流はEVAに乗り続けるのか?」
「アンタってば、本っ当に訊きにくいことを平気で訊いてくれるわよね」
「惣流だって、前に同じことオレに訊いたじゃないか」
「そうだっけ?」
 とっさ思い出せなかったが、どこかで似たような言葉を口にしたことがあったのかもしれない。まぁ、すぐ思い出せないくらいだから、その程度の軽い気持ちで口にした言葉だったのだろう。
 アタシは肩をすくめ、相田の問いに答えた。
「今はそれしかないと思ってる。他に何ができるわけでもないし、逃げるってのはやっぱり性に合わない。怯いには怯いけどね。
 それに、もう少しあの場所で見極めてみたいことがあるの……それが何なのかは、まだ自分でも上手くは言えないんだけど」
「そっか……ま、オレからは無理しない程度に頑張れよってぐらいしか言えないが」
「ありがと」アタシは素直に笑みを返した。
「で、アンタは?」
「オレ? オレは、NERVやシンジについて、もう少しいろいろ調べてみようかと思ってる」
 何気ない口調で語られたその返事を耳にした瞬間、血の気が失せた。
「アンタ……正気?」
「まぁ、一応」
 自分が何を言ってるのか本当に判っているのだろうか?
 相田のとぼけた顔を見てると、自然に声が荒くなる。
「今回はただツいてただけなのよ! たまたまアタシが一緒だったから見逃してもらえただけなんだから! アイツ等が人を殺すことなんて何とも思ってない連中なんだってことぐらい、判ってんでしょ!」
「その辺は、上手くやるさ」
 アタシの剣幕は苦笑で受け留められた。
「そんな簡単にいくわけ――っ!」
「心配してくれるのは、ありがたいんだけど」不思議なくらい穏やかな笑みで、相田はアタシの台詞を遮った。
「もう決めたことなんだ」
「…………」
 アタシは相田の顔をまじまじと見つめた。自分の生き死にに関わる問題だというのに、何でもないことのようにニコニコと笑ってる。
 その顔を眺めている内に、違和感が急速に膨れ上がってきた。
 落ち着きすぎてる――何故だ?
 死ぬのが怯くない――それこそ、何故、というやつだ。
 その昔、この国にいたサムライは、武勇を尊び、死を怯れることがなかったという。
 だが、アタシの知る限り、この相田はそんな上等な人間じゃなかった。君子危うきに近寄らず、というのが心情だった男だ。それが何故、こうも人間が変わったのか。
 さっきの相田の説明を振り返ってみる。
 シンジと鈴原という親しい友人を自分から奪い、傷つけたNERVへの怒り――それが自分の行動の発起点なのだと相田は語った。
 いや、違う――それだけでは行動(アクション)と動機(モチベーション)のバランスが取れない。
 ウソではないのだろうが、すべてでもないはずだ。
「相田――アンタ、何を隠してんの?」
「隠すって……参ったな。オレに隠し事なんてないぜ」
 笑みを絶やさぬままメガネのずれを直す相田の言葉を、アタシはまるっきり信じてなかった。
 シンジの噂をかき集める程度の話ならいざしらず、相田のような計算高い男を平然と死地に赴かせるほど三バカ間の友情が親密だったなどという話は、美談に過ぎる。
 アタシは使徒との戦いで幾度も実戦を経験している。危うく命を落としかけたことだってある。「死」の恐怖というものがどれほど凄まじい心的圧力(ストレス)を人間に与えるものか、身を持って知っている。表面上、平静を装うことができても、必ず言動に歪(ひず)みが出てくる。それが人間という生き物だ。
 ところが、今度の一件が始まって以来、相田の言動には多少の軽躁さは見られたものの、一貫して変に破綻した様子は見られなかった。
「死」に現実感を感じてないのか――いいや、それも違う。
「恐怖」を知らない者に、人間は判らない。「恐怖」と「欲望」の理解は情報分析(アナリシス)の根本的基盤だ。相田の状況分析には確かに間違いも含まれてはいたが、そこの部分を吐き違えていたような印象はなかった。
 それに保安部の人間だって甘くはない。研究所で相田の身柄を拘束してから解放するまでの間に、二度とこんなバカな真似はしないようにと、かなりきつい脅しを掛けているはずだ。勿論、公安のプロの掛けた脅しが、中学校の生活指導教諭のそれと比較にならないものであったであろうことぐらい、想像に難くない。
 にも関わらず、そんな状況下で飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない人間がいるとすれば、それは「死」の恐怖よりも強いストレスによって自我のフレームを維持している人間でなくてはならない――要するに、腹が据わった人間にはそれ相応に「重し」となる動機があるはずなのだ。
 ならば、それは何だ?
