積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 花嫁強奪』第16回

16

 
「少佐!」
 いくつもの雪を蹴る音が聴こえ、首を巡らすとフェリアを先頭に軍曹と国境警備隊員達がこちらに駆け寄ってくる姿が目に入った。
「少佐、どちらが勝ったの?」
「……私にそれを訊いている時点で、答えは明白だと思いますがね」
 苦笑して、雪の上で絶命する大尉に目をやる。
 フェリアは痛ましい想いで大尉の遺骸を見た。
「……彼も、『戦争』の犠牲者だったのね……」
「そういう、判りやすい物言いを、本人は決して喜ばないと思いますよ」
 少佐は皮肉な口調で言った。
「結局、自分の人生の落とし所は、自分の中に見つけるしかない。こいつはそれが判ってなかったんです」
 突き放すような少佐の言葉に、フェリアは悲しげに応えた。
「少佐、皆が皆、貴方のように強く在れるわけではないのよ」
「強い弱いの話ではありません。ただ、そういうものだ、という話です」
「………………」
 たぶん、この話はどこまで行っても平行線だろうな、とフェリアは思った。だが、だからこそ、彼は「戦争」から生きて帰ってこれたのだろう。
「それで、これからどうされるんです?」
 軍曹の肩を借りて立ち上がりながら、少佐がフェリアに訊ねる。
 フェリアは頷き、背後の国境警備隊員達を見ながら応えた。
「彼等と山を降りて〈王都〉に向かいます」
「コープ少将が手ぐすね引いて待ち構えてますよ」
 半ば呆れ気味に少佐が指摘する。
「軍は今回の決起に同調していません。彼等の力を借りて、この『戦争』を終わらせます。国外に出るより、私が出来ることはきっと多いはずだわ」
 少佐は軍曹と顔を見合わせた。
「なんで、こんな話になるんだ?」
「私は知りませんよ」
 軍曹にそでにされ、少佐は天を仰いで嘆いた。
「……将軍(オヤジ)に出す報告書、どうまとめたもんかな」
「貴方はどうするの、少佐?」
「私ですか? そうですね……」しばらく首を捻って考え、やがてにやりと笑みを浮かべて言った。
「おつきあいしますよ。貴女のそばで歴史の証人になるってのもおもしろそうだ」
 それを聞いて、軍曹が慌てて制止する。
「少佐、〈帝国〉の現役将校が王女のそばで決起鎮圧につきあったりしたら、あとでいろいろ面倒が起るんじゃないですか?」
「じゃあ、休暇の合間にたまたま捲き込まれたってことにするさ。どうせ有給がかれこれ三年分は溜まってるんだ」
「……たいして変わりゃしませんって」
 溜息まじりに、軍曹がこぼす。
 その軍曹の肩から腕をほどき、ひとりで立ちながら少佐は命じた。
「軍曹、俺の代わりに将軍(オヤジ)に有給の申請を出しといてくれ」
「期間は?」
「そうだな、一週間もあれば充分だろう」
 それを聞いて、フェリアは驚いて訊ねた。
「まさか、一週間でこの『戦争』を収める気?」
「勿論、事件解決の祝賀パーティも込みの日程でね」
 少佐はふてぶてしい表情で言ってのけ、それから恭(うやうや)しく胸に手を当ててフェリアに告げた。
「では王女殿下、何なりとご命令を」
「やめてください」フェリアは慌てて言った。
「私は貴方の王女ではないと、貴方が自分の口でそう言ったのよ」
「休暇の間だけのパートタイムの臣下ですよ。それなら別に構わんでしょう」
「そう言うことではなくて……。今は、『王女』という肩書ではなく、ひとりの人間として、事に当たりたいのです」
「なればこそ」少佐は苦笑して言った。
「なればこそ、貴女はこの国の王女にふさわしい、ということですよ。
 観念なさい。『肩書』や『立場』なんてものは、不釣り合いな人間が持てば重荷にしかならないが、本来は力を振るうべき人間に必要な力を与えるためのものだ。貴女がこれから為そうとしていることは、貴女が『王女』としての肩書を持つことで発揮できる力を必要としている。
 要は貴女がその『立場』にふさわしいかどうかで、『ふさわしい』とここにいる連中がみんなで認めてしまったんだ。少なくとも、ここにいる連中の前では『王女』として振舞うしかないですよ」
 国境警備隊員達の方を見れば、ホルト中尉が力強く頷いている。少年のように瞳を輝かせているその表情を見ていると、何やら少しやり過ぎたかという気がしないでもない。
 だがしかし、少佐の言う通りなのだろうと思う。要は私が『王女』という肩書にふさわしい人間になればよく、またならねばならないということだ。
 きっとそれが、今の私にとっての「高貴なる者の義務(ノーブレス・オブリージュ)」なのだ。
 ──それでいいのよね、貴方……。
 フェリアははにかむような表情で頷くかつての婚約者の存在を、確かに近くに感じていた。
「判りました」
 フェリアは顔を上げ、国境警備隊員達と少佐達を見て宣言した。
「では参りましょう、いざ〈王都〉へ──」