積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 花嫁強奪』第2回

 
『──もう一度、先ほどのニュースを繰り返します。
 先ほど午前11時過ぎ、〈王都〉の大聖堂にて開催されようとしておりましたフェリア王女殿下とエラン・マキナス氏の婚礼会場を何者かが襲撃し、新郎新婦のおふたりを殺害して逃走しました。
 また国王陛下、皇后陛下、皇太子殿下を始めとした王族の皆様方を始めとした列席者は、会場を警護する親衛隊によって保護され、全員、無事に現地に留まっているとのことです。
 これを受けて首都民警本部と親衛隊本営は、共同で〈王都〉全域の戒厳令の布告を宣言。市民の一時外出禁止を宣言しました。
 市民の皆様は無用の外出を避け、外出禁止令が解除されるまでくれぐれもご自宅から出ないように──』
「おやおや、死んだことにされてますよ、貴女」
「………………」
「それと、よく聞くといろいろおかしな放送ですね。お国では、戒厳令って、首相や国王以外でも勝手に布告していいんですか?」
「……少し黙っててくれませんか」
 フェリアは助手席から、運転席でステアリングを握る眼鏡の男を睨みつけた。
 つい先ほどまで儀仗兵姿で軍刀(サーベル)をぶら下げていた男は、洒落た高級スーツ姿に着替え、何事もなかったかのような表情でスポーツカーの運転席に納まっている。ポマードできれいに撫でつけた総髪頭(オールバック)に細身の眼鏡──それが度の入ってない伊達眼鏡であることに気付いたのは、車に乗せられてからだ──とが相俟って、ぱっと見、売り出し中の新興財閥の青年実業家といった風情の格好だった。
 一方のフェリアもウェディングドレスから、スポーティーなパンツルックに着替えさせられている。大聖堂内の別室に連れ込まれ、これに着替えるように押しつけられたのだ。付け毛(ウィッグ)やアクセサリーの類(たぐい)はその場で捨てさせられた。さすがにメイクを落とす暇はなく、代わりに大きめの鳥打帽(キャスケット)とサングラスを渡された。これで誤魔化せ、ということらしい。
 いやらしいことにサイズも趣味もぴったりだったが、文句を言う間も与えられなかった。そのまま事件発覚で騒然となる大聖堂をぬけぬけと正面入口から出て、VIP用駐車場に停めてあったこの〈王国〉製高級スポーツカーに乗り込むと、駐車場を封鎖していた親衛隊兵士を親衛隊長コープ少将の署名の入った命令書──どうせ、偽物に違いないのだが──と舌先三寸で丸めこんで突破。事態に気付いて慌てて集まってきた兵士達が発砲するのを尻目に、フェリアを連れてあっさりと現場からの離脱に成功してしまった。
 まるで魔術師のような──というより、質(たち)の悪い詐欺師のような鮮やかな手際だった。
 その後、こうして郊外へと繋がる幹線道路上をアクセルべた踏みで疾走しているという次第なのだった。
 結局、この男は何者なのか。
〈帝国〉軍人で、自分を救いに来たと口にしていたような気もするが、警備兵達の屍体を見て以来、思考停止状態で言われるままにここまで来てしまった。
 いや、もしかして──と言うか、かなりの確率で、自分はただ単にこの男に誘拐されただけなのでは……?
 轟々と音を立てて血の気が引いてゆくフェリアの横で、男は何が面白いのか口許を緩ませて言った。
「いや、失礼。とりあえずこの分だとラジオ局は押さえられたようですね。さっきからどの局でも同じ内容だ」
「……クーデター……?」
 男が頷く──いや、そんなに軽々しく頷かれても困るのだが。
「誰が、何で──いいえ、それより貴方、何者なの?」
「……さっき説明しませんでしたか?」
「聞いてません」
 即答する。聞いたかもしれないが、それどころではなかったので記憶にはまったく残っていない。従って、フェリアとしてはウソは言っていない。
 男は苦笑し、改めて自己紹介を始めた。
「私は〈帝国〉陸軍のヒュー・タム少佐です」
「〈帝国〉のスパイ?」
「一応、正式に武官としての届けは出してありますが」
「判るわけないでしょ。〈帝国(おたく)〉の大使館には一、〇〇〇人以上勤めてるのよ」
「まぁ、どうせ大使館にはろくに顔を出してませんから」
 ……そこはかとなく、物言いが勘に障るのは何故だろう?