 もう一度、相田の説明を振り返ってみた。
 どこかにおかしな所はないか――そういえば、さっき感じた違和感は何だった?
 そうだ。
 相田はアタシに「下心」を指摘されたあと、「意外にダメージ深く」て「何でこんなに痛いんだろ」と考え込むほどにストレスを感じていたと認めている。だが、ただ単に「下心」を見透かされただけなら、それこそ本人の言うとおり開き直れば良いだけの話であって、この男の本来の性格(キャラクター)を考えるとそれを平気な顔でやってのけていなければおかしい。「オタク」とは自らの欲望に正直で在ることを美徳とする人種ではなかったか。
 しかしそれができず、逆にダメージを負ってしまった――何故か?
 アタシによる「下心」の指摘が、「オタク」的自我より高位――もしくは深層レベルに位置する自我イメージを傷つけたからだ。別な言い方をすれば、「オタク」である自分が嫌になっていた――再び、何故?
 それは――
 その瞬間、頭の中で何かが弾けた。
「……アンタ、何かやったのね?」
「何って――」
 相田の笑みが微かにひきつったのをアタシは見逃さなかった。
「そうなのね。シンジとの間で何かあったんでしょ?」
「何をバカな――」
 追求するアタシの目から視線を逸らす。間違いない――コイツ!
 アタシは相田の胸倉を掴んだ。
「答えなさい! 何やらかしたの、アンタ!?」
「離せよ、惣流! どうかしてるぞ、お前!」
 相田はアタシを振り払おうとした。アタシは間合いを詰め、シャツの胸倉を掴んだまま相田の腕を脇に挟み込むと上履きの上から片足を踏みつける――ドイツ時代にミサトから習った護身用の体術の応用だ。
 苦痛と驚愕に歪む相田の顔を間近から睨ねめつけ、アタシは言った。
「どうかしてんのは、アンタの方よ。人間そう簡単に腹なんか括れない――特にアンタみたいな男はね。それが急に孤高のヒーロー気取りの台詞を吐き出したんだから、そりゃあ、怪しむのが当然ってもんでしょ。
 さっきの説明はよくできてたわ。たぶんウソではないんでしょうね。
 でも、それだけじゃないはずよ。
 アンタが命を懸けてもいい――いいえ。命を懸けなくちゃならないとまで思い込むようになった原因は何? そんな覚悟に自分を追い込まなくちゃならないほどの、一体、何をやらかしたの?」
 その問いに、相田が再び目を逸らす。アタシは胸元を更に締め上げた。
 やがて、喘ぐように相田は言った。
「で……電話……」
「電話?」
「そうさ電話を掛けたんだ、シンジの携帯に。シンジがこの街を発つって聞いた日の朝、あの使徒が襲ってきたその日に!」
 泣き出しそうな顔で、相田は叫んだ。
「オレは、何で逃げるんだって、アイツを責めた。トウジもEVAのパイロットに選ばれたっていうのに、オレ独りだけ除け者で、だのにシンジはオレがどれほど望んでも手にすることのできない『EVAのパイロット』の座を簡単に捨ててこの街を去ろうとしてる――そう考えたら、頭に血が上って、それで、気がついたらあんな電話を掛けてたんだ……」
「…………」
 アタシは何も言わなかった――いや。言えなかった。
 相田の行為は愚かの一語に尽きたが、アタシもまた同じ思いを抱いていたのだ。責めることも、嗤うことも、できるはずなかった。
「だけど知らなかったんだよ、その時はトウジがあんな大怪我をしてただなんて! オレはシンジがどんな気持ちでいるのか、考えるべきだったんだ。オレは知ってたはずなのに、アイツがいつもどんな想いで戰ってきてたのか、知ってたはずなのに――!」
 アタシは相田から手を離した。それでも相田の告白は已むことはなかった。
