積読日記

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江畑謙介『軍事とロジスティクス』

軍事とロジスティクス

軍事とロジスティクス

 軍事評論家の江畑謙介が月刊『流通設計21』(輸送経済新聞社)に連載していた記事を元に、最新情勢を反映し、大幅に改訂・増補して500頁近い分厚い書籍として上梓したのが本書。
 タイトルどおり、米軍を始めとする先進諸国が直面する軍事的課題を「兵站(ロジスティクス)」の視点から読み解くことをテーマとしている。
 ……結局、読み終えるのに3ヶ月掛かったorz。
 
 一般的教養として、戦争をやるのに兵站(ロジスティクス)がいかに重要かについては、田中芳樹の『銀英伝』と大井 篤『海上護衛戦 (学研M文庫)』を読んでいただければ、まずは充分。
海上護衛戦 (学研M文庫)

海上護衛戦 (学研M文庫)

 軍オタ的には、WWIIの負けた側──日独の負け戦の戦記もの、特にインパール作戦とかガダルカナルとか、レイテ戦とか、独ソ戦とかロンメルのアフリカ戦記関連の本を10冊くらい集中して読めば、骨身に染みて理解できるだろう。それを読めば、参加将兵の怨み辛みのおよそ8割は、兵站がらみに終始していることが嫌でも読み取れる。
 つか、軍事オタクを名乗るなら、それくらい教養として読んでおくべし。
 軍事というより、もうちょっと歴史的な流れとして兵站(ロジスティクス)の概念を把握したいなら、マーチン・ファン クレフェルトの『補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO)』辺りか。16世紀半ばからWWIIに至るまでの欧州での戦争──ひいては歴史そのものが兵站(ロジスティクス)の事情によって少なからず左右されてきたことが示されている。
補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO)

補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO)

 
 とはいえ、「戦争に兵站(ロジスティクス)が大切」という意識を理解することはそれで良いとして、では具体的に軍隊組織の兵站業務の最前線でどんな業務(タスク)や課題が発生し、どのような組織やシステムで運営されているのかという辺りは、その辺の本を読んでいるだけではあまり見えてこない。
 いや、まぁ、そこから先は、完全に軍人──というより、軍事官僚の専門業務の世界なので、最前線でサインされた補給伝票の伝達経路の研究なんて、そうそう面白いか、というと、ねぇ。
 
 だが、「兵站(ロジスティクス)」の概念は、軍事の世界だけのものではない。
 必要な資材を、必要な場所に、必要な時(オンタイム)に届け、事業全体の物流や機器のメンテナンス、消費財のコストを抑制し、最適化する──それはむしろ、民間企業でこそ熾烈に追求されるテーマでもある。
 つまりこの手の話題は、下手な軍オタなんかよりもむしろ第一線のビジネスマンの方が、切実な課題として日々直面しているだけに、理解が早いかと思われるのだ。
 
 そこで本書の話だが、この本ではRMA軍事革命)と国際軍事協力の深化(それはイコール、小国の軍隊でも海外派兵を求められるということでもある)によって劇的な変化を迎える「兵站(ロジスティクス)」の「現在(いま)」を切り取りった良書──なのだが、概念よりも事実(ファクト)を積み上げる書き方をしているので、だいたい以下のような記述が延々500頁、続くことになる。

 2008年初期現在では、第21戦域支援コマンドを構成するのは、第1輸送移動統制局(Transportation Movement Control Agency:TMCA)、第200資材管理センター(MMC)、第37輸送コマンド(TRNSCOM)、第29支援グループ(Support Group:SG)、欧州一般支援センター(General Support Center-Europe:GSC-E)で、それぞれ各旅団規模組織(エレメント)は、各レベル(規模)でのロジスティクスを行うための専用部隊として組織されている。米陸軍全体では、2007年中期時点で3個TSC、5個ESC、11個維持旅団(Sustainment Brigade:SB)があった。例えば、アフガニスタンには、第76連合統合タスクフォース(Combined Joint Task Force-76)の一部として第10SBが配備され、2006年5月の「マウントテン・スラスト」作戦の支援に当たった(第2章参照)。ESCとして、最初にイラクに派遣されるのは、米陸軍予備役部隊の第316ESCになる(2007年中期現在)。(同書pp85-87)

 ……いや、わざわざ読まなくていいからね。ワンセンテンスにこれくらいの密度で情報を詰め込まれた文章で構成されているというところさえ、理解してもらえればいいので。
 
 そんなわけで、よほどの軍オタでさえ耳にしたことも無いデバイス名だの、システム名だの、部隊・組織名だのという固有名詞が怒涛の如く叩き込まれる恐ろしく歯応えのある文章である。
 それでも何とか頑張って喰らいついてゆくと、やがておぼろげながらに立ち上がってくるのは、欧米諸国で「軍隊」という組織の機能がダイナミックに組み変わろうとしているイメージだ。
 特に米軍や英軍では、「兵站(ロジスティクス)」に関する軍組織が凄まじい勢いで改変され、実戦の洗礼を浴び、更なる改変に挑み続けている。目の前に直面する任務に対応できる組織に変わろうと、必死なのだ。
 ここまでやらねばならないのか、と思う反面、あらゆる組織の在り様の一端が情報処理と交通のテクノロジーに依拠し、その技術が日進月歩で進化する以上、組織もまた変わり続けねばならないことも事実である。情報処理と交通の速度が向上すれば、状況の変化も激しくなる。組織の意思決定をどこで行うべきかの判断も、随時、変動し続ける。
 なべて過剰流動性の時代、という話でもあるが、しかしその一方で所属する構成員(軍人)の意識がどこまでそこについてゆけるのかという問題が残りそうな気がしないでもない。
 例えば本書の終わりの方で、イスラエル軍で実施されたロジスティクス改革が、2007年のレバノン侵攻作戦でうまく機能しなかったために白紙に戻されてしまったという顛末が示される。イスラエルというと、自分など、若い頃に貪るように読んだ落合信彦(笑)の影響で「常在戦場」の国家だと刷り込まれてきたので、いつの間に軍事の分野でこうした保守回帰的なことをやる国家となってしまったのかとちょっと驚いてしまった。これなど、組織改革は不可避であるとしても、なかなか中の人間の感覚の方がついて行けないという好例であるように思われる。
 
 で、翻って我が国の状況なのだが……。
 実は本書ではほとんど言及されていない。
 諸外国と比べて、この辺の分野についての情報公開がろくになされてない──というより、公表できるほどのことを何もやってないんじゃなかろうかと自分は疑っているのだが、どうだろう。
 個別事案では、イラクへの自衛隊の派遣とか、ペルシャ湾への長期の海自補給艦派遣とか、ロジスティクス研究のケーススタディとしてはこれ以上ないイベントに参加している。例の防衛省事務次官汚職事件で自衛隊の調達機構そのものが腐れきっていたことが判明して、抜本的な組織刷新が叫ばれている時節でもある。*1
 本来なら、あるべき「兵站(ロジスティクス)」の姿について、官民上げてもっと盛んな議論がなされていてもおかしくないタイミングなのだが、誰もそんな声を上げようとすらしない。今回の自民党総裁選でも、誰かそれっぽい話に触れた候補者っていましたっけ?
 また「戦争」に負けたいんですかね、この国は。
 考えようによっては、もうとっくに「戦争」は始まってるっていうのに。

*1:石波元防衛大臣が在職中に改革プランをまとめて総理の下に持っていったら、ラジカルすぎて逆に首を切られた、などというまことしやかな話もなくはない。