積読日記

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2014年度10月分総評

10月の鑑賞本数は28本。月間鑑賞本数としてこの年最多なのは、インド映画の祭典IFFJ2014(公式http://indianfilmfestivaljapan.com/ )で10本も観てるせいですね(それ以外にもインド映画をもう2本、インドねたのハリウッド映画wを1本観てますが)。
とはいえ、この月のMVPはフィリップ・シーモア・ホフマンの遺作にして、スパイ小説の大家ジョン・ル・カレ原作のエスピオナージュ映画『誰よりも狙われた男』です。

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IFFJ2014の話はちょっと後でやるとして、それ以外の作品としては、まずクリント・イーストウッド監督『ジャージー・ボーイズ』。音楽で結ばれた若者たちの青春と人生の物語で、こういうのに弱いお年頃なものでw まぁ、原作の舞台の方が出来がいいと、本国での評価は微妙だったようですが。
次にデンゼル・ワシントン主演の米国版必殺仕事人もの『イコライザー』。ジャンル映画としてはベタな話を、逃げずに徹底的にやりきったことで、中高年層男性の中2魂を直撃したためか、その層の評者がやたら推してた印象がw いや、自分も大好物でしたが(わはは)。
 
ハリウッド映画以外では、韓国映画が4本。いずれも個性があって面白かったんですが、キム・ギドク脚本で韓国に潜入した北朝鮮工作員の偽装家族もの『レッド・ファミリー』が「おもろうて、やがて哀しき偽物ファミリー喜劇」で面白かったですね。……まぁ、似たような設定のアイドル映画『シークレット・ミッション』も併せて、コメディ企画なのに結局重い落ちにしてしまうのは、韓国映画故なのか、テーマが南北問題だからなのか。
逆にイ・ジョンボム監督、チャン・ドンゴン主演の『アジョシ』コンビによる『泣く男』は、一応、韓国人と韓国を舞台にしたアクション映画で言語も韓国語の映画なんだけど、ドメスティックな匂いをほとんど感じさせない無国籍アクションに仕上がっていて、同じ脚本と演出で、日本でも中国でもタイでも、どこを舞台してもどうとでも話が成立する構造の作品でした。お話も面白かったんですが、その作劇指向自体が興味深い作品でした。
実際に制作実態は韓国映画で、中国人とか日本人主役の映画とか撮られ始めています。ドラマとかバラエティー番組では、日本も似たようなビジネスをやってますし、ハリウッドなんかは全世界を対象にこのビジネスモデルを展開している。
韓国では逆にフランス映画とか香港映画の近作をリメイクしていたりもして、「映画の国際化」って、単純に自国映画が世界中でヒットするというだけでない時代になってきています。
そうした時代だからこそ通用する「無国籍アクション」の可能性とか、ビジネスチャンスとかの視点から見ても面白い作品した。
 
さてIFFJ2014の話に絡めて、昨年の(自分が観た)インド映画についての総括をここでしておきましょう。
既に『バルフィ!人生に唄えば』については8月の総評で言及していますが、2014年は多様な作品が日本で公開され、インド映画の奥行きの深さを実感できた年であったと思います。
象徴的な作品が、『チェンナイ・エクスプレス~愛と勇気のヒーロー誕生~』。インド映画界のイケメン・スター筆頭シャー・ルク・カーン兄貴の2014年唯一の日本公開作品で、大都会のムンバイから長距離列車「チェンナイ・エクスプレス」に乗って向かった先の田舎のチェンナイで恋と冒険に巻き込まれるというお話で、出来としてはそこそこw
ただこの映画を観ると、インドという国がいかに広大で、社会的な発展度合とか成熟度がバラバラかが一目で理解できます。映画としての誇張もある程度あるんでしょうが、少なくともインドで「田舎」と言えば、「いまだに地方豪族が政治や警察にも大きな影響力を持って、好き勝手に振る舞っている」というイメージをインド人自身が抱いていることが前提で、この映画は成立しています。国土が大きく、人口も大きいので、近代化が均一に進んでいるわけではないんですね。
似たような「田舎観」の映画はIFFJ2014で観た作品群にも多く見られ、西側先進国とほぼ同じ価値観が通用する都市部といまだ前近代から抜け出し切れていない地方。更には家庭内でも親子で価値観も違う。
大変だなと思うと同時に、そうした価値観の相克は魅力的な物語の源泉でもあります。
その前年2013年は、シャー・ルク・カーン兄貴主演作を中心とする、都市部の若い観客向きの洗練された作品が多かった反動か、2014年は『ダバング-大胆不敵-』のような、粗野かつパワフルな作品が多く公開され、同時に都市の「専業主婦」が主役の『マダム・イン・ニューヨーク』『めぐり逢わせのお弁当』などが公開されてもいる。
年間1200本も公開されているインド映画から、日本で公開されている映画は選りすぐりのごく一部の作品なんでしょうが、それでもぼんやりとインド映画の全体像が見えてくる程度の本数は公開されるようになってきた現状は、ファンとして非常に喜ばしい一年であったと思います。
この調子で、2015年もインド映画の公開本数が増えるといいな。
 
