積読日記

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義忠『棺のクロエ』第2回

 
 チャムがクロエを引き留めたのは、勿論、唐突に親切心に目覚めたからではない。
 叔父の骨折によって致命的に不足する男手を埋め合わせるためである。
 大袈裟な話をしているのではない。叔父夫婦には息子がひとりいたが、三年前に家を飛び出してそれっきり。以来、体調を崩して伏せがちな叔母をこの炎天下に引っ張り出すわけにはいかないし、チャムの弟と妹はそれぞれまだ一〇歳と八歳でこれもさすがに戦力対象外。村の若い衆に声を掛けたくとも、仕事を頼めそうな年頃の男達はとっくに村に見切りをつけて出て行ってしまっている。後はいずこも似たり寄ったりの事情で、詰まるところこの村に余剰の労働力など存在しないのだ──この氏素性の知れない機人の少年を除いては。
 それに村長からの依頼で引き受けた、村外れの荒れ地に転がる遺棄兵器の解体作業がある。地下水脈の流れが変わってしまったため、次の雨季までにこの荒れ地を貫いて導水路を掘り上げなければ、村にわずかに残った耕作地が使いものにならなくなる。
 と言って、不発弾どころかブービートラップさえ残っていかねない遺棄兵器の回収を、おいそれと素人にやらせるわけにはいかない。実際、プロであるチャムの両親も、回収作業中の爆発事故で死んだのだ。
 その点、対機人拳銃を瞬く間に無力化したクロエの手際の良さを見る限り、武器を取り扱うことに慣れていそうで、仕事を任せても大丈夫そうだった。
 そんなわけで、押し付けがましく一宿一飯の恩義──飯はまだ喰わせていなかったが──を持ち出して、叔父の怪我が治るまでクロエに仕事を手伝うよう命じたのだ。
「…………」
 むっつりと黙って話を聞いていたクロエだったが、別に反論ひとつするでもなく、翌朝、朝食を終えると帽子とコートを手に取って何も言わずにトラックの荷台に自分から乗り込んだ。
 自分でもそれなりに悪いことしたと反省でもしてるのかしら……。
 そうだ、と本人が素直に自分から口にしそうもないことをつらつら考えても始まらない。現場に着いたら遠慮なくこき使うことにして、事実、その通りにした。
 あれをやれ、これをやれと矢継ぎ早に出されるチャムの支持に、クロエは恨みがましい愚痴をこぼすでもなく、黙々と従った。普通の人間ならとても持てそうにない装甲片を軽々担ぎ、不発弾の信管をそっと抜いて弾薬と弾体を分離する。アームフックと自分を直結し、チャムや叔父が手動で操作したのではとてもあり得ないような繊細な作業をこなす。はてはチャムでさえ見落としかけたブービートラップを、器用に解除することさえやってのけた。
 まさに八面六臂の大活躍で、実際、叔父とふたりでこなしていた時の数日分の作業が一日で片付きそうな勢いだった。
 とは言うものの、それでクロエの仏頂面に「労働への感謝」などという表情が浮かぶでもなく、「これも人生」と丸ごと状況を受け入れて淡々と仕事をこなしているといった風情だった。
 いっそ音ぐらい上げてくれれば、まだ可愛げもあるのに……。
 その内、何だかこっちの方が悪いことをしている気分になってくる。叔父さんのお人好しが伝染ったのかしら。
 耐え切れなくなって、作業をしながらあれこれ話しかけてみたものの、クロエは作業に必要なこと以外、一切口を開こうとはしなかった。
 特に「どこから来たの?」とか「この後、どこに向かうつもり?」といったたぐい類の質問は無視。勿論、棺(ひつぎ)の中身や「どこの生まれ?」といった個人のプロフィール的な話題になると、質問自体、頭から聞いてなかったようにきれいにスルーされた。
 ……こ、この野郎〜っ。
 まぁ、これだけ無視されても、なおも懲りずに質問を繰り返す自分も、随分な負けず嫌いだと思わないでもなかったのだけれど。
 
「クロエ見なかった?」
 訊ねるチャムに、リビングのテーブルで妹の勉強を見ていた弟が元気よく答えた。
「ガレージの方に行くって言ってたよ!」「言ってた!」
 弟の台詞を、舌っ足らずな口調が追いかける。
 クロエがこの家に転がり込んでから、何だかんだと数日が経っていた。
 その間、クロエは相変わらずの仏頂面なのだが、どうも弟や妹達からはあっさり懐かれているようだった。
