積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第2回

0-2

 
「おはようございます、フェリア王女殿下!」
「……どなた?」
 翌朝、ペントハウスのテーブルで朝食を摂っていたフェリアは、目の前に勢い込んで現れた眼鏡の少女に向かって、とっさに率直すぎる疑問を口にしていた。
 まるでカウンターをもろに喰らったボクサーのように表情を崩す少女を見兼ねてか、テレサが横から助け舟をだす。
「今日から御学友となられますミリア・ドリュアス様──現外務大臣のお孫さんです」
「ああ、思い出したわ。確か去年の組閣後のパーティーで、ご挨拶をいただいて──」
「覚えていてくださったんですか!?」瞳を輝かせてミリアがテーブルに身を乗り出す。
 うわぁ、立ち直るの早っ、と呆れて見る内に、ミリアは円形のテーブルを素早く廻り込み、気が付けばすぐそばで潤んだ瞳をこちらに向けていた。
「私、小さい頃からフェリア様のファ──もとい、憧れてて、〈帝国〉で行われたスキーと乗馬の国際大会にも追っかけ──いえ、会場まで応援に行かせていただきました! それが一緒の学校に通えるだなんて、もう本当に、本当に──」
 そのまま鼻息荒くフェリアに襲い掛かりかねない勢いで近づけるその顔を、テレサが手にしたバインダーの表紙で音を立てて制する。
「落ち着かれなさいませ、ドリュアス様」
「……す、すみません」
 ぶつけた鼻の頭を赤く腫らしながら、ミリアが泣きそうな顔で長身のテレサを見上げる。
「ごめんなさい、殿下。あぁ、もう本当、私ってば、すぐに頭に血が昇ってしまって……。本当にダメだわ、私……」
 今度はテーブルの下に納まりそうな勢いで小さくなって落ち込みだす。
 フェリアは声を顰めてテレサに訊ねた。
「何なの、この娘……?」
「面接の時にはまともだったんですが……。本人目の前にしていろいろ限界越えてしまったようですね」
「面接って、その辺、見抜くためのものじゃないの?」
「今後はストレステストも面接のメニューに入れましょう」
「今後じゃ遅いでしょ。当座どうすんのよ、これ?」
「御不快なようでしたら、つまみ出しますが?」
 仮にも現役外務大臣の孫娘に対して、一片の容赦もなくテレサが言い放つ。
「何もそこまで言って──」
「待ってください!」見事なフットワークでフェリアの手を掴んだミリアが、縋るように訴える。
「私、何でもやりますから! 皿洗いでも、ベッドメイキングでも!」
「え? あ、そう──」
「メイドとして採用したわけではありません」
 再びバインダーでミリアの後頭部をはたき、テレサはそっけなく告げた。
「姫様のご学友として、相応しい振る舞いをしていただければ充分です」
「……すみません」
「で……」フェリアは軽く眉間を揉みながら訊ねた。
「落ち着いたところで、改めて何がどうなってるのか、誰か説明してくださらない?」
 
「では、改めてご紹介します。こちらはミリア・ドリュアス様。先程、申し上げましたように、現外務大臣のお孫さんで、姫様が明日から通われます帝都貴族院大学に昨年の秋から留学されてらっしゃいます。今回の姫様のご留学は、途中編入の形となりますので、このミリア嬢と同じ一回生となります」
 テレサが事務的な口調で説明する。
「さすがに校内まで、私がついてゆくわけにもまいりませんので」
「当たり前です」
「今日からこのミリア嬢に、ご学友として姫様のおそばについていただきます」
「よろしくお願いします」
 ミリアが後ろに結んだお下げを揺らしながら、ぺこりと頭を下げる。
「ええ、こちらこそ、よろしくね」
 営業用の笑顔でにっこりと微笑み、フェリアは右手を差し出した。
 ミリアは顔を真っ赤にしてその手を握り絞めた。
「ありがとうございます! 私、頑張ります!」
 何を、どう頑張るつもりなのか、と喉まで出かかった疑問を何とか呑みこみ、当たり障りのない笑みでフェリアはその場を誤魔化した。
 そこへテレサがそっと告げる。
「姫様、そろそろお時間です。出発のご用意を」
「もうそんな時間?」
 内心ほっとしつつ、さりげなくミリアの手をほどいてフェリアは立ち上がった。
「間もなく、ホテルの車寄せにリムジンがまいります。ミリア様は先にお車の方へ。姫様も急いでお支度を」
「判っています。では、ミリアさん、後ほど」
「は、はい! では先に行ってお待ちしております、殿下!」
 そう言って再度頭を下げ、そそくさとミリアがペントハウスを出てゆく。
 それを笑顔で見送り終えてから、表情はそのままに疲れを滲ませた声でフェリアは言った。
「……ご学友というより、ただのミーハーなファンね」
「予想以上の破壊力でした」
 しみじみと呟きながら首を振るテレサをじと目で睨みつける。
「〈王国〉から〈帝国〉への留学生なんていくらでもいるでしょうに、寄りにも寄ってという気がするのだけど」
「女子の留学生で姫様と同年代、加えて貴族や政財界人の子弟しか受け入れない貴族院大学に留学する〈王国〉人となれば、元より数は限られます」
「……昨日からそんな話ばっかり、聞かされてるような気がするわ」
「世間というのは、思いの外、狭い、と申します」
 フェリアは精一杯の皮肉を込めて言った。
「私の身辺だけ、とりわけ狭く感じるのは気の所為?」
「気の所為です」何の動揺も見せずにテレサは言い切った。
「世間は誰にとっても、見ようによって狭くも広くも在り得るもの──それよりお早くお支度を」
「判っています」
 朝から疲れ切った溜息を吐(つ)きつつ、フェリアは椅子から立ち上がった。
 
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