積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第6回

0-6

 
「……で?」
「どうしても嫌なら、別の相手を用意すると」
「はぁ」
「四三歳の第8皇子か、十二歳になったばかりの皇帝のお孫さんのどちらかを選べと言われました」
「それはまた大変ですねぇ」
 目の前で大平楽な物言いを口にするカオに、フェリアは鋭く噛みついた。
「貴方だって当事者なんですよ!?」
「判ってますよ」カオは欠伸を噛み殺しながら言った。
「こっちもあの後、帝室官房の役人がここに乗り込んできて、朝まで説教喰らってましたから。ったく、こっちは三日寝てないってのに──あれ? 昨晩含めて四日だったっけか……」
 指折り数えるうちに面倒になったのか、天を仰ぎ──そのままいびきを立てはじめる。
「寝ないでください!」
「はっ……いや、申しわけない」
 そう言ってテーブルの上のカップを取り、例の謎の南方茶を啜る。 
「このお茶は、南方の遊牧民が馬に乗って移動するときに、必ず持ってゆくお茶なんです。彼等は一昼夜、馬から降りずに移動することもしょっちゅうなので、馬上で寝てしまわないように、このお茶を──」
「別にお茶の話をしにきたんじゃありません」
 翌朝、他の予定を全部破棄してカオの元に押しかけたフェリアは、ベッド代わりのソファーから転げ落ちて床で毛布に包まっていた彼を叩き起こした。
 状況が状況なので、早急に善後策を講じなければならない。それには当事者であるカオも参加してもらった方が話も早かろう、と研究室に押しかけたまでは良かったが、当のカオがこの有様ではどうもあまり当てになりそうになかった。
 深々と溜息を吐(つ)いてから、それでも訊くだけ聞いてみようと、フェリアは訊ねた。
「それで、その帝室官房の方とは、何を話したんですか?」
「いや……このままだと貴女と格式が釣り合わないから、教授にしてやるとか。僕の名前をつけた大きな研究所を作ってやる、〈王国〉の金で、とか何とか」
 何だ、それは。
「嫌なら大学にいられないようにしてやる、とか脅されもしたな。まいったなぁ、今時、こんな研究、他校(よそ)じゃどこも引きとってくれないだろうし」
「……そもそも、何の研究をされているのですか?」
 頭を抱えるカオに、フェリアは素朴な質問をぶつけた。
「一応、『法学部』の所属と伺ってますけど、フィールドワークであちこち外にも出られてるようですし、部屋にある本も民俗学関連のものが少なくないようですが──」
「ああ、よく気付かれましたね」
 よくぞ訊いてくれたとばかりに破顔し、喜々として答え始める。
「私が研究しているのは、部族法の研究です」
「部……何ですか?」
「原始法研究ともいいますが……各地の少数民族に残る慣習法の成り立ちなどを研究することで、法律が形成されて社会に定着する過程を明らかにするんです。確かに法学の本流より、文化人類学や比較民俗学の方に近いかも知れません。ですが、こうした研究を積み重ねてゆくことによって、社会に受け入れられやすい法の在り様を探るという──あれ、つまらないですか?」
「いえ、ご立派な研究だと思います……」
 こちらから訊いておいて何だが、この際、どうでもいいと言えばどうでもいい話だったなと胸の裡(うち)で呟く。
「それで、フィールドワークに出かけられることが多いんですね」
「ええ、辺境の少数民族社会も急速に文明化が進んでいて、古くからの部族法も否定されたり、消滅しはじめたりしてますからね。せめて伝承として語り継ぐ古老達が生存している今のうちに、少しでも多く記録を採取しておきたいんですよ」
「はぁ……」
 確かに、なかなかに地味で認められそうにない分野ではあるが。
 と、急にカオが表情を暗くして呟いた。
「……でも、それもここまでですかね」
「え?」
「大学を追い出されたら、とても自費で研究なんかできません。一回、フィールドワークに出たら、旅費だけで生活費なんかふっとんじゃいますから」
「……帝室からそれなりの額の生活費が出てらっしゃるんじゃないんですか?」
 11番目とはいえ、曲がりなりにも超大国〈帝国〉の皇位継承者なのだ。この程度の研究活動を維持できるくらいの給付は、受けているのではないか。
「ああ、外国の方には判りづらいのかもしれませんね。
 実は三〇年前の宮廷革命で、帝室の資産はごっそり削られちゃってるんですよ。荘園もほとんど接収されてしまって、貴族の数もかなり整理されてしまいました。
 そこに加えて、今の皇帝──まぁ、僕の父親でもあるんですが、これがよせばいいのに、あちこちに子供を作ってて、宮廷の女官に手を出してできた僕くらいの庶子の子供には、ほんのお情け程度の給付しか出てないんです。
 それも今度の戦争が始まってからは、経費節減だとかで、何だかんだと削られる一方で……」
「………………」
