積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第3回

0-3

 
 帝都貴族院大学は、大陸の過半を統べる大国〈帝国〉の首都〈帝都〉の郊外、行政区画的にはその最外縁部に広大なキャンパスを置いている。
 元々、帝室所有の猟場として鷹狩などを行っていた場所なだけに、起伏に富んだ地形と鬱蒼と生い茂る森の木々に覆われ、敷地内に入ってからも目的の学部校舎まで、なお車での移動を強いられる。
 学内には職員向けのバスが走ってはいるが、ほとんどの生徒は自家用車かハイヤーでの送り迎えが主であるため、それで特に問題ないらしい。
 とはいえ〈同盟〉との戦争が本格化して以来、〈帝国〉や〈王国〉の自動車生産台数は劇的に増加しているものの、そのほとんどはトラックや軍用車両などが中心だ。自家用車などの生産台数はむしろ縮小しつつある。
 そんなご時世に車で校内まで送り迎えが当たり前な学校──ということは即ち、それが可能なほどの資産に恵まれた、〈帝国〉でも相当な上流階層(アッパー・クラス)の生徒達が通う学校、ということでもある。
 そもそもこの大学は、その名前の示す通り、〈帝国〉の皇族や高級貴族の子弟が学ぶ高等教育機関として設立された学校である。市民階級の入学を認めず、女子の立入りすら禁じていた閉鎖的な学校だったのだが、軍を中心としたこの三○年ほどの社会の近代化の過程で、国家の教育体系の中に組み込まれ、今日では一般学生や女生徒も受け入れるようになってきている。
 とはいえ、市井の金銭感覚では想像もつかないくらいのべらぼうな学費が必要なため、実際に入学出来るのは、資産家か政治家、高級官僚の子弟ぐらいなものである。徒歩で通学するような学生は、始めから相手にしていないのだ。
 その一方で、国外の王侯貴族や政治家の子弟なども、留学生として広く受け入れていた。
 これはひとつには〈帝国〉国内に於ける、皇族や貴族階級の立ち位置とも関わってくる。
 三○年前の宮廷革命以来、俗世の権勢のほとんどを軍とその事実上の傀儡である政府に奪い去られた彼等だったが、唯一、手放さなかったのが「外交」に関する権益だった。「外交」は長年に渡って積み上げられた、人間関係の密度と経験が絶対的に物を言う。ぽっと出の軍人や市民上がりの秀才官僚の手に負えるものではない。それを新政権発足直後に立て続けに発生した外交トラブルで思い知らされた軍と政府は、しぶしぶながら、皇族や貴族達の外交面での登用を復活せざるえなかった。
 そうした皇族・貴族の「外交」の資源(タネ)のひとつが、この帝都貴族院大学の存在だった。
 近隣諸国の王侯貴族の子弟を集め、若い内から友誼を深めることで、二〇年、三〇年後に母国で有力な地位を占めるに至った「学友」を外交資源(リソース)として活用する──こうした小さな積み重ねが、〈帝国〉の外交力の基盤を強く踏み固め、引いては〈帝国〉国内に於ける自分達の生き残り(サバイバル)に繋がってゆくことを皇族・貴族達(かれら)はよく知っていたのだ。
 謂(い)わば〈帝国〉の立派な外交機関のひとつであり、更に言えば「外交利権」の中枢なのである。
 そこに一部とはいえ市民階層の入学を認めさせたのは、「教育解放」の一端というより、軍と政府からの「外交利権」への半ば意地にも似た横槍の結果であった。
 もっとも逆に、皇族・貴族達の側からすれば、富裕市民層の子弟を取り込んで親帝室派の世論を形成するチャンスでもある。彼等は元々、軍や現政権の支持層でもあるから、ここへの影響力の強化は裏口から現政権の政策中枢へ近づく間接的アプローチにも繋がる。そうした意味で、この大学の存在は「外交」だけでなく「内政」に対しても大きな意義を持つ。
 単なる高等教育機関であることを越えて、帝都貴族院大学は皇族・貴族達の権力闘争の主戦場とでも言ってもいい苛烈な空間でもあるのだ。
 
