積読日記

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義忠『棺のクロエ2 超高度漂流』第11回

11

〈アリーズ〉から離れてほどなく、無線標識(ビーコン)の指し示す方角へしばらく飛ぶと、やがて暗灰色の飛行艦が見えてきた──〈大聖堂(カテドラル)〉執行機関の空中駆逐艦(デストロイヤー)だ。正面投影面積の小さな単胴型の気嚢部。軍用の分厚い高張鋼板に覆われた鋭角的なフォルムで、艦体各所にハリネズミのように対空銃座が設けられている。
 と、対空火器が一斉に火を噴き始めた。アイスキャンディーのような輝きの尾を曳いて、曳光弾が無数に襲い掛かってくる。
 クロエは機体を激しく振り廻してそれを避けつつ、瞳の光彩を朱く輝かせて、駆逐艦(デストロイヤー)の通信回線から射撃管制システム、無線誘導システム(トランスポンダ)に至るまで、ありとあらゆる手段を用いて電子的制圧を試みる。
 だが、敵も「棺(ひつぎ)」の能力を知っているためか、なかなか隙を見出だせない。
 焦るクロエのそばで砲弾が炸裂した。襲い掛かる鋼鉄の暴風を少なからず浴びながら、それでも速度は落とさない。近づくにつれて炸裂する砲弾の数が加速度的に増えてゆく。砲弾の破片が激しく機体を叩き、ドラムのような激しい打撃音が鳴り響く。
「………………っ!」
 瞳の輝きをさらに強め、敵艦の発するあらゆる電磁波、信号波の解析と電子戦攻撃を加速させる。
 突破口は……どこ!?
 その時、ゴンドラ下部に配置された動力銃座のひとつが、悲鳴のような信号波(シグニチャー)を発して発砲を停止した。機関部が焼き付いて、排莢不能に陥ったのだ。
 それによって生じた射界の死角に、すかさず機体を割り込ませる。
 減速は一切せずにその死角に沿って突っ込み、駆逐艦(デストロイヤー)のゴンドラの真下を潜り抜ける。
 一瞬でそこを通過したクロエ機が、不意にバランスを崩した。
 そこを捉えて動力銃座の砲火が集中──瞬く間に機体を穴だらけにされたクロエ機はすぐに火だるまになり、あっという間に爆散した。
 
 夜空に閃いて散った装甲ジャイロを見下ろしながら、クロエは安堵の吐息をついた。
〈アリーズ〉の展望ホールで襲ってきた機人兵から奪ったワイヤーを使い、駆逐艦(デストロイヤー)のゴンドラから伸びるアンテナにぶら下がっている。装甲ジャイロがゴンドラの下を通過したその一瞬の隙をついて、このアンテナにワイヤーを引っ掛けたのだ。
 クロエはそのワイヤーを器用によじ登ってアンテナに取り付き、そのままアンテナ伝たいにゴンドラの艦殼に張り付く。フリークライミングよろしく、握力と柔軟な全身を駆使して、ほんの僅かな艦殼の突起物を頼りに移動する。
 やがて艦外出入用の分厚い気密ハッチを見つけ、あっさりと電子ロックを解除して艦内に侵入した。
 ハッチをくぐり抜け、艦内通路に降り立ったクロエを、けたたましい艦内ブザーが出迎える。
『C24ハッチに外部から侵入者! 繰り返す、C24ハッチに外部から侵入者!
 総員、武装して迎撃せよ!』
「………………」
 歪(ひず)んだ声でがなりたてる艦内放送のスピーカーに続いて、軍用ブーツの固い靴底で金属製の床を蹴る音がまとまって近づいてくる。艦内に残った乗員達で編成された急拵えの陸戦隊だろう。無論、今のクロエにかなう相手ではなく、つまりこれから始まるのは一方的な虐殺に過ぎないということだった。
 クロエは深く息を吸い、瞳を閉じた。
 どこか痛みに耐えるように眉を顰め、大きく息を吐く。
 そして駆け付けた陸戦隊の兵士達は、そのわずかな残りの人生の間に、朱い瞳を輝かせた黒髪の鬼神が修羅と化すその様を目の当たりにすることとなる。
 
