積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第13回

0-13

 
 違う! 違う! 違う!
 そんなことはない。絶対に、そんなことはない──そう言ってやりたいのに、そう言って叫びたいのに、咽が張り付いて声が出ない。暗闇が肩にのしかかって押し潰されそうだ。
 その重圧を何とか跳ね退けて、フェリアは別の問いを口にした。
「……チャオ殿下は、何でそんなことを?」
「皇族と貴族の生存闘争(サバイバル)のためです。
 三〇年前の宮廷革命、いや、それ以前から、軍と皇室は血で血を洗う凄惨な抗争を歴史の裏側で繰り返してきた。互いに動きを止めれば、即座に足元をすくわれ、喉笛に噛み付かれる。そんな関係を続けてきてるんです」
「だからって──!」
「さっきも言ったでしょう。辺境領経営は軍の利権構造の大きな柱だ、と。特に〈同盟〉との戦争が激化して以来、よりいっそうの鉱工業生産の増強を求められるようになっている。各地の少数民族自治区で、地元住民を低コストの労働力として酷使し、地下資源やエネルギー資源の採掘が行われている。
 加えて若い男子は徴兵され、西方辺境領での〈同盟〉との戦争や他の自治区へ治安維持の兵力として送り込まれている。若年労働力を奪われた少数民族の村落共同体が、急速に痩(やせ)衰え、荒廃してゆくことを承知でね。
 軍は各地の自治区から、人と資源を凄まじい勢いで収奪し、それを対外戦争という博打に突っ込んで、〈帝国〉国内に対して『祖国防衛』の担い手という揺るぎない地位を手にする──それを、中原(ハートランド)での権勢の源泉としているんです」
「………………」
 カオは内政面から見た対〈同盟〉戦争の意味──あるいは、軍にとっての「戦争」という事業のビジネスモデルを、驚くほど鮮やかに指摘してのけた。
 しかし、そうであるなら──
「軍と対抗する勢力は、軍の辺境経営の妨害をして、その経営を破綻させてやれば……」
「そう。廻り廻って、中原(ハートランド)での軍の権勢を弱める事ができる」
 カオは頷いた。
「そんな馬鹿な! 貴方の国は外国と戦争をしているんですよ!」
「〈帝国〉(このくに)に外交なるものは存在しない。すべては内政にとっていかなる意味を持つのか、その一点においてでのみ評価される──皇族や貴族達の世界観なんてそんなものです。
 戦争だって、軍が勝手に始めたことだと思ってる。彼等は自分達には関係ない話だと思ってるんです」
「だとしても、自分の国の治安を自分達で乱すだなんて」
「彼等は辺境領を『自分の国』だとは思っていない。中原(ハートランド)以外は所詮、化外の地だ。そこに生きる人々が死のうが生きようが、知ったことではない。
 それが彼等の──いや、軍も含めて、この国の中央で権力を握っている連中の国家観です。
 だから、軍が経営に失敗して領土を手放しても、中原(ハートランド)での権勢を握ってから取り戻せばいいくらいにしか考えてない。
 少なくとも、私が会った中央の皇族や貴族はひとり残らずそうだった──勿論、チャオ殿下も含めてね」
「チャオ殿下は、このまま本気で辺境領を混乱に陥れるつもりなの?」
「本気ですよ」カオは頷いた。
「と、同時に、本気なんかであるものですか。
 何度も繰り返しますが、辺境領経営は軍の利権構造の柱だ。そこに本気で手を突っ込めば、相手も本気にならざる得ない。
 だから、私達に叛乱を指(し)嗾(そう)された部族は、皆、あらかじめ蜂起が失敗するように仕組まれていた。最初の一撃で軍の神経を逆撫でした後は、集落ごと軍に嬲(なぶり)殺しにされるよう、慎重に調整されていた。決して本気の武装蜂起で軍や行政機関に大打撃を与えることのないよう、調整され、制御されていた。
 幾度かの蜂起と弾圧を経て、やがて地元住民がそれとなく不服従(サボタージュ)を行い、週にひとりづつ、軍人が物陰から襲われて殺される──そんな風に、軍の統治コストがじんわりと上昇して、中央の軍官僚達の神経を徐々に苛立たせるような状況へ持ち込めれば、それがベストだと教えられました。
 重要なのは、こちらが好きな時、好きな場所で火を付けて、火の勢いを自在にコントロールできるとアピールすること。
 そう。彼等の最終的な目的は、軍を取引(ディール)の場に引き摺りだすことであって、軍と正面切って殴り合うことではないのです」
「………………」