 まぁ、子供はああいう見てくれが面白いのが好きだからなぁ……。
 本人に聞かせるには極めて失礼千万なことを考えつつ、ガレージへと足を向ける。
 今日は叔父夫婦が叔母の定期健診で隣村の病院まで通うのにトラックを使うため、現場での作業はお休み。どの道、この数日で回収した部品や機材の整備をしなくてはならないので、終日、敷地内での作業を行うことになった。
 それはそれでやらねばならない仕事が山積みで、さっそくこき使ってやろうと思ったら、いない。それであちこち覗いて探して廻っている、という次第だった。
 ガレージの前まで着くと、シャッターが子供の背丈分ほど開いている。
 砂が入るから、あれほど開けたらすぐ締めろと言ったのに!
 本気で一発ぶん殴ってやろうか、という気分で身を屈めてシャッターの中を覗くと、クロエが棺(ひつぎ)に取り付いて何やらいじっている。
 と、棺(ひつぎ)の下の辺りの蓋が開き、クロエはそこから箱のようなものを引っ張り出した。
 それを持って、あらかじめ床に広げられたシートの上に置く。そしてそこに自分も腰を下ろし、箱の蓋を開いて工具のような物を取り出すと順番に並べてゆく。
 ひととおり作業の準備が終わったのか、今度は自分の右腕を引き抜いた。
 そこまで見届けて、クロエが自分の身体の整備をしようとしていることに気づいた。
「う〜ん……」
 何だろう。足と左手だけで、器用に自分の右腕の分解整備を始めるクロエの姿を見ていると、胸の奥がなんだかもやもやしてくる。
「あー、もう、面倒くさい奴!」
 そのままガレージの中に入ると、クロエの前まできて腰を下ろす。
「…………?」
 怪訝な表情で見上げるクロエの手から、右腕をひったくる。
「おい」
「片手でやるより、ちゃんと腕が二本ある人間がやった方がましでしょ」
「…………」
「ったく、目の前にちゃんとしたプロの整備士がいるってのに、そいつに任せないだなんて、どんだけ他人を信用してないんだっつーの。ムカつく。あー、もー、本当、ムカつく──そこのブラシ、貸して」
「あ、ああ……」
 あっけに取られた様子で、クロエが機械清掃用のブラシをチャムに渡す。もっとも、気恥ずかしくて顔を上げられないので、クロエがどんな顔をしているのかチャムには良く判らない。
 うう、何をやってるんだ、あたしは……。
 それでも手際よくブラシで部品の隙間に紛れ込んだ砂粒を掻き出してゆく。
 お互いに何を話すでもなく、チャムは右腕の清掃を行い、クロエもそれを黙って見ている。
 気まずい。すごく気まずい。
 何か話した方がいいのだろうが、何を話せというのか。大概のことは、とっくに質問済みですべて無視されている。ここでまた無視されたらよけい気まずくなるではないか。
 つか、そもそもこの状況をこいつは「気まずい」と感じているのだろうか。思ってたら、何か自分で話題くらい振ってくるわよね。それさえないと言うことは、本当に何とも思っていないのか。
 ってか、何で「こいつが何を考えているのか?」なんてことをあたしが考えなくちゃならないのか。
 あ、だんだんムカついてきた。
 落ち着こう。いいから落ち着こう。何もこいつと喧嘩がしたくて、こんなことをしているわけではないのだ。
 ……というか、そもそも何であたしはこんなところでこんなことを──
 自分でも何が何だかよく判らなくなってきた。
 ちらりとクロエの方に目をやる。こっちも何を考えているのか、むっつりと自分の右腕にブラシを掛けるチャムの手の動きをじっと見つめている。
 そのかお貌だけを見る限り、歳は一六〜七歳といったところか。背丈がアレなので勝手に歳下扱いしてきたが、自分とさほど歳は違わなさそうだ。
 ただ、それで機人というのが良く判らない。
 その歳で戦時中に機人化されていたとしたら、チャムの弟とさほど変わらない歳で機人化していることになる。しかし、成長期の子供を機人化すると、肉体部分が成長して機械部分をその都度造り直さなくてはならなくなる。そうした理由から、終戦間際の切羽詰った状況でも行われなかったと聞く。
 あるいは戦後になって、病気か怪我が原因で機人化したということなのかもしれないが、機人化なんてそうおいそれと民間で手が出せるものではない。この腕一本だって、べらぼうな費用が掛かっているはずだ。
 それが何でまた、こんな田舎の街道で野垂れ死にしかけてたのか……?