 とても一国の皇族の身の上話とは思えない、しょぼくれた話になってしまった。
「でも、私との結婚を拒んだら、大学を追い出されるってのは、いくらなんでも……」
「それだけ、今度は彼等も本気だってことですよ。〈王国〉との関係は、戦争の行方を左右しかねませんからね。
 それに僕の研究は、国からはあまりよく見られてませんし」
「何でです? 大変そうですけど、それなりに意義のある研究のように思いますけど」
 カオは苦笑して説明する。
「この国の大部分の人にとって、辺境の少数民族がどんな文化を持ってるかなんて気にならないんですよ。むしろ、みんな中原(ハートランド)と同じ言葉を喋って、同じ服を着て、同じ生活をすればいいと思ってる。その方が、幸せに暮らせるのに何でそうしないのだろう、くらいに考えてる。
 僕のやっていることは、それとは逆なんです。そうじゃない。それで失われるものだってある。それは時に社会全体にとっても大切なものなんだよ、ってことを世の中に知らしめようとする研究なんです。
 でも、そういう研究は、この国ではいろいろと認められにくい。
 特に今みたいに、皆が戦争に向かってひとつの方向を向かなくちゃいけないって、世の中が思い定めてしまっている時代にはね」
「………………」
 フェリアはカオの言葉を複雑な想いで聞いていた。
〈帝国〉の傲慢さが、祖国である〈王国〉を過剰に脅えさせ、稼いだ富を〈帝国〉に捧げ、若者を戦場に送り込んで、今また自分を人質として嫁がせようとしている。
 だが、その嫁ぎ先である目の前の若者は、皇位継承者でありながら〈帝国〉のその傲慢な在り様に疑問を投げかけるような研究を手掛けている人物だった。
 しかし、自分との婚約が破談になれば、その研究も失われてしまう。
 何か、うまく言葉にできないけれど、それは〈帝国〉(このくに)と〈王国〉(そこく)の未来にとって、掛け替えのない何かを喪ってしまうことに繋がるような気がした。
「あ、いや、だからって気にしなくて結構ですよ」
 じっと思いつめたように目の前の南方茶のカップを見つめるフェリアに、慌ててカオが声を掛ける。
「自分の研究テーマを変える学者なんて珍しくありませんし、フィールドワークに出る回数は減るかもしれませんけど、文献中心の研究に切り替えれば、個人で研究を続けることだって──」
 しどろもどろで言い訳めいた話をし始めるカオを無視して、フェリアは目の前のカップを掴むと、一気に仰いだ。
「あ、それはそんな一気に呑むものじゃ──」
 制止するカオの声は既に遅く、フェリアはすぐにむせ返る。
「ほら、言わんこっちゃない。このお茶は、ちょっとづつ口に含んで呑むお茶なんです。タオルがこちらにありますから──」
「私は──!」
 タオルを手に差しのべられたカオの手を振り払って、フェリアは叫ぶように言った。
「は、はい」
「私は結婚なんかしたくありません!」
「あ、え……そうでしょうね」
 いきなりのフェリアの宣言に、カオがびっくりした表情のまま頷く。
「私はまだ二〇だし、〈帝国〉(ここ)には留学に来たんです!」
「そうですか」
「周りの事情なんか知りません。関係ありません。それじゃ駄目なんですか!?」
「や……それは、僕の口からは何とも──」
 気圧されるように応えるカオへ、フェリアは再び宣言した。
「カオ殿下、私、貴方と婚約します!」
「は? いや、だって今、結婚なんかしたくないって──」
 混乱するカオに、フェリアは続けて告げる。
「婚約はしますけど、結婚はしません」
「え……それはどういう──」
 目の前の人物の察しの悪さに苛立ちながら、フェリアは説明する。
「ここで婚約を破棄してしまうと、お互いに困ったことになるみたいですし、ここは『婚約した』ということで話を通そうということです」
「いや、それは判りましたが……。でも、ほっといたらすぐにでも本当に結婚させられてしまいますよ」
「要は私が『人質』として機能していればいいんですから、『婚約』のままでも、私が〈帝国(ここ)〉にいれば、別に構わないはずです。私が卒業するまで『結婚』を待ってくれというのは、それほど無理な要求ではないと思います」
「なるほど」ぽんと手を叩いてカオが頷く。
「でも、貴女はそれでいいんですか?」
 訊ねるカオに、フェリアはむっとした表情で答える。
「それしかないから、提案してるんです」
「共通の利害に基づく同盟関係、ってわけですか」
 ふむふむと顎に手を当てて頷いていたカオは、右手を差し出した。
「いいでしょう。その話に乗りましょう」
「なら、これで婚約成立ね」
 そういってカオの右手を握ったフェリアは、はたと状況の異様さに気付き、暗澹たる気分に陥った。
 握手で婚約成立って、どんな関係なんだか……。
 
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