……あ、肝心のIFFJ2014の話をほとんどしていない(^^::
ええと、率直に言って出来としては玉石混交だったんですが(汗)、むしろインド映画の現在をざっと把握するには、このくらい多様なほうがありがたいというラインナップでした。
特にインド映画で、若者向けの映画ジャンルとして「学園もの」が明確に成立していることが確認できたのは収穫でしたね。5月公開の『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』は、これだけが単独で成立しているわけではなかったのかと。いや、2013年に日本でもヒットした『きっと、うまくいく』も学園ドラマでしたが、イケメンが主役で恋愛要素多めの、より女性向け(はっきり少女マンガ寄りと言ってもいい)のスタンスの作品ジャンルとして、です。
特にこのIFFJ2014で観た『友情』は、監督さんは若い女性だし(EDでちっちゃい子ども連れでカメラ覗いてるメイキングのスチールが流れるw)、インド映画にしてはちょっと可愛い系のイケメン男子主役で学園の存続を賭けた競技に挑みつつ、クラスメートの女の子と恋愛もし、イケメン男子同士のいちゃいちゃもやるwという、これも『花より男子』系のゴージャス学園もの。……これがインドで通用するなら、日本の少女マンガもインドで通用するよなぁ。
ちなみにIFFJ2014での自分のいち推しは、農地改革による地方豪族解体の時代の混乱を背景としつつオー・ヘンリーの『最後の一葉』をやるという、歴史ロマンス『略奪者』なんですが、さすがにこれ以上、引っ張るのはまずいのでここまで。
歌も踊りもない、名作映画の風格さえ漂う落ち着いた切ないロマンス映画ですが、観る機会のある方が是非。(せめてDVD化だけでもして欲しい!)
 
そんなわけで、さんざん引っ張りましたがこの10月のMVPは、韓国映画でもインド映画でもない、米英独合作の『誰よりも狙われた男』です。
ジョン・ル・カレ原作作品としては、2012年に東西冷戦たけなわの時代を舞台とした『裏切りのサーカス』がありましたが、あちらが今や時代劇に近いスパイ映画とすれば、本作はいまだに切れば血の出る現代の対テロ戦を描く映画。
とは言うものの、銃撃戦とかは一切なし。中年のおっさん捜査官を主人公に、テロリストではなくテロリストに薄くつながる人々を監視し、拘束し、尋問し、説得して、ひたすら地道に「上流」へと人間関係の糸をたどってゆくというお話です。
舞台となるのは中近東からの移民を多く受け入れたことで、イスラム過激派のヨーロッパでの策源地と化したドイツ。ロシアや東欧を経済圏に組み込むことで、東西統一後の経済発展をなしとげつつ、いまだに東西冷戦の遺産として優れた諜報機関が存在していて、しかし駐留米軍の存在に象徴される米国の影響力もある。
まさしく、歴史と政治の結節点(ノード)となる土地であるからこそ、ここで何が起こっているかを描くことは、現代の国際政治の構造と矛盾を鮮やかに描き出すことになるのです。
特に本作で描かれるのは、テロという暴力そのものではなく、そこへと遠くつながる人々を、公安機関、更に言ってしまえば市民社会はどう扱うべきかという問題です。
彼ら彼女らは、別段、イスラム過激派の暴力的な主張を全面肯定しているわけではないんですね。でも、このままではいけないという問題意識は持ってる。むしろ「善意」から、自分にできることをしようとしているに過ぎない。しかし、それが複雑な経路をたどって「テロ」に届くと知っている(思い込んでいる?)治安当局は、彼らを監視し、利用し、組織によっては拉致し拷問までして情報を吐き出させようとする。
昨今のフランスの事件の例を引くまでもなく、「テロが悪だ」と言うことは社会コンセンサスが得られるとは思うけれど、それを徹底的に殲滅しようと突き詰めると、最終的には思想信条の自由を否定する全体主義に行き着かざるえない。それもまた、「テロ」とは別の形の市民社会の否定です。
民主主義社会における公安活動とは、非常にきわどいグレーな領域で行われる、矛盾の塊なのです。
自身の知略でその矛盾を抑え込こうもうとしたベテラン捜査官が最後に目にしたもの、そしてそれを前にした渾身の憤怒と慟哭こそ本作のまさにキモ。
それは自身の仕事を否定された職業人(プロフェッショナル)としての怒りと同時に、矛盾と悲劇に満ちた現代という時代に対する「人間」の怒りそのものとも言ってもいいでしょう。
イスラム国爆誕にさんざんに引っ掻き回されている国際政治(特に欧州・中東情勢)という2014年という時代にこれを語るという意義。
そしてエンドロールが流れた後も、重く、後を引く苦い後味を評価して、また本作が遺作となった名優名優フィリップ・シーモア・ホフマン渾身の演技にも敬意を表して、本作をこの月のMVPとさせていただきます。
 
……案の定、また長くなった。
次は、次こそはもっとシンプルに、したい、んですが(ガクリ