積読日記

新旧東西マイナー/メジャーの区別のない映画レビューと同人小説のブログ

■Twitter               ■Twilog

■小説を読もう!           ■BOOTH:物語工房
 
各種印刷・製本・CDプレス POPLS

義忠『棺のクロエ1.5 花嫁強奪』第6回

 
〈王国〉国境警備隊第119山岳警備連隊に所属する第1山岳混成小隊は、山岳戦車一輌に、歩兵一箇小隊三〇名から構成される機動歩兵小隊だった。
 山岳戦車とは、〈帝国〉軍や〈同盟〉軍で普通一般に「戦車」として知られる主力戦車(メインバトルタンク)とは異なり、山中の険しい斜面や細い道でも運用できるよう、軽量で車幅も小さく設計された戦車のことである。主力戦車ほど大口径の砲は積んでいないが、成形炸薬(HEAT)弾のような化学エネルギー弾を使えば、それなりの装甲貫通力は確保できる。ただでさえ兵力展開の難しい高地に自力走行可能な装甲火力を持ち込める意義は大きく、先の大戦の中盤以降、西方辺境領でも北方に位置する山岳地帯で激しい機動戦闘が発生する中、必然的に開発された兵器だった。
 その後、〈帝国〉軍や〈同盟〉軍ではさらに軽量化を図り、逆噴射ロケット付パラシュートを付けて空挺戦車とする研究も行われている。もっとも、さすがに投下・着地時の衝撃で車内の機材が故障することが多く、今のところ構想倒れに終わっている話ではあるが。
〈王国〉陸軍や国境警備隊で採用されている山岳戦車は、大戦末期に〈帝国〉陸軍で正式採用された〈王国〉製モデルをベースに、傾斜地での発砲を可能にする油圧式サスペンションなどを強化し、赤外線投射(パッシブ)型の暗視システムなどを搭載した改良型で、戦後の〈帝国〉陸軍では高価すぎて導入を見送ったとされるほどの代物である。もっともそれは、戦後の〈帝国〉陸軍の山岳戦の操典(ドクトリン)が変化したことにも起因する。高地に戦車を送り込むより、装甲ジャイロ機の性能や火力を高めてその代わりとする方向に向かっていたのだ。
 それに対して、巨大な主力戦車を展開できる平地の方が少ない〈王国〉では、むしろ国土の大部分を占める山間部で使用できる山岳戦車の機能向上に執着している節があった。
 とは言え、〈帝国〉陸軍に採用を見送られたことによって、予想生産台数が激減し、ただでさえ高い調達価格はさらに高騰することとなった。
 国境警備隊にこうして山岳戦車が配備されている背景には、その辺の事情が関係してくる。常識的に考えれば、基本的に越境する密輸業者の摘発や密入国者の摘発、山岳地帯での捜索・救難(サーチ&レスキュー)活動などを主任務とする国境警備隊が戦車など必要とするはずもないのだが、生産台数を少しでも増やして調達価格を下げようとする陸軍の思惑がそこにあったのだ。
 加えて、〈王国〉陸軍は国内治安を担当する親衛隊にも、この戦車の導入を積極的に働きかけていた。その結果、親衛隊や国境警備隊が過剰な装甲火力を取得することとなり、それが彼等の今回の蜂起への要因のひとつとなったのではないか、と事件後に一部で指摘されることとなる。
 