 訊いても答えてくれなさそうだしなぁ、と攻めあぐね……ふと気づく。
 そういえば、自分の方だって、何も話してないや、と。
 
「……この辺りはね、戦争が激しくなって割と早い時期に戦場になってたから、あたしも弟達も疎開先で生まれたの」
「……何の話だ?」
「間が持たないから、身の上話をしてるだけ。聞く気ないならそこで寝てなさい。勝手に話すから」
「…………」
 その勝手な言い草にクロエはわずかに眉をしかめたものの、特に面と向かって拒絶するでもなかったので、チャムは先を続けることにした。
「弟達は小さかったから覚えてないだろうけど、あたしは疎開先でこの村がいかに素敵なところかって両親から聞かされて、辿りついたらこんな有様。元の疎開先に戻りたいって、わんわん泣いて父さんや母さんを困らせたものよ。そこも大概、貧乏な村だったけど、ここよりはずっとましだったもの。
 でもまぁ、どっちかっていうと疎開先から追い出されてここに戻る羽目になったみたいだから、子供が泣いたくらいでどうなるものでもなかったんだけど」
 チャムはブラシを小さな物に持ち替え、指の微細な機構の隙間に詰まった砂を取り除きにかかる。
「父さんと叔父さん、それと叔父さんの息子が疎開先と軍隊で機械整備の資格を取ってて、どこかからトラックも都合できたっていうんでこの商売を始めたの。
 最初の内は復興特需で順調だったみたいだけど、その内、どんどんお上の仕事が先細りし始めて。機族の連中もうろつくようになって状態のいい車輌とか遺棄兵器とか勝手に持ち出すようになるし、昨日まであんたにも手伝ってもらってたようないろいろヤバげな状態のものにまで手を出さなくちゃならなくなってね。
 終戦の次の次の年だったかな。父さんと母さんが不発弾の処理に失敗して、あたしの目の前でドカン。叔父さんの息子はそれをきっかけに家出。叔母さんは寝込んじゃうし、弟も妹もまだ小さいしで、しょうがないから、あたしも叔父さんの手伝いをするようになったの」
 そこまで話して、チャムはいつのまにかブラシを持つ手の動きを止めていたことに気づいた。
 何故だろう。辺境ではどこにでも転がっているような、ありふれた話でしかないのに、いつもそう言い聞かせてきているのに、いざ実際に自分の口から吐き出してみると、胸に重苦しい何かがつかえている自分に気づいた。
「……で?」
「……聞いてたの?」
「聞かせたかったんじゃないのか?」
 訊ねるクロエに今の自分の表情を見せる気になれず、手元の作業に視線を落とす。
「別に。言ったでしょ、間がもたなかったって。それに身の上話っていったって、そんなものよ。別に珍しくもない。この辺じゃ、よくある話」
 言ってから、自分の中にあるもうひとつの感情に気づく。
「でも、そうね。あたしはやっぱりこの村が嫌い。この村に来て、いいことなんて何にもなかったもの。
 だけど、弟や妹や、叔父さんや叔母さん達を置いて、この村を出れない自分も知ってる。そんな勇気はないのよ。いろんなものを断ち切って、振り返らずに出てゆくなんて、あたしには無理。
 だから、ひとりで旅をしているあんたのことが、ちょっと羨ましいのかもね」
 苦笑を浮かべつつ、チャムは自分でも思いもよらないところまで気持ちを吐き出していたことを後悔していた。本当は、こんなことまで口にするつもりはなかったのに。