「結局、シンジは最後まで何も言い返さなかった。何も言い返さないまま『この電話は盗聴されています』ってアナウンスが流れて、その後すぐに電話が切れて――
 それからあの使徒が攻めてきたんだ。そして、そいつを斃(たお)したのがシンジの乗る初号機だって聞かされて――だけどシンジは帰ってこなかった。
 もしかしたらトウジのように大怪我をしてるんじゃないか、いや、それどころかもっと酷(ひど)いことになってるんじゃないかって考えたら、じっとしていられなくなった。
 だって、そうだろ? オレが掛けた電話が元でシンジが帰ってきたのかもしれない。無理をしたのかもしれないじゃないか。
 何かしてないと、気が狂いそうだった。シンジもトウジも命懸けで戰っている。なのにオレはアイツ等をひがむことしかしてこなかった。
 オレも戰わなくちゃならない。オレはオレなりのやり方で、アイツ等の前に出ても恥じずに済むようなそんな戰いをしなくちゃならない。アイツ等の顔を正面からちゃんと見れるような、そんな戰いを。だからちょっとぐらい危険だからって、逃げ出すわけにはいかないんだ!」
 だが相田にとって、そのための武器は「オタク」的な知識や情報網しかなく、失踪したシンジの行方を追うことぐらいしか戰う術もなかった。
 そんな戰い方しかできない自分が、「オタク」的な好奇心のおもむくままに行動してきたそれまでの自分とどう違うのか――それは相田本人にとっても判断が付かない問題であったに違いない。
「戰わねばならない」という焦燥と、にも関わらず己の正しさを最後まで信じ抜くことのできない脆弱さの危うい均衡――そこをアタシに突かれたのだ。あの時、アタシの前から逃げ出さざる得なかったのも無理はなかった。
 なんてこと。
 なんてことだろう。
 この瞬間、アタシはあの時、目の前にいるこの少年をどれほど深く傷つけてしまっていたのかを思い知らされた。それも、たかが自己嫌悪の八つ当たりのためだけに。
 呆然と立ちすくむしかないアタシの前で、相田は吐き出すように言った。
「だけど、このままシンジが還ってこなかったら、オレは、オレは――っ!」
「還ってくるわよ」気休めにもならないと承知で、そう告げるのがやっとだった。
「それにシンジがあんな事になったのは、別にアンタの所為なんかじゃないわ」
 だが、その言葉が届いたのかどうか。いつしか相田は俯いたまま嗚咽していた。それは巨大な罪悪感に圧し潰されそうになって震える、歳相応の、ありふれた少年の姿だった。
 その姿を眺めながら、アタシは思った。
 相田、それがアンタの迷い込んだ森だったのね……。
 やりきれない想いを吐息とともに洩らし、真夏の陽光に白く輝く遠くの街並みに目をやる。
 アタシはジオフロントの地下深く、EVA初号機の機体の中で、今も繰り広げられているであろうひとりの少年の戰いを想った。
 そしてその少年に向けて、アタシは胸で呟いた。
 シンジ、早く還ってきなさい。
 少なくともここには、アンタの存在を必要としている人間がいるのだから……。
 その時、屋上のドアが勢いよく開いた。
「アスカ、ここにいたのね!」
「ヒカリ……?」
 よっぽど慌てて駆けつけたのだろうか。屋上に飛び込んできたヒカリは、肩で息をしながら言った。
ミサトさんからいま職員室に電話があって、碇クンが――!」
 アタシは相田と顔を見合わせた。
 
                                    >>>>to be Continued Next Issue!