 その山岳戦車を中心に、白い冬季戦用野戦服を着込んだ国境警備隊の兵士達が戦車を取り囲むように同心円を描く形で展開していた。
 途中まで戦車の上に跨乗していた兵士達も、予想接敵地域に近付いたことで全員地上に降りている。
 まずもって教科書通りの対応と言えた。
 強大な火力を誇る戦車は、しかし、どうしても車内からの視野が狭くなるという欠点を持っている。それを補うには、車外に展開する歩兵それぞれの肉眼に頼る外はない。
 また、ロケット兵器の軽量化と成形炸薬(HEAT)弾の高性能化によって、歩兵が携行可能な対装甲火力は強力になる一方である。至近距離に肉薄された歩兵に対戦車ロケット弾を撃ち込まれてしまえば、戦車には対応しようがない。
 つまり戦車にとって理想的な戦闘とは、随伴する歩兵達によって敵歩兵の肉薄攻撃を防ぎつつ、ある程度離れた距離からその火力を存分に叩き込み、敵を粉砕することにある。
 周囲を密集した木立に囲まれたこんな遮蔽物だらけの山間地を戦車だけで進むのは、自殺行為でしかないのだ。
 だから、第1山岳混成小隊のこの部隊展開は、戦車運用の基本に忠実で、その意味で間違ってはいなかったのだが、彼等の不幸は実戦経験もなくただ教科書をなぞっているだけに過ぎなかったということだった。
 その銃声が鳴り響いた時、ほとんどの兵士達が方角を違えずに音のした方角に自動小銃を向けていた。
 さすがの練度だった。彼等の中には、日常的に武装した密輸業者や逃亡犯との戦闘を経験している者も少なくない。その意味での「実戦経験」には不足はない。
 その銃口の先、距離にして100弱離れた斜面の上の木立の間に、自動小銃らしき銃を手にした男──少佐が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「撃て!」
 指揮官の指示とともに、兵士達は一斉に射撃を開始した。
 精度の高い集中射撃を素早く木の陰に隠れて避けながら、少佐は苦笑した。
「やれやれ、ここでも警告なしか」
 この辺り一帯は、今は狩猟期のど真ん中なはずだ。民間のハンターかもしれないという発想はないのか。あるいは、それでも構わないと考えているのか。どっちにしても剣呑な話だ。
 そうこうする内に、発砲と着弾のハーモニーに交じって複数の雪を踏み分ける音──正面から制圧射撃を加えつつ、一部の兵士が側面に廻り込もうとしているのだ。
「いい判断だ」
 反応が早い。少佐の知る〈帝国〉陸軍の歴戦の兵士達と比べても、遜色はなかった。
 勿論、感心している場合ではない。
 少佐は側面から近づく兵士達に自動小銃で軽く一連射を加えて牽制すると、身を翻して走り出す。
 そこへ山岳戦車が発砲──少佐が身を隠していた木の幹へ、粒の荒い大きな鉄球(ベアリング)を詰め込んだ対人榴弾が撃ち込まれて太い幹が一発でへし折れた。
「こっちはまだまだだな」
 配備されてからまだ日が浅い山岳戦車の反応は、兵士達よりワンテンポ遅い。もっと歩兵と連携し、積極的に攻撃を加えてくるべきだった。付け込むならこの辺だなと呟きながら、少佐は木立の間をジグザグに縫い駆ける。
 兵士達の放つ銃弾が木々の表皮を削り、木っ端が弾け飛ぶ。至近距離で弾けた木片が、頬を小さく切り裂く。
 それを気にも留めず、倒木の背後に飛び込むと、自動小銃を単発モードに切り換えて発砲。追い縋る兵士達の内、先頭のひとりをヘッドショット一発で射殺する。
 それを見て、後続の兵士達は即座に手近な遮蔽物の陰に隠れ、反撃を開始する。その一方で別の一体には再び迂回させようとしているようで、雪を踏む音が途切れない。
 常に運動を維持し、敵に圧力(プレッシャー)を加え、考える暇(いとま)を与えるな──とは、士官学校の戦術教程で最初に叩き込まれる鉄則だが、それを戦場で実践できる指揮官はそう多くない。指揮官の意志や知性だけで成り立つ話ではない。最小限の指示ですべてを呑み込み、指揮官の望むように戦場を運動することが可能な部隊があって始めて成立する話だからだ。そんなもの、一朝一夕で編成できるものではない。
 その意味で、まったく、「歩兵部隊」としては、ほれぼれするほど完成された男達だった。
 だが、「機械化歩兵部隊」としては、また話は別になる。
 少佐はぼちぼち頃合いと見て、銃撃の合間に手榴弾をひとつ放った。
 信管(ヒューズ)を短く切った手榴弾は、着地する前に空中で炸裂──しかし、ぶち撒けられた金属スラグのほとんどは木立の幹に突き刺さり、敵に損害は与えていない。
 もっとも、それは投げた本人も重々承知の上だ。遮蔽物の多いこんな場所では、手榴弾の類(たぐい)は効果が薄い──だが、はったりには充分。
 少佐は小さく唇を舐めると、再び身を翻して走り出した。

>>>>to be Continued Next Issue!