 艦橋(ブリッジ)の金属製のドアが叩き割られ、内側へと吹き飛んだ。
 全身を赤黒い返り血で染め上げたクロエが、幽鬼のようにゆっくりと足を踏み入れる。
「ようこそ、クロエ女史」
 艦橋(ブリッジ)にはただ一人、白いスーツ姿の青年が立っていた。
「お久しぶりです──また派手にやったみたいですね。まったく、貴女はどこへ行っても滅茶苦茶だな」
 いかにも育ちの良さ気な細身の青年で、すっきりとした貌(かお)立ちに険のない朗らかな表情を浮かべて苦笑している。
 クロエはその貌(かお)を睨みつつ、訊ねた。
「ロアン・ロイ……あんたなの?」
「ええ、どこかの誰かがいきなり仕事を放り出して逃げ出すものだから、無理矢理、理事を押し付けられまして。それで最初の仕事がこれですよ。まぁ、貴女が逃げ出したくなった気持ちも、判らないじゃありませんがね。最年少の理事なんて、ご老人方の体の良い、使い走りだ」
「……あたしは、あの男を殺しに行くのよ。〈大聖堂(カテドラル)〉に楯つこうってわけじゃない」
「どの口が言いますかね」ロアン・ロイはさすがに表情を顰めた。
「そもそもの事の起こりは、貴女があの男の正体を見抜けずに入れ込んで、まんまと『棺(ひつぎ)』を奪われたことから始まってるわけじゃないですか。
 それで今度は、そんな身体になってまで、昔の男の下に馳せ参じようだなんて、どんだけダメな女だって話ですよね。一回殺されかかっても、まだ惚れてるんですか?」
「そんなんじゃないわ」
「そう思ってるのは、貴女だけですよ。一度、客観的にご自分の振る舞いをよくご覧になった方がいい──まぁ、そういう忠告を素直に聞いてくれる女性(ひと)じゃないってのは、よく存じてますけどね。これでも貴女の部下だったわけですから」
「あたしも、あんたがいつも一言余計な口をきく部下だったってことをようやく思い出してきているところよ」
「それはまた、汗顏の至りって奴ですね」
 とぼけた口調で答え、にっこりと笑う。
「ロアン……」そんなロアン・ロイの姿を冷ややかに眺めながら、クロエはストレートに訊いた。
「あんた、何しにきたの?」
「勿論」ロアン・ロイはいっそ爽やか笑顔で答えた。
「貴女を殺しに来ました──死んでください」
「イヤよ」クロエはきっぱりと拒絶した。
「じゃあ、その『棺(ひつぎ)』を返してください」
「それも、イヤ」
 ロアン・ロイはこれみよがしに深々と溜息を付いて見せた。
「もう、自分勝手な事ばかり言わないでくださいよ。というか、あなたの身体は、もはや組織の貴重な『資産(アセット)』だって自覚、ないでしょ?」
「別に望んでこんな身体になったわけじゃないわ」
「私が申請して、評議会に認めさせたからですよね」
 あっさりとロアン・ロイは言い放った。
「だって、貴女のような経験豊富な〈伝道師(プリーチャー)〉に、あのままおとなしく死なれても困りますから。実際、その後も理事にまで昇進して、辣腕を奮われてたじゃないですか。これでも上司として尊敬していたんですよ。
 ……まぁ、相変わらず貴女の無茶の後始末ばかり押し付けられるのには、閉口してましたけど」
「何が言いたいの、あんた?」
「貴女のやることなすこと、無茶苦茶だって話です」ロアン・ロイは頷きながら言った。
「だってそうじゃないですか。『棺(ひつぎ)』をあの男に奪われたことの件はさっきも言いましたけど、それであの男を殺したいってだけなら、わざわざ組織を抜ける必要はないわけでしょ。どうせ彼の造っている組織とは、〈大聖堂(カテドラル)〉はいずれ決着をつけざるえないわけですし、それこそ、その陣頭指揮を貴女が執(と)ればいいわけじゃないですか。
 評議会のご老人方の制止も、あくまで『時期尚早』って話なだけなのは、貴女もよくご存知なはずですよね。
 判らないなぁ。本当に今度ばかりは、貴女の考えてることがよく判りませんよ」
「ロアン・ロイ……」クロエは、露骨に吐き気を催したかのように貌(かお)を歪めた。
「あんた、判ってないわ──いや、判ってるくせにとぼけるのはやめなさい」
「何の話です?」
「あんたが老人どもの命令で、あたしの部隊を使ってしでかしたことを、あたしが気付いてないとでも思ってるの?」
「あれ、ばれてました?」
 ロアン・ロイは、悪びれた様子もなく破顔した。
「でも、あの時にはもう僕の部隊だったんですから、貴女にいちいちお伺いする必要はありませんよね?
 それに、ひとつ誤解がありますよ。あの作戦はご老人方から命じられたんじゃありません。作戦の発起段階から僕が企画を立てて、評議会の承認を経て、僕が指揮して最後まで完璧に作戦通りに遂行しきったんですよ──あの街を地上から消し去るに至るまでね」
 不意にロアン・ロイの笑顔に、うっすらとした酷薄な翳(かげ)がさす。
「貴女はずっと僕の憧れの上司でした。技術(テクノロジー)への深い理解と知性、〈伝道師(プリーチャー)〉としての豊かな経験、組織人としての鋭い洞察力と深い思慮、何よりも果断で素早い決断力と行動力──貴女は僕にとって組織人として鑑(かがみ)でした。
 だけど、唯一にして、致命的だったのは、あの男への情に溺れたことだ。それが、貴女をくだらない、その辺のどこにでもいる『女』にしてしまった。本当に、本当に、最悪だ!
 だから、僕がせっかく機械の身体にしてあげたのに、それでやることがあの男の下へ走ることですか? 信じられません。本当に無茶苦茶な女(ひと)だな、貴女は!」
「ロアン・ロイ……」徐々に感情を顕(あらわ)にしはじめたかつての部下に、クロエは冷ややかに告げた。
「あたしはあんたのママじゃないわ」
「当たり前だ!」不意に激しく声を荒げた。
「お前みたいな女と──っ!?」
 言いかけ、口をつぐむ。それから、いまいましげに睨むと、ロアン・ロイは小さく息を吐いて提案した。
「無駄を承知でお伺いしますが、戻られるつもりはありませんか?」
「ないわ」クロエは即答した。
「あたしはね、あの男を殺したいってだけじゃない。あんたも、あんたみたいな毒虫を好きなように這い廻らせる組織にもうんざりなのよ」
「……毒虫、ですか……」
 ロアン・ロイの口許がいびつに歪む。
「ロアン・ロイ、こちらからもひとつ訊くわ。
 なぜ、こんなやり方で〈アリーズ〉を襲ったの? あたしと『棺(ひつぎ)』を取り戻すだけなら、こんな派手なやり方じゃなくてもよかった。一般市民を捲き込まず、部隊の損害も最小限に留めようと思えばやれたはずよ」
「ああ、それは勿論、万が一、確実な抹殺に失敗したとしても、この高度で放り出せば、いくら頑丈な貴女の身体でもさすがに持たないでしょう。
 それに──」
 ロアン・ロイは目を細め、薄く嗤った。
「貴女が一番嫌がるやり方ですから」
 その貌(かお)へ、クロエはいきなり殴りかかった。
 クロエの拳はロアン・ロイの貌(かお)をすり抜け、背後の壁面に埋め込まれた装置を正面のレンズごとぶち抜いて叩き壊す。
 ロアン・ロイの姿が掻き消すように消失した。
 次の瞬間、艦全体を叩きつけるような衝撃が襲った。
 