 つまりはすべて、中原(ハートランド)でのくだらない権力闘争のため。
 そんなもののために、辺境領に住まう無辜の少数民族達の人生を弄(もてあそ)び、踏みにじってきたというのか。
 フェリアは言い知れない怒りを覚え、目が眩(くら)みそうになった。
「そして、貴女がこうしてここにいるということは、おそらくその取引(ディール)がいよいよ大詰めを迎えたということなのでしょう」
「……どういう意味ですか?」
「貴方と私の婚約は、チャオ殿下の仕掛けるこの取引(ディール)に、第三のプレイヤーとして〈王国〉を捲き込むことを意味しています。おそらく辺境領での私の動きが軍に捕捉されつつあることを察して、新らしいプレイヤーを捲き込むことで場を荒らしにかかったんですよ。それでゲームのルールが微妙に変わりますから、その混乱の中で主導権(イニシアティブ)を掴んで取引(ディール)の流れをこちらの都合のいい方向に引っ張り込む──チャオ殿下らしいやり口だ。
〈王国〉がどこまでこの取引(ディール)の本当の意味を理解して参加してきたのかは知りません。
〈王国〉は本来、軍の進める戦争事業で利益を得ている立場である以上、軍寄りのプレイヤーであるはずだ。しかし、チャオ殿下により近いシートに貴女方は腰掛けてしまった。〈王国〉王室と〈帝国〉皇室には一〇〇年来の交流があるから、その線で単純に捲き込まれただけかもしれない。あるいは、貴女方もこの取引(ディール)で軍から何らかの譲歩や利権を得るために、あえて危なっかしい配置のシートに座ったのか。
 だが、いずれにせよ、辺境領経営だけでなく、軍の戦争事業の重要なパートナーである〈王国〉に対しても影響力を発揮できることを、私達の婚約でチャオ殿下は示すことができた。
 だから、軍は少し本気になったんです」
「少し……?」
「ええ、そうです」カオは頷いて続けた。
「まず、この地で活動している私を『事故』に見せかけて襲い、即座に『保護』を名目に拘束した。これによって、辺境領でチャオ殿下が僕にやらせている活動を、軍当局が掌握していることを示した。
 次いで〈王国〉に対しても、貴女を拉致同然にここへ連れてくることで身柄を押さえ、軍の本気度を示した。
 その上で、おそらく私達がここにいる間に〈帝都〉では軍とチャオ殿下、そして〈王国〉の三者で直接相対しての取引(ディール)が行われているはずです。勿論、チャオ殿下の手持ちのカードも、私だけではありません。多くの辺境領に張り巡らされた組織のネットワークの全体像までは、軍も把握しきれていないに違いない。
 対して軍の側も、チャオ殿下の知らないカードを切ってくるかもしれない。互いの力を示して、落とし所を探る──元より取引(ディール)とはそういうものです。
 それでどんな結論が出るのかは、僕には想像もつかない。
 チャオ殿下が望みのものを得ることができるのか、逆に軍にその動きを封じ込められてしまうのか。そこで〈王国〉がどんな立ち位置を取ることになるのか。
 私達の婚約関係をどうするのかもそこで話し合われるでしょう──勿論、政治的な落とし所のひとつとしてね。
 何であれ、辺境の人々にとってはどうでもいい話です。それで彼等の生活が楽になるわけではない。それどころか、チャオ殿下の影響を排除した軍は、これまで以上に苛斂誅求を重ね、収奪を加速させるかもしれない。戦争もまだまだ続きそうですからね」
「………………」
 
 翳(かげ)のある笑みを浮かべるカオを、フェリアは痛ましい想いで見た。
 それだけでも、〈帝国〉国内の軍と皇族の抗争劇に駒のひとつとして振り廻されてきたことに、この若者がどれほど深く傷ついてきたのかが伝わってくる。
 だが、ひとつ、どうしても訊かねばならない問いがあった。そのために、彼女はこの辺境の闇の底までやってきたのだ。
 小さく息を吸ってからフェリアは訊ねた。
「……貴方は、どうされるんです?」
「どう? 先ほども言ったように、僕は貴女の婚約者にふさわしくない。チャオ殿下と軍の取引(ディール)の結果はどうあれ、僕は──」
「逃げるんですか?」
「逃げる?」
 険しい表情でこちらを睨むカオの視線に、フェリアの方こそ逃げ出したくなる。それでも踏み留まってフェリアは言葉を重ねた。
「貴方が置かれた状況は判りました。酷いお話だと思います。許し難いお話だとも思います。正直、聞いているだけで、憤りを禁じえません。
