積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 花嫁強奪』第15回

15

 
 地を蹴って突っ込む大尉の右腰から銀糸のような斬光が奔(はし)り、少佐の喉元へと延びた。
 それを少佐の左腰の軍刀(サーベル)から奔(はし)る、短い軌跡の銀糸が迎撃する。
 金属が激突する音と火花が弾け、少佐と大尉は即座に互いに後方へと跳ね飛ぶ。
 しかし、どちらも利き腕は軍刀(サーベル)の柄に置いたまま。鞘から攻撃発起し、鞘に戻る──どちらも〈帝国〉陸軍士官の必殺の近接戦闘術、野陣抜刀術の遣い手ということだった。塹壕の中で出会い頭の敵を瞬時に斬殺することに特化したこの戦闘術は、刀身の切っ先の届く範囲に限れば地上最強とされる。
「少佐!」
「申し訳ないが、王女殿下」少佐は大尉の動きから視線を離さずに言った。
「貴女では救えない人間もいるんです。こういう形でしか、救えない人間がね」
「ほざけ、少佐!」
 大尉が側面に廻りこもうと、雪を蹴って走り出す。それに応じるように少佐も鞘に右手を当てたまま駆け出し、ふたりは木立の中へと走り込む。
「少佐ぁ!」
 大尉の左掌の白手袋が弾け飛び、金属の地肌が露出する。左腕に内蔵された超振動発振機が作動して、ジャイロモーターが超高速で駆動を開始する。その手で掴んだ軍刀(サーベル)の柄を介して流し込まれた超高周波振動が、鞘から奔(はし)りだす刀身に乗って銀糸とともに闇を駆ける──必殺の剣技、雷鏖(らいおう)!
「!」
 とっさに身を捩って避けた少佐の代わりに、背後の木の幹が一刀で両断された。
 音を立てて倒れる歳若い針葉樹に目もくれず、大尉は刀身を鞘へと戻し、次の斬戟に備えようとする。
 そこへ、右手の超振動発振機を駆動させた少佐が、反撃の一刀を放つ──こちらもまた、雷鏖(らいおう)一閃!
 きわどくそれを回避した大尉のすぐそばで、木の幹が逆袈裟に断ち切られ、悲鳴のような音を発して横に倒れる。
 機械の腕に仕込まれた超振動発振機を使った超高周波ブレードの威力は互角。刀速(スピード)も互いに引けを取らないとなれば、後は手数を重ねる体力と集中力が先に途切れた方が負けだ。
 少佐と大尉は木立の間を縫い駆けながら、余人には残像しか捉えられないほどに高速で斬戟の応酬を繰り広げる。鞘から奔(はし)り出した刀身が、その切っ先に月光の輝きを乗せ、相手の急所めがけて突き進む。その軌道を横合いから迎撃した斬戟が、返す刀で上段から相手の頭部を断ち割らんと叩き落される。……。
 攻防は果てしなく続き、誰もそこに割って入ることができなかった。そこに誰が飛び込もうとも、瞬時に膾(なます)に斬り刻まれて終わっただろう。それほど、両者の死闘は拮抗し、かつ常人の域を超越していた。
 だが、限界を迎えたのは少佐の方が先だった。
「く……っ!」
 第1山岳混成小隊との戦闘で負った肩の傷が再び開き、一瞬の反応の遅れを呼んだ。
「もらった!」
「うるせえ!」
 とっさに足許の雪を蹴り上げる。大尉の剣が雪塊を瞬時に霧散させるその隙に、後方に跳ね飛んで距離を確保する。
「どうした、そろそろ限界か?」
「……ちょっとはハンデつけないと、おもしろくないだろ」
 不敵に嘯(うそぶ)きながら、しかし少佐の呼気は確実に荒くなってきていた。
 今日一日、各地を移動しながら繰り広げてきた戦闘で蓄積した疲労が、最後のこの局面で足を引きつつあった。特にこの山中での戦闘は重い自動小銃を担ぎながら全力疾走の繰り返しで、本音を言えば立ってるのがやっとなほどまで消耗している。
 ──これ以上、長びかせるのは無理、か……。
「じゃあ、ぼちぼちケリを付けようぜ」
 少佐は深く息を吐き出しながら、身を低くし、半身を捩って軍刀(サーベル)の柄すれすれの位置に機械の右腕をあてがった。
「終わるのは貴様だ、ヒュー・タム!」
 大尉も左腕を自身の軍刀(サーベル)の柄へと伸ばして、腰を落とす。
 その姿勢のまま、両者はにじり寄るようにゆっくりと距離を詰めてゆく。その目は、互いの目を睨んだまま──相手のほんのわずかな動きの兆候すら見逃すまいと凝視する。
 やがて、互いの刀身の殺傷圏内に入るや、足の動きすら止まってしまう。冷たく蒼い月光に曝されながら、彫像のように固まって動かない。両者の間を、粒子の細やかな雪の欠片を乗せた風が、徐々に速度を強めつつ流れる。
 無限に続くかと思われたその時間が、やがて破られる瞬間を迎えた。
 遠く、どこかで、雪鳴りの音がした。
 ふたりの鞘から、互いに持てる最高の速度と気迫を乗せた銀糸が奔(はし)る。
 そして、再び、静寂──
「……ヒュー・タム……」
 不意に大尉が口を開き、地の底から何かを吐き出すように言った。
「貴様なら……貴様なら、あるいはと俺は──」
 だが、皆まで言い終えるより先にすとんと両膝を崩し、一瞬、天を仰ぐと、大尉はそのままの姿勢で前のめりに雪の上に倒れた。
「……バカ野郎。だから、他人に縋るんじゃねぇって言ってるんだ……」
 それだけ告げると、少佐もその場にへたり込み、長く息を吐いた。
 
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