 待機高度350万の静止軌道上から、この作戦に参加するために攻撃可能高度の上空150万まで降下してきていた〈大聖堂(カテドラル)〉の対地攻撃衛星は、内蔵する核融合炉から引き出した〈帝国〉の大都市数十個分に達する莫大なエネルギーをビーム発振機(ジェネレイター)に注ぎ込み、荷電粒子の光の槍を大気の底にめがけて撃ち下ろした。
 放たれた荷電粒子ビームは、駆逐艦(デストロイヤー)の艦体気嚢部分の中心軸を走る竜骨の真中を正確に撃ち抜く。高速(ジェット)気流に乗って高速に移動する駆逐艦(デストロイヤー)の位置を、軌道上から正確に捕捉するだけでも想像を絶する驚異的な射撃管制能力だったが、撃ち抜かれたその場所も、艦体構造上、すべての力学的テンションが収束する結節点だった。
 破損した子気嚢(セル)の数々から大量の浮力ガスが漏出して、急速に高度を落とし始める。
 同時に艦体そのものが内側に向かって雪崩を打って崩れ始める。艦を形成する構造材そのものが鋭利な凶器と化して、艦体をずたずたに引き裂き始めた。
 
『攻撃衛星(サテライト)』
 立体映像(ホログラフィー)の消えた艦橋(ブリッジ)に、ロアン・ロイの冷たい嗤(え)みを含んだ声が流れる。
『来るべきあの男との戦いに備え、使える物は何でも使っていい、と、ご老人方からお許しを得てますので。ちょっと試しに使ってみました』
「ロアン・ロイ!」
 クロエが瞳を朱く輝かせる──が、不意に痛みを感じたように顔を顰めた。
『無駄ですよ。この回線は「原器(マスターピース)」の通信衛星を介してます。貴女と「棺(ひつぎ)」の能力をもってしても、簡単には突破できません』
 艦橋(ブリッジ)の床が傾き始める。艦体の上げる悲鳴のような軋み音が、あちこちから聴こえてくる。
『貴女がこれくらいでくたばるとは思ってませんけどね。まぁ、今夜のところはこの辺で。
 では、いずれまたお会いしましょう、クロエ女史』
 回線が切れる気配に、クロエは舌打ちする。
 だが、今はそれどころではない。一刻も早くこの艦から脱出しなければ。
 しかし、どうやって?

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