「それで、〈帝国〉の軍人が何で私を誘拐するんですか?」
「誘拐じゃない、という話も二度目ですけどね」
「聞いてません」
 再度、即答する。
「なるほど」少佐は肩をすくめて頷いた。
「ならば改めてご説明します。
 私達〈帝国〉の情報網(アンテナ)が、結婚式典会場での貴女の殺害と、参列客の拘束、それと並行して〈王都〉に戒厳令を布告して国権を簒奪せんとする勢力の存在を察知しました」
「……誰が、そんなことを──?」
 蒼褪めた表情で訊ねるフェリアに、少佐はあっさりと首謀者の名を口にした。
「王室親衛隊長クタル・コープ少将」
「バカな──っ!?」
「後は、内務省国境警備隊の一部──軍は〈帝国〉留学組に枢要を押さえられてますから、避けたようですね」
「何で、そんなことが判るんです!?」
「仕掛けた本人から直接話を聞きましたから」
 しれっと少佐が言い放つ。
「??」
「〈同盟〉の不安定化工作要員(ディスタビライズ・オフィサー)がお国に潜り込んでいたんですよ。そいつが〈王国〉国内の反〈帝国〉勢力を煽って事に及ばせた」
「反〈帝国〉勢力……って、そんなものこの国にはありません!」
「これまではね。ただし、気分として反〈帝国〉の空気はあった。この前の戦争ではお国からものべ数十万の出兵をして、未帰還兵も数万人規模で出ている。身近に未帰還兵や傷病兵を出した国民の中には、潜在的な〈帝国〉への反感を抱いている者も少なくない」
 そういえば、コープ少将の三人の息子はいずれも〈帝国〉と〈同盟〉の戦争に出征し、戦死している。その心労からか戦後すぐに妻も亡くしている。フェリアもその葬儀に参加して、外遊中だった父王の弔文を直接伝える役目を果たしている。
「待って。だからって、それがこんな叛乱騒ぎに直結するなんて、話が短絡過ぎます。我が国の経済が〈帝国〉との密接な関係で成りたっていることくらい、子供だって知ってるわ」
〈帝国〉本土の北方から西方辺境領に至るまで、長大な地域に横たわるキエ山脈──その山岳地帯に分断されて存在する群小の北方諸国家群。その中でも盟主的な位置づけで存在する〈王国〉は、北方諸国群各地からの農産物や木材、鉱物資源などの一次産品を使って、食品や木工家具などの加工品、鉄鋼、アルミなどの工業資材、さらには時計から自動車、航空機にまで至る多種多様な工業製品を造り、〈帝国〉圏へ輸出して経済を発展させてきた。
 それを可能としたのは、ひとつは複雑を極める北方諸国間の利害関係を精妙に調整し、中原(ハートランド)の歴代政権と彼等とを政治・経済・軍事の各側面で結びつけてきた優れた外交能力。それと、中原(ハートランド)で政変が起きるたびに乱を嫌って逃げ出した学者や技術者を多く受け入れてきたことによって、高度な工業技術産業を育くんできていたことなどが挙げられる。
 実際に先の大戦では、近代戦で生じた巨大な資材消費に加え、総力戦規模の大規模動員によって生じた〈帝国〉の著しい生産力不足を〈王国〉は充分以上に補ってのけた。トイレットペーパーのような生活消費財から、自動拳銃や小銃のような小火器、戦車、大砲、航空機や飛行艦用エンジン、果ては海もない内陸国にも関わらず潜水艦用の機関まで輸出し、〈帝国〉の戦争を側面から支えきったのである。
 勿論、戦後の復興にも〈王国〉からの資材産品や工業機械は欠かせない。こうして少佐がステアリングを握る〈王国〉製スポーツカーも、順調に回復しつつある〈帝国〉経済の旺盛な個人需要を満たすため、増産に増産を重ねている。
 もっとも、逆に言えば〈王国〉の旺盛な生産力を受け留められる市場は、〈帝国〉以外にない。
 事実、戦争を通じて〈王国〉は膨大な貿易黒字を溜め込んだが、国内の産業力基盤の整備や製造業の設備投資に使われた以外は、そのほとんどは戦時外債などを通じて〈帝国〉本土に還流している。〈帝国〉との力関係で強いられた面もあるが、〈王国〉国内では他に使い道がなかったからという方が理由としては大きい。人口三、〇〇〇万強の〈王国〉に、たとえ周辺の北方諸国を数に入れても人口も市場規模もたかが知れており、個人の消費需要にも限界がある。そこに無理やり資金を流し込んでも実体の伴わないバブル経済となってしまい、長い目で見れば市場や人心を傷めつける結果にしかならない。
