積読日記

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野口武彦『幕末伝説』

幕末伝説

幕末伝説

 著者お得意の幕末をテーマにした歴史エッセイ集。
 今週は別にマンガばっかり読んでいたわけではなく、むしろこの本を中心に読んでいました。
 
 この国は元々、識字率が高く、特に徳川300年の文化的成熟を経て辿り着いた幕末は、市井をも含むありとあらゆる場所で起こった出来事が記録された時代だった。この時代の人々は、よほど「記録を残す」ということが好きだったのだとしか思えない。というより、激動の時代の荒波にさられた人々は、書くことによって過酷で不条理な現実を自分達なりに受け留めようとしたのだろう。
 そんなわけで、公史とされる歴史的事実であっても、異なる視座(パースペクティブ)を与える記録や古文書には事欠かない。
 本書は、幕末の京都での尊皇-佐幕のテロの応酬がいっそうの陰惨さをもって深化するきっかけとなった「足利三代木像梟首事件」が、平田国学派に潜り込んだ会津藩潜入工作員の暴走によって引き起こされた構造を解き明かし、その暗闇から作者不明の荒涼としたテロ教理書『英将秘訣』が産まれる様を描いた「足利木像梟首事件」。
 開戦の口実を得るための、露骨な不安定化工作の拠点と化していた三田の薩摩藩邸が、庄内藩を筆頭とした幕府軍の襲撃を受け、やがて江戸市中を捲き込んだ市街戦に発展する顛末を描いた「三田の薩摩屋敷」。
 先日こちらで紹介した『幕末不戦派軍記』に繋がるボンクラ木っ端役人4人組が、鳥羽伏見の戦でドタバタを繰り広げる「幕末不戦派軍記」。
「散兵戦」という、この国ではまったく新しい戦争のスタイルを支えたラッパ手の物語「赤房のラッパ手」など、よくもまぁ、次から次へとこんな資料を見つけてくるものだと感心する一冊。
 
 特に「三田の薩摩屋敷」は、歴史の教科書では一行にも満たない記述でしかなく、あまり発生から終息までの一連の顛末をまとめた史料を目にする機会がなかったので、非常に興味深い。焼き討ち当日の薩摩側の防衛戦の指揮を執っていたのが、後に赤報隊指揮官として味方に処刑された相楽総三だったというのも初耳な話だった。要するに、薩摩側の関東方面での後ろ暗い破壊工作の指揮中枢にいた人物だったのだ。そりゃあ、どさくさ紛れに抹殺もされるわな。
 今やってる大河ドラマの『篤姫』って、僧・月照との入水に失敗してから維新達成までの、大久保利通以上に冷酷非情な現実政治家(プラグマティスト)だった西郷とか、この辺の薩摩の幕末暗黒史みたいなのって、どう料理するつもりなんだろう。つか、無視する気、満々だよね。しかし、予想はしていたが、前半折り返し過ぎたこの時期まで来て、長州の場面がワンカットもないのはどうしてくれよう……。
 
 閑話休題
 さて、本書を含めて野口武彦の一連の著作物は、専門家だけでなく、幕末史好きの人にはもっと読まれてもいいと思う。『幕末不戦派軍記』なんて、ドラマでやってもいいくらいポピュラリティがあると思うけどなぁ。