 こんなすぐにいなくなるような氏素性の知れない旅人の、それも無愛想極まりないこの機人の少年に、自分は何を期待していたというのか。
 胸の中で沸き起こる自分自身への嫌悪感にかすかに表情を曇らせるチャムへ、クロエは一言だけ、
「そうか」
 とだけ答え、口を閉じた。
 再び沈黙が戻ってくる。
 だが、その沈黙には、何かが受け留められたような柔らかさがあった。
 まぁ、今はこれならそう悪くもないか、と胸で呟き、チャムはその沈黙に素直に身を委ねることにした。
 
 やがて右腕のブラシ掛けもひととおり終了する。
 だが、整備士としての本能がなおいっそうの分解整備の必要を囁いていた。大砂漠から飛んでくる砂粒の粒子は細かく、ねじ止めされたパネルの下にも容易に紛れ込む。クロエが工具類を出していたのも、徹底した分解清掃の必要を考えてのことだろう。
 さてどうばらすか、と改めて右腕の全体を見直し、そこでふとこの右腕の放つ異様な気配に気づいた。
 何だろう、と一瞬迷い、すぐに答えに気づいた。上腕部にあるアクセスパネルを固定するネジの規格が、標準品とは微妙に異なっている。いや、ネジだけではない。腕全体の設計構造自体、これまでチャムの見たことのない代物だった。
 それでいて、既存の〈帝国〉の機械類の延長線上にあるような「匂い」を感じもする。だがそれは、機械技術の進化の過程を一歩づつ登っていったというより、何かいきなり何段階か跳躍しているかのような印象があった──それも、とてつもなく邪悪なやり方で。
「……これは、何?」
「知らなくていい」
 クロエは静かに告げた。
「中原(ハートランド)の最新技術──ってだけじゃないわね。だいたい、内臓まで機械化した機人なんて、噂でだって聞いたことないもの。それに現場で重い物を持たせたときの、重量トルクの流し方だって……」
「おまえは、知らなくていい!」
 クロエは自分の右腕を掴み、激しく咆える。
 初めて叩きつけられたクロエの激情に、チャムは思わずその手を離す。
 と同時に、まっすぐに覗き込むクロエのその両目もまた人間そっくりの──だが、まぎれもなく機械で出来た瞳であることに気づく。
 こんな田舎のしがない整備士とはいえ技術者の端くれであるチャムには、それが技術進化の文脈(コンテクスト)を無視した、次元の違う世界の産物であることが判った。
 そして……あの棺(ひつぎ)。
 ついさっきまでただの大きな邪魔くさい箱でしかなかったあの棺(ひつぎ)が、急にひどく禍々しい存在に思えてきた。
「おい」
 クロエが声を掛ける。思わず振り向いたそこで、ひどく傷ついた表情の少年に出会い──それが、自分が隠しきれなかった怯えによるものだと、即座に気付かされた。
「……ご、ごめん……」
「いや、いい。気にするな」
 短く告げ、右腕を肩に嵌め込む。
 たまりかねて、チャムが声を掛けようとしたとき、戸外から近づくエンジン音に気付いた。
「叔父さん達かしら……?」
 それにしては戻るのが早かったし、エンジン音も軽い──気筒数の少ないバイクのエンジン音がひとつ。
「お客さんでも来たのかしら……」
 言いながら腰を上げるチャムの横で、クロエは慌ただしく工具類を片づけ始めていた。明らかに警戒心を剥き出しにしている。
 それをまるで、人に慣れない猫みたいだと思いながら、チャムはガレージを後にした。
 
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