 かと言って、規模として〈帝国〉圏に匹敵する〈同盟〉圏は、市場として遠すぎた。内陸の〈王国〉から商品を輸出するには〈帝国〉圏を通過するしかない。またビジネス上のトラブルが発生しても、〈同盟〉圏での〈王国〉単独での影響力など知れたものだから、どうしても商売は不利にならざる得ない。〈王国〉が〈帝国〉経済に影響されない独自の商圏を確立したくても、一朝一夕で出来る話ではないのだ。
 つまり〈王国〉の経済は、完全に〈帝国〉経済に組み込まれる形で成立しているのだ。それは国民の誰もが身に染みて理解する厳然たる事実だ。
 なればこそ、〈帝国〉からの出兵要請にさほどの反発もなく応え、戦後も多少の不満はあれ明確な反〈帝国〉運動のようなものもなかった。
 しかし──
「だからと言って、傷つかなかったわけじゃない」
「………………」
 少佐の指摘に、フェリアは小さく眉を顰めた。細身のナイフをそっと刺し込まれたような感覚を胸に覚える。
 その痛みの意味から目を逸らすように、フェリアは視線を車外へと向けた。道はいつしか川幅の広い河川沿いの道に入っている。河の両岸は氷河に削られた切り立った崖からなり、そこにうねうねと曲がりくねった二車線道路が張り付いていた。戒厳令の影響か、行き交う車もほとんどなく、遠くの川面を喫水線の低い運河船(カナルクルーザー)が浮かんでいるのみだ。法定速度を完璧に無視して突っ走るスポーツカーを見咎める者はいない。
 空は低く灰色の雲が立ち込め、いつ雪に変わってもおかしくない雰囲気だった。この時期の〈王国〉の天候としては珍しくもない天気だったが、だからといって慰めを見出せる空模様とは言い難い。
 フェリアの動揺を知ってか知らずか、少佐は告げた。
「だからこそ、感情の持って行き場が見つからず、鬱屈していた。そこを付けこまれたんですよ」
「……酷い言い方をするのね」
「世の中は善人ばかりではありませんから」
 フェリアは苦い吐息を洩らしてから、少佐の横顔を睨みつけた。
「それで、クーデターで親〈同盟〉政権でも作ろうっていうんですか?」
「まさか」少佐は苦笑して応えた。
「ただの不安定化工作(ディスタビライズ・オペレーション)ですよ」
「不安定化(ディスタビライズ)……何ですって?」
「不安定化工作(ディスタビライズ・オペレーション)──叛乱や暴動、社会不安につながるありとあらゆる人為的工作、そのすべてです」
 フェリアは眉間を押さえつつ反論した。
「待ちなさい。〈帝国〉と〈同盟〉はつい先日も停戦条約延長で合意したばかりだし、通商条約復活の協議も進んでいると聞いています。我が国とも、〈帝国〉外務当局との協調下で、水面下での接触も始まっているわ。こんなタイミングで、そんな何もかも台なしにしかねない真似──」
「ああ、そこはちょっと違うんですよ。
〈同盟〉政府は確かに〈帝国〉との和平を望んでいる。機械化率が高く正面装備に金の掛かる対〈帝国〉の兵力を削減し、国内の経済復興や南方のエネルギー資源確保に資金や人材を振り向けたいと考えている。そこに嘘はなくて、それが外交面でのここ最近の平和攻勢につながっている」
「だったら──」
「けれど、それだけでは不充分と考えてしまうのが、〈同盟(かれら)〉の外交や軍事の考え方でしてね」
「………………?」
「敵との緊張関係を緩めたければ、敵の意識を他に向けさせればいい──そう考えたがる悪い癖がある。だから〈同盟〉との付き合いは平和な時ほど油断がならないんです。
 で、現実問題として、〈王国〉を始めとした北方諸国に不安定化されたら、対〈同盟〉戦略どころの騒ぎではない。そこへ〈同盟〉から兵力削減の提案をされれば、こちらは乗らざる得なくなる」
「そんなくだらないことで……人が何人も死んでるのよ……」
 絶句するフェリアに、少佐はあっさりと言い放った。
「人が死ぬ理由なんて、大概、こんなものですよ」
「………………」
 何だ、この男……?
