積読日記

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義忠『棺のクロエ2 超高度漂流』第12回

12

 気密ハッチを蹴破って艦外に顔を突き出したクロエは、氷点下の暴風に目を細めつつ、艦の状況を素早く確認する。
 機体の空力特性で浮かんでいる飛行機と違い、飛行船の場合、浮力が残っている限り「墜落」はない。浮力ガスの漏出は進んでいるが、いきなり墜落するような事態にはならないだろう。だが、破損した構造材を大量に撒き散らしながら進む艦体の方は、すべての浮力ガスを失って地上に堕ちるより先に持たなくなる。
 視線を周囲に転じる。青白い月光を孕んだ闇は深く、どこにも逃げ場はなさそうだ。
 クロエは視界を熱分布画像(サーモグラフィー)モードに切り替えた。
 眼下に遠く、小さな熱源が見える──〈アリーズ〉!
「少佐!」
 
『──少佐! 出なさい、少佐!』
〈アリーズ〉船内で〈大聖堂(カテドラル)〉の兵士たちに向けて自動小銃をぶっ放していた少佐は、偉そうにがなり立てる腰の無線機を手に取った。クロエに持たされた〈大聖堂(カテドラル)〉の無線機だ。
 少佐は苦い表情で送信ボタン(プレストーク・スウィッチ)を押して応えた。
「何か用か?」
『そっちの状況はどうなってるの?』
「予定通り浮力調整室は押さえた。既に高度は下げ始めている。ただ、ここを奪還しようと敵が押し寄せてきてるんで、そいつを今、船内で募った乗客たちと防戦して──」
『そこから〈アリーズ〉の操舵は可能?』
 こちらの説明を途中で断ち切られた少佐は不快気に眉を顰めつつ、浮力調整室の室内で機材を操作している軍曹に話を振った。
「多少は。ただ推進機を潰されてますから、あくまで操舵だけです。視界も効きませんから、計器操舵に限られます」
「──だ、そうだが?」
『充分よ。これからあたしの言うとおりに操舵してちょうだい』
「お前、それ以前に今どこにいるんだ?」
『その内、気が向いたら話すわ』
「……手前ぇ……」
『いいから、さっさと言う通りになさい!』
 
 気密ハッチから身を乗り出したクロエは、そのまま頭から夜空に飛び込んだ。
 頭部を下にそのまま自由落下──その姿勢で、数百の高度を一気に降下すると、そこからは手足を広げ、空気抵抗で落下速度と方角を調整する。
 ちっぽけだった〈アリーズ〉の姿が、ぐんぐん大きくなってゆく。
 超高度の凍てついた大気を引き裂いて、クロエの身体は落下してゆく。
 やがて2,000を越す高度を降下し、狙い通り〈アリーズ〉の天井に落着──派手な衝突音とともに、気嚢部天井外壁の高張鋼板に身体を埋(うず)めてクロエは落下を終えた。
「………………」
〈アリーズ〉の天井に大の字になってその身を埋めたまま、クロエは天を仰いだ。
 降るような満天の星々が、揺らぐ大気越しにきらめいて輝く。駆逐艦(デストロイヤー)からは距離的にずいぶんと離れてしまったこともあり、もうここからは見ることはできない。あるいはもう空中分解してしまったか。
 クロエはそのまま瞳を閉じ、深く息をつくと、眠るように〈アリーズ〉にその身をゆだねた。
 
                               >>>>to be Continued Next Issue!