積読日記

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義忠『王子様とアタシ』第8回

 
    8
 
「……お見事です」崩れた壁面に背をもたれ、妖魔は微笑んだ。
「貴女の力を少し甘く見ていました。敗因はそこですね」
「すぐに封鎖空間を解除するんだ」勝ったはずなのに、命じるマモルの表情の方がよほど辛そうだった。
「ここまでの戦闘と彼女の今の攻撃で、君の魔術回路はずたずたになっているはずだ。そんな状態で封鎖空間の維持なんて、負荷が大きすぎる。激痛でのたうちまわっていてもおかしくない。今すぐ術式を解きたまえ」
 妖魔は目だけをマモルの方へ向けた。憔悴しきった顔。元の大きさに縮んだ全身は、赤黒いあざで覆われている。きっと皮膚の下で内出血を多発しているのだろう。
 だが、表情だけはひどく穏やかに、妖魔は答えた。
「嫌です」
「何故だ?」
「まぁ、ちょっとした意地ですね。ここで封鎖空間を解いたら、ルナ将軍を逃がしてしまう」
「それなら元から意味はない」マモルは首を振った。
「個人レベルで展開した封鎖空間程度、彼には何の障壁にもならない。効いた振りをしてみせたのは、彼女と僕を嵌めるためだ」
「何だ、やっぱりそうか──っ!」
 不意に妖魔がむせ、口から大量の血を吐いた。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
「内蔵をやられましたか。これは参ったな」
「だから、早く封鎖空間を──」
「ならば、私を殺しなさい」
「…………っ!」
 凍りつくマモルに、妖魔は静かに続ける。
「地上世界で貴方の身柄確保という非合法(イリーガル)な重要任務に失敗した以上、私は王国に戻れば粛清される」
「ありえない。君がどちらの王女の部下なのか知らないが、たとえ失敗したとしても、地上世界での経験は貴重なはずだ。君が粛清されねばならない理由などない」
 その否定に、妖魔は小さく鼻を鳴らして答えた。
「それがそうでもないのですよ。このところの我が主(あるじ)は、熾烈な権力闘争の影響か、激しい猜疑心に捉われるようになっていましてね。失敗云々はまあともかくとして、自分の部下が死んだことになっている貴方と接触したなどと外部に知れれば、誰にどう利用されるか判らない。おそらく、このまま戻れば処分されるでしょう」
「……僕の知るふたりの王女は、御母堂同様、どちらも周囲の人々を慈しむ心優しい姫だった」
「私の知る主(あるじ)も、戦火に焼かれた村々を巡り、復興に力を注がれた心優しくて勇敢な姫様でしたよ。奴隷商人に売られた妹を救い出し、死者を弔った墓碑の前で声を上げて泣いてくださった。心が凍りついて泣くこともできなかった私と妹は、そこで初めてやっと『泣く』という感情を取り戻せた。その日以来、私はあの主(あるじ)のためにこの身命を捧げることを誓ったのです」
「だったらなおのこと、こんなところで死んでどうするんだ!」
「さっきのルナ将軍の話」マモルの言葉が聞こえているのかどうか、妖魔は独り言のように言葉を継いでゆく。
「ええ、そうです。私のこの手も汚れている。任務遂行のために軍人や兵士だけでなく、民間人も殺してきました。子供もね、潜入工作の際に姿を見られて、殺しました。ばれれば部隊が全滅ですから。しょうがなかった。あの頃の私と妹くらいの年頃の子供たちで。部下にやらせるわけにはいかなかった。だから、この手で殺した。畜生。しょうがなかった。しょうがなかったんだ!」
 うつむいて叫ぶ妖魔は、あるいは泣いていたのかもしれない。
「判っています。ルナ将軍と同じだ。あの男が私の村を焼いたのと同じロジックに、私も、そして我が主(あるじ)も、いつしかどっぷり漬かり込んでいたんです。畜生。何をやっているんだ。何で俺はこんなところにいるんだ?」
 妖魔は顔を上げ、マモルを見た。
「王子、あなたは変わらない。何もかもが変わってゆくのに、あなたひとりが変わらない。今も自分を襲った私のような者の身まで案じている。何故です? 何故変わらないままなのです? 世界がこれほど破壊と猜疑と絶望にまみれているのに、あなたは何故変わらぬまま、無垢なままでいられるのです?
 今にして思えば、あなたの政権が長続きしなかったのも当然だ。先代クィーンの治世で生きてゆくために世俗の悪徳にまみれてきた人々にとって、あなたの存在はまぶしすぎた。あなたの存在自体が、人々にとって激烈なまでの断罪だった。だから、みんなおかしくなったんだ」
「……僕は……」
「王子……」
 妖魔は哀しげに笑いかけた後、不意にぐいとマモルの身体を抱き寄せ、刃に変形させた腕をその首筋に当てた。
「ダ──っ!」
「王子。それでも私は、貴方を王として迎えられるような世界に生まれていれば、と思いますよ」
「…………」
 マモルは何も言わず、泣き出しそうな表情でされるがままにしていた。
 アタシも飛びかかろうとするが、多分間に合わない。
「おさらばです」
 妖魔の肩に力がこもる。
 と、そこへ短い風切音が走り、妖魔の額を赤黒い点が穿(うが)った。のけぞった妖魔の身体が背後の壁に叩きつけられる。
「やれやれ。危いところでした」
 とぼけた少年声に振り返ると、ルナがぷかぷかとその場に浮いていた。
 