 ふてぶてしい微笑を浮かべた男から、不意に冷たく乾ききった空気を感じて息を呑んだ。フェリアがこれまで出会ってきた軍人達とはどこか違う、暗闇の底を覗きこむような虚無感──何をどうすれば、こんな人間が出来るのだろうか……?
 そんな疑念がよぎったものの、フェリアは別のことを訊ねた。
「それで、その〈同盟〉の工作員は……?」
「帰りましたよ。本国に」
「な……っ!? 何で逃がしたんですか?」
「そういうものだからです。〈帝国(こっち)〉も〈同盟(むこう)〉でいろいろやってますからね。あのレベルの工作員には互いに手を出さないことになってる」
「そんな──」
「ついでに付け加えると、全部の仕込みが終わった時点で、そいつはすべての情報を手にして投降してきた。無事に本国に帰国することを条件にね。何故だか判りますか?」
「判りません、そんなこと」
「彼の計画には、最終段階での〈帝国〉軍(われわれ)の介入が折り込まれていたからです。
 貴女の指摘するように軍事的、経済的に〈王国〉はいくら足掻こうと〈帝国〉のくびきから逃れようがない。だが、たとえ結果が同じでも、直接的な軍事制圧が行われてしまえば、〈王国〉市民の〈帝国〉への遺恨は数十年単位で後をひく」
「軍事制圧──!?」フェリアの背筋を冷たい電流が走り抜ける。
「何でいきなり、そこまで話がエスカレートするんです? コープ少将がどんな政権を打ち立てようと、〈帝国〉と〈王国〉の力関係は明白なのよ。ならば時間を掛けて待てば、いずれ──」
「ああ、問題は、その時間があまりないことでして」
「…………?」
「既に報道で流れている話ですから隠し立てはしませんが、〈帝国(ウチ)〉の陸軍参謀総長の容体があまり芳(かんば)しくない」
「その話なら、聞いています」
 フェリアは頷いた。俗世の権勢のほとんどを軍隊、とりわけ兵数の多い陸軍によって支配されている〈帝国〉では、陸軍参謀総長は実質的な国家元首と言っていい。
「死なない人間はいませんから、それ自体はいつか来る話が今来たというだけに過ぎない。しかし、問題はこの期に及んで後継者が決まっていないことでしてね」
「な……え!?」
 さらりと口にされた少佐の台詞に、フェリアは慄然とした。
〈帝国〉陸軍参謀総長の入院は周知の事実でも、後継者の指名もできないほど重篤とは聞いていない。つまり〈帝国〉の権力中枢は今現在、真空状態だということでもある──とんでもない国家機密の漏洩だ。
 そんなものを、何故、こんな場所で自分に──いや、そもそも事実なのか? 事実だとして、目の前のこの男は〈帝国〉のどこの誰の意思決定でここに……ああ、確かに政治中枢の意思決定なぞなくとも、出先機関が惰性と脊髄反射で謀略のひとつやふたつやりかねない国ではあるが。
 しかし、真実恐ろしいのは、この状況で〈王国〉はクーデター紛いの状況に突入してしまった、ということだ。
 権力中枢の統制を欠いた〈帝国〉の関係当局が、この状況でどう動くか判らないというだけではない。下手をすると、〈帝国〉内部の権力抗争に捲き込まれて、国土を蹂躙(じゅうりん)されかねない──いや、既にしてこの状況自体、〈帝国〉内部で起こっているこの地殻変動の余波ではないとも言い切れない。
 大国に隣接する小国の民の本能的な感性として、事態の深刻さをまざまざと理解してフェリアは蒼褪めた。
 加えて、それを「今」、「ここで」、「自分相手に」語る、この男の意図は何なのか?