「──と、ウチの祖父が言ってました」
「へ、へぇ、そうですの……」
 ミリアから聞かされた留学先の裏事情に、フェリアはとりあえず頷いてみせた。
「だからお前も、しっかりと勉学に励め、と、こう手を取って涙目で──」
「なるほど」
 これから留学しようとする孫娘を捕まえて、そんな生臭い話を語り聞かせる現職外務大臣を、単純に「頼もしい」の一言で済ませていいものかどうか。王家の一員としては何とも評価のしづらい話だった。
 しかし、結局、王族だの皇族だのが絡むと、どこの国でもこーいう生々しい話になるのか。うんざりとした気分になったが、それを表に出さない訓練はそれなりに積んでいる。
 登校早々に学長への挨拶から始まって、各種挨拶廻り──事務手続きの類(たぐい)は、テレサや大使館の職員達によってひと通り片付けられていた。──更に校内設備の案内も含めて、朝からほぼ一日中、さんざん校内を歩き廻らされた挙句、本日最後の訪問先──法学部第5研究室へと向かう森の中の小路を、案内役のミリアとともに歩く頃には、日差しは既に傾き始めていた。
「それで、カオ殿下はその『第5研究室』というところにいらっしゃるんですの?」
「ええ。講師の寮が校外にもあるそうなんですけど、教授から特別に許可されて、そこに住み込んでるそうです。まぁ、フィールドワークであちこち飛び廻ってるそうなので、いつもそこに居るというわけではないそうですけど。
 とりあえず、今日のところは事務局から、これから殿下と私が伺うことを伝えてもらっています。
 でも、わざわざ初日にこちらからご挨拶にゆかれなくても」
「一応、〈帝国〉皇族の方ですから。〈王国〉の王室の一員として、これから同じ大学に通うんですもの。ご挨拶くらい」
 ミリアに婚約の話はしていない。さすがに出会って初日にそこまで信用は置けないということもあるが、どうせ破談に持ち込むつもりの縁談だ。後始末を考えると、関係者の数は絞りたいという事情もあった。
 もっとも、そこに頓着せず、ミリアはあっさりと頷いた。
「そうですか……。でも、かなり変人らしいですよ」
「え……?」
 営業用の笑みがわずかに引きつったが、ミリアはそれに気付く様子もなく、カオ殿下の変人ぶりを数え上げ始めた。
「新学期早々の最初の授業で、リュックサック背負って檀上に現れたかと思うと、『これからフィールドワークに出るので、一ヶ月間自習!』と宣言してそのまま教室出ていっちゃった、とか。
 論文の解釈を巡って、教授会のサロンに乗り込んで教授と?み合いの大喧嘩をしたとか。
 校内の森で狩りをして、捕まえた鳥をその場で焼いて食べちゃったとか」
「……もういいです」
 どこの野生児だ。〈帝国〉人は野蛮だとはいうが、第11皇子ともなると、皇族でもその辺の地が出るのだろうか。
「まぁ、それでもウチの講師の中ではましな方ですけどね。ここでは武勇伝のひとつくらい持ってないと学生に舐められますから」
 野生の王国か、この大学は。
 帝室の庇護下にあることで軍や政府が手を出しにくいこともあり、市井の大学や学会では受け入れられないような、良く言えば自由闊達、悪く言えば過激な校風の学校であることは、フェリアも事前に耳にしていた。
 だからと言って、それを自分の婚約者に求めたい資質とした覚えはないのだが。
 げっそりとした気分を何とか表情に出さないよう繕いつつ、生い茂る木々の枝葉で覆われた小路を歩く。大学の敷地自体が森の中にあるためか、〈帝都〉都心部よりも気温は二〜三度は低く、空気はひんやりと澄んでいる。夏場でも長袖が欠かせない北国の出身であるフェリアにしてみれば、多少なりと厳しい日差しから逃れられるだけでもありがたい。
 それでもうっすらと額に汗を浮かべるほど歩いた頃、ようやく目的地が見えてきた。
「あそこです」
 ミリアが指差したその先には、赤い煉瓦造りの古ぼけた建物が立っていた。壁には縦横に蔦が絡み、今にも森の底に溶け崩れてしまいそうな外観だった。子供の頃にテレサに読んでもらったお気に入りの絵本に、こんな館が出てきたっけな、とフェリアはぼんやりと思いだした。その絵本の中の館に住んでいたのは歳老いた魔女だったが、一国の皇子(おうじ)様が住んでいるとなれば、そう見劣りしたものでもないだろう。
 ──まぁ、「11番目の皇子(おうじ)様」という微妙なポジションと「野性児」というこれまた微妙な単語については、目を瞑(つむ)る必要はあるにしても。
 フェリアは傍(かたわ)らのお下げの少女を振り返って言った。
「ありがとう、ミリアさん。もういいわ」
「え……?」
「ここまでの案内、助かりました。ここから先は、私(わたくし)ひとりで参ります」
「お待ちください、殿下!」ミリアが慌てて声を上げた。
「殿下おひとりで、行かせるわけには」
 何やら、主君を戦場にひとりで送りだす従者のような気分でいるらしい。確かにある意味、間違ってはいないが、「婚約者との初対面」などというデリケートな局面に、こんな「どじっ娘従者」を連れてゆくわけにはいかない。
「心配無用ですわ」フェリアはにっこりと微笑んで言った。
「〈王国〉の女は、ひとりで挨拶にもこれないのかと先方に笑われてしまいます」
「……殿下、でも……」
「そうそう」フェリアはふと思いついたように手を合わせた。
「その『殿下』というの、やめましょう。ミリアさんと私(わたくし)は、今日から一緒に同じ大学で学ぶ同級生なんですもの。フェリア、でいいわ」
「殿下……いえ、フェリア様、そんなもったいない」
 感動して瞳を潤ませるミリアの手を、とどめとばかりにこちらから取る。
「いいえ、こちらからお願いします。貴女がいらっしゃらなかったら、私(わたくし)、こんな異国の地でもっと心細い思いで過ごさなければならなかったわ。これからも『友人』として、私(わたくし)のそばにいてくださるかしら?」
「勿論です、殿──いえ、フェリア様! 私のようなものでよければ、いくらでも」
「ありがとう」フェリアは頷いて、微笑んだ。
「では、先に駐車場の方で待っていて下さい。私もご挨拶が済んだら、カオ殿下にそちらへ送っていただきます」
「はい、かしこまりました、フェリア様!」
 お下げを大きく揺らしながら、ミリアは勢いよく頭を下げた。そしてその場で廻れ右をして、飛び跳ねるような歩調で今来た道を戻って行く。
 それをにこやかに見送りながら、フェリアは友達に「かしこまりました」はないだろうと声に出さずに突っ込みを入れる。
 まぁ、何にせよ単純な「ご学友」で助かった。
「さて」吐息を小さく吐(つ)いて、フェリアは背後の建物を振り返った。
「参りますか」
 
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