 でも、ここまでのお話で、貴方自身がどうしたいのかを、まったく仰られていません」
「だから、僕は──」
「私の婚約者として、ふさわしくない──それは伺いました。
 ですが、ふさわしいかふさわしくないかなんて、一体、誰が決めるんです?」
「……ここまでの話で、何を聞いていたんですか?」カオは苛立つように告げた。
「僕は秘密工作員として、この辺境で不安定化工作(ディスタビライズ・オペレーション)に従事してきた。たとえ自分自身では直接手を汚していないとしても、数え切れないほどの人々の生活を踏みにじって、多くの人々を死に追いやってきた。こんな僕が、貴方の婚約者としてふさわしいわけがない」
「だから! ふさわしくないって、決めつけてるのは貴方自身じゃないですか! 私は何も言ってない!」
「それが何だっていうんです?」
「そんなの、貴方が汚れた自分を直視できないってだけじゃないですか。だから、逃げるなって言ってるんです!」
 カオの瞳を真っ向から見据え、必死の想いでフェリアは叫ぶ。
 一瞬、カオの死んだような瞳に動揺の色が走る。
 フェリアは畳みかけるように続けた。
「私は第5研究室での普段の貴方が、あの穏やかな日々を過ごす貴方が、ウソ偽りの存在だったとは思いません。
 それに貴方は自分のしてきたことにそんなに苦しんでるじゃないですか。
 貴方はあの研究室で私に、辺境に住む少数民族の人々の生活が、本当はどんなに豊かなものなのかを話してくれましたよね。彼等の文化や歴史、伝承──それらは文明化された私達自身の暮らしにとっても、大切なものだって。私達が日々の暮らしの中で見落としてしまったものを取り戻すために、彼等の生活から学ばねばならないものは少なくないのだと。
 それはウソではないのでしょう? だから、貴方はそんなに苦しんでいるのでしょう?
 そうやって苦しむ心のある人が、価値のない人間だなんて私は認めません。
 カオ殿下、貴方は本当は何がしたかったんですか?
 それを話してください。
 私は、そのためにここまで来たんです」
「僕は……」カオは苦しそうに表情を歪めた。
「僕は、ただ自分がどこからきたのかを確かめたかっただけだ。
 父親への拝謁も許されず、母も幼い頃に亡くして、僕に遺されていたのはこの身に流れる血だけだった。
 だから、最初は母の郷里の少数民族居留地に行って……だけど、そこでの生活の厳しさに驚いた僕は、せめて中央と辺境領の懸け橋になれればと、教授に話したら、チャオ殿下に会わせてやると──」
 そうやって、チャオ殿下の組織に引き摺りこまれたのだ。フェリアは本気で吐き気を堪えがたくなりつつあった。どこまで人の善意や純真さを踏みにじれば気が済むのだ。
「ならば、そこへ戻ればいいわ。そこからやりなおしましょう。もう一度、はじめから」
「できない」カオは泣きそうな表情で首を振った。
「もう戻れない。皆、死んでしまった。皆、殺されてしまった。母の郷里の集落は、最初に標的にされた。僕に後戻りさせないために、奴らが最初に標的にして、軍に襲わせて焼き尽くされた──」
「………………」
 そこまでやるのか。そこまでして、この若者を支配したかったのか。こうやって罪悪感で魂の奥底までがんじ搦(がら)めにして、チャオ殿下とその一党はこの若者をいいように利用してきたのだ。
 フェリアは激しい怒りに背中を押されるように、一歩、足を踏み出した。
「違う! 貴方はいつだって戻れるし、戻らなきゃいけない。あんな奴らの言いなりになって、あんな奴らの思い通りになって、それでいいの?」
 その気迫に、カオがわずかに後ずさる。フェリアはなお一歩踏み込み、そしてその掌を取って言った。
「貴方は生きてるじゃない。貴方は生きて、こうして苦しんでいるじゃない。ここにこうして生きている貴方がいるのなら、そこから始めることはできるはずよ」
「君は判っていない! 軍や国家を巡る権力闘争(パワー・ゲーム)に、個人が抗(あらが)ってどうなるものじゃない!」
「だからってこうして流されて、自分の気持ちにウソを吐いて、傷ついたり、傷つけられたりをこのまま延々と繰り返して……それでいいわけがないじゃないですか!」
「他に選択肢なんかない」
「いいえ、あります」
 カオの両掌を掴んで、フェリアはまっすぐに見つめて告げた。
「私が、貴方の選択肢になります」
 
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