 そもそも、目の前のこの男が本当に〈帝国〉の軍人である保証もない──つまり今の自分を取り囲んでいるものに、何ひとつ確かなものはないのだ。
「………………」
 サイドシートで黙り込むフェリアをよそに、少佐の説明は続く。
「〈同盟〉のその工作員の計算違いは、我が〈帝国〉の権力中枢が既にそこまで不安定化していることに理解が至らなかったことです。まぁ、ウチの参謀総長の容体はトップシークレットなので無理もありませんが。
 そんなわけで、今の〈帝国〉に北方諸国の不安定化を許す余地はありません。事を知って、〈帝国〉国内では事態を急いで解決しようとする政治的なベクトルが既に動き出しています。早目に手を打って、状況の悪化を防ぐ必要があった」
「……防げてないじゃないですか」
「ごもっとも」少佐は苦笑して頷いた。
「ですが、これでもぎりぎりのところで最悪の事態を避けることには成功してるんです。
 連中の計画通りなら、今頃貴女は既に死んでいて、ほどなく国境の向こうで待機している〈帝国(ウチ)〉の陸軍空挺部隊(パラトルゥーパー)が〈王都〉上空から舞い降り、国境線を山岳歩兵師団が浸透突破を図って、彼等に確保された回廊に戦車師団が突入するところでした」
 少佐の説明は妙に具体的で、実際の軍事作戦の存在をフェリアに確信させた。
「……まるで『戦争』じゃないですか!」
「『戦争』ですよ」少佐は頷いた。
「だから、それを避けるために、貴女を救い出したんです」
 
「……大まかな状況は判りました。でも、まだ判らないことがふたつあります」
「ひとつは貴女の命が狙われたこと」
「ええ。狙われたのは王族全員ではなくて、『私だけ』なんですね?」
「そうです。あえて貴女の死亡報道だけが流れたということは、おそらく他の王族の方々の身柄は無事でしょう」
「よかった……」フェリアはそっと胸を撫で下ろした。
「それで、何故、『私』なんです?」
「それは貴女が、王室でも親〈帝国〉派の象徴とみなされているからです」
「別にそんなわけでは──」
「ご自分をどう認識されているにせよ、貴女は王室における対〈帝国〉向きの『顔』として機能している」
「若い頃の留学のことを仰ってるんですか?」
「それに〈帝国〉皇族と婚約されていたこともよく知られてますしね」
「昔の話です」フェリアは瞳を伏せた。
「『婚約者に戦死された悲劇の王女』、でしたか──まぁ、宣撫活動(プロパガンダ)には使いやすいネタでしたから、〈帝国〉でも〈王国〉でも派手に報道されてましたね。私も前線の塹壕にいたとき、ラジオのニュースで聞いた覚えがあります」
 無神経に言い放つ少佐の横顔を、フェリアはきつく睨みつけた。
 少佐はそれを平然と無視して、語り続ける。
「その後も〈帝国〉との親交を象徴するイベントによく出席されていた。貴女の意志というより、王室官房が貴女をそうデザインして使ってきたということなのでしょうが、ご自分で自覚がなかったということはないでしょう」
「………………」
 自覚云々より、どうでも良かったのだ。王室官房の官僚達の組んだスケジュールに従って、パーティーやイベントで笑顔を振りまき、人当たりの良いスピーチを口にする。からっぽのままの心と身体を切り離して、平然とそんな日々を過ごせる自分を不思議に思いながら、気がつけばもう何年も経ってしまっていた。そこに官僚達がどのような意図を込めていたのかをまったく自覚していなかった、と言えばたぶんそれは嘘になる。
 だがしかし、やはりどうでも良かったのだ──今度の結婚と同じように。
「何にせよ、貴女の存在は〈帝国〉と王室──そして勿論、〈王国〉との絆の象徴でした。その貴女が〈帝国〉の工作員に暗殺されれば、一時的にでも〈王国〉と〈帝国〉の関係を麻痺させることができる」
「でもそれは一時的なものでしかないわ。王室以外にも草の根の民間レベルから国政レベルまで、〈帝国〉とは分厚いチャネルが存在しています。両国関係は、私が殺されたぐらいで途絶したり断絶するような薄い関係ではないわ」
「一時的な麻痺で充分だったんです。その間に政権を奪取し、〈帝国〉軍を国土に引き入れる──コープ少将の狙いはそこにあった」
「……? コープ少将は反〈帝国〉政権を立てようとしているのでしょう?」
 何で〈帝国〉軍を招き入れなければならないのか?
「違います」少佐はきっぱりと否定した。
「コープ少将の目的は、〈帝国〉軍の侵攻を引き起こし、〈王国〉全土を戦場にすることです」
 
 ますますよく判らなくなる。
 疑念というより当惑の色を強めるフェリアに、少佐は続けた。
「コープ少将の目的は、第一に〈同盟〉との戦争で自分の息子達を奪った〈帝国〉への復讐、第二にそれを決定した〈王国〉政権への復讐、第三に戦場から遠く離れて平和を貪ってきた〈王国〉市民への復讐──徹頭徹尾、個人的な怨恨です。彼の蜂起につきあった他の連中の思惑はともあれ、彼自身は反〈帝国〉政権なんか立てる準備は欠片もしてませんよ」
「そんなバカな……!」
 絶句するフェリアに少佐は告げた。
「貴女が先ほど指摘したように、地政学的にこの国に反〈帝国〉政権なんか成立する可能性はまったくありません。そんなものが簡単に成立するなんて信じ込めるのは、対外的な接触の少ない初心(うぶ)な親衛隊員や内務官僚くらいなものです。観念や情緒的な反発で一時的に政治を動かしても、結局は戦略環境が定める在るべき国家の形態に押し戻される──そんなことは、コープ少将にも判っているはずだ。それほど知性に欠けた人物であるとは私たちも考えていない。
 しかし、すべて承知であえてこんな馬鹿げた企ての首謀者に納まっているとすれば、理性がぶっ飛んで何もかも焼き尽くすつもりになってしまっているとしか思えない」
「………………」
 フェリアは式典会場の警備責任者として、つい今朝ほどに顔を合わせたコープ少将の容貌を思い浮かべようとして、失敗した。周囲の状況などろくに記憶に残っていない。そこに何か破滅的な決意を抱く兆候がうかがえたにせよ、彼女には気づきようもなかった。
「この後、どうなるんです……?」
「連中の当初の計画通りなら、貴女の死をきっかけに、〈王国〉内の〈帝国〉政府施設、資産の接収や凍結。次いで〈帝国〉人や外交官の拘束ないしは国外追放、軍需品の輸出停止と短期間で矢継ぎ早に挑発行為をエスカレートさせ、最後の仕上げに〈帝国〉との領土係争地に国境警備隊を進出させる予定だそうで」
「係争地って……何十年も前からの政府見解で、公式にとっくに諦めてる土地です」
「関係ありません。国内のナショナリズムを刺激するスウィッチになればそれでいい──しかし、どの道、〈帝国〉軍側もそこまで待つ気はない。先ほど話したように、〈帝国〉側でも事態の収束を図らねばと焦っている連中がいる。彼等の差し金で、国境のすぐそばに侵攻部隊が集結しつつあります。
 電撃的な侵攻で一気に〈王国〉全土を制圧すれば解決するだろうと思っているのでしょうが、話はそれほど単純じゃない。直接〈帝国〉軍が国土に進攻すれば、日和見を気取っている〈王国〉軍も、国土防衛に動かざる得ない。歴史的に見て、お国の入り組んだ地形に深入りした中原(ハートランド)の軍隊は常に痛い目を見させられてます。平野部での正規部隊との戦闘は数で押し切れても、山間部でゲリラ戦にでも引き摺りこまれれば、目も当てられないことになる。
 最終的に勝てたとして、〈王国〉全土が蹂躙(じゅうりん)され、下手をすれば数世紀にわたる遺恨を残しかねない。
 あの〈同盟〉の工作員の計画でも、ここまでの事態は想定されていなかった。本格的な戦争状態にエスカレートする前に〈帝国〉側に情報をリークして収束させるつもりだったようですが、逆に火をつけてしまった感がある。
 まぁ、この手の火遊びは得てして、肝心なところで制御(コントロール)が効かなくなりがちなんですが。
 しかし、避けられるものなら、避けるべきだ、というのが我々のボスの判断です」
「我々……? 〈帝国〉内部も一枚岩ではない、ということなの?」
「察しがよろしくて助かります。
 そんなわけで、火消し屋専門の我々に出番が廻ってきた、というわけです」
 そう言って少佐は口許を歪ませた。
 火事場を愉しんでそうな消防士をどこまで信用していいものかしら、と判断に迷いつつも、フェリアは訊ねた。
「判りました。それで私は、この後、どうすればいいんですか?」
「いったん国境を越えます」少佐は頷いて言った。
「そこからあなたの生存の宣言とコープ少将の告発を、放送を通じて国民に訴えていただく。それを聞けば叛乱鎮圧の大義を得て、国軍も動き出すでしょう。加えて貴女を担いで〈帝国〉軍が国境を越える可能性を暗にちらつかせてもいい。元々、個人的怨恨に端を発した無理筋の叛乱ですからね。そこから先は、決意の弱い部隊から脱落して、放っておいても叛乱部隊は自壊します」
「そんな簡単な話なのかしら」
「そんなものですよ」憮然とした表情のフェリアに、少佐は苦笑して応えた。
「問題は、国境を越えるまでが、そう簡単ではないという点なんですがね──ほら」
「え?」
 振り返るフェリアに、少佐はバックミラーの角度を僅かにずらして示す。黒塗りのリムジンが二台、猛スピードで追い縋ってくる姿が映っていた。
「さっそくお客さんのお出ましですよ」
 
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