「ルナ! 何で、こんなことを──っ!」
 怒鳴るマモルの表情は、噴き出すような怒りに満ちていた。こんなこと、始めてだった。そんな激情が彼にも存在するなどと、思いも寄らなかった。
「何故? 主君のお命をお守りするのが、臣たる者の務めにございますれば」
 言いながら、しかしルナの台詞からは家臣から主へと向けられる敬意らしきものが、すっぽりと抜け落ちていた。それを受けるマモルの視線にも、旧臣との再会を慈しむ様子は微塵もない。
 ひどく緊張感を伴った空気にアタシが言葉を失う内に、妖魔の屍体がうっすらと薄らいでゆく。空を見上げれば、色彩を失っていた世界が一気に晴れ、淡い茜色に染まる夜明け前の空が広がってゆく。破壊の限りを尽くされた周囲の空間も、何事もなかったかのように元の閑静な住宅街へと戻ってゆく──封鎖空間が解かれたのだ。
 そしてもう一度、妖魔のいた空間に目を落とすと、もうそこには何の痕跡も残っていなかった。それを痛ましく感じてしまうのは、多少なりとアタシもこの妖魔の存在に心動かされるものがあったということなのだろうか。
「しかし、最後の最後で任務よりも忠義を選ぶとは」
「どういう意味です?」
 訊ねるマモルに、少年の声を捨て、邪悪な嗤(え)みを含んだ魔王の低音(バス)でルナが説明する。
「貴方を『連れてこい』というのが、この男の任務だった。だのにそれを無視して、王子の命を奪おうとした──貴方の存在が、主(あるじ)にとっての厄災でしかないこと悟ったのでしょう。確かにそれをやられたら、ここまで苦労して仕込んだ私の努力も水の泡だ」
「ルナ、君は──!」
「おっと、誤解なさらないでください。今度の一件、私はほとんど誰にも嘘はついていない。二人の王女も、おそらく私の存在にも、その意図にも気づいているでしょう。いずれも聡明な姫君ですからな。しかし、それがこの話の肝でもある」
「何が言いたいんだ?」
「この話はですね、王子。強度の高い、信頼の置ける情報。妥当でもっともらしく、決して間違っていない理屈。そしてシンプルなルールのゲーム。貴方の身柄を逸早く押さえたものが勝つ。うん、実にシンプル。
 しかし、この見通しのよさが曲者でしてね。自分ならうまくやれると思って、ついつい手を出してしまう──それが破滅への片道切符だとも知らず」
「ルナ、君は何がやりたいんだ」
 根気強く訊ねるマモルに、ルナは結論を口にした。
「勿論、二人の姫君に喰いあってもらって、今のクィーン政権の足元を揺さぶるのです」
「いい加減にしろ!」マモルは激高をルナに叩きつけた。
「そんなことのために彼を殺したのか!?」
「ええ。そうです」ルナはあっさりと認めた。
「死人でも出てもらわなければ、誰も本気にならない。王子もおっしゃったではないですか、政治的イシューとして、いまや、王子の存在はさほど高くはない。しかし、死人が出たとなれば、話は別だ。身内にはその死に対する説明責任が生じ、敵から見れば相手がそれほど本気になっている証(あかし)と映る。要するに掛け金(レート)が跳ね上がって、引くに引けなくなるのですよ。
 ふふ。願わくば、更なる死を。更なる流血を。本国の情勢に影響を及ぼすには、まだまだ血の量が足りませぬわ」
 聞いていて吐き気を催してきた。畜生。嬉々として人の死を語りやがって。
「もう、やめろ! そんなことに何の意味があるんだ!」
「意味ならあります。卑俗な今のクィーンの政権を覆(くつがえ)し、貴方様を再び玉座へと就ける。そのための策にございますれば」
「くだらない。王国の民は、クィーンの下で平和を取り戻そうとしている。今更、僕の出番なんかない」
 まっすぐに前を見据えて断言するマモルに、だがルナはヒステリックな哄笑を返した。
「平和? 平和? 平和ですと?
 王子、あなたは玉座に座ったご自身の経験から、何も学んでらっしゃらないのですか?
 平和とは、王子、所詮、局所的な現象でしかない。世界の全体を遍(あまね)く見渡せば、暴力は常に偏在する。局所的に暴力を排し、安定した地域や空間を作り上げても、それは他の地域や見えない領域に暴力を押し込んでいるに過ぎない。社会の在り様によってその顕(あらわ)れ方が違うというだけに過ぎませぬ。
 王の仕事とは、その在り様をデザインすること。偏在する暴力を『再配分』し、その道筋を整え、国家という系(システム)全体の安寧と発展に寄与するように、世界を作り変え、運営することです。
 王子、貴方の誤りはそこを理解しなかったことだ。局所的な現象にすぎない『平和』を全土に適用しようとすれば、無理が生じて世界が崩壊してしまうのは当たり前の話ではないですか。
 国家の役目とは、富と暴力の『再配分』に尽きる。持ち過ぎた者から取り上げ、持たざる者に配るのです。奪われた者、押し付けられた者、その本人がたとえ納得しようとしまいと」
「そんな、理不尽な真似──」
「理不尽! まさしく、そう。政治とは、統治とは、国家の運営とは、個人にとっては常に誠に理不尽なものです。たとえそれが世界の安定を保つためと聞かされたところで、誰が己が身に降りかかる不幸を納得できましょうや。
 なればこそ、王子、貴方の身に流れる血が意味を持つ」
「何が言いたい?」
「ヒトが理不尽な現実を前にして、それを素直に呑み込むには理由がいるものです。だが、己と同じ卑俗なヒトの支配者により押し付けられた理不尽では、呑み込むにもおのずと限界がある。妬(ねた)み、嫉(そね)みが知らず知らずのうちに蓄積され、社会を歪ませる。やがて、そこに為政者の意図しない暴力が吹き溜まり、世界は破綻する。
 だが、それがヒトの身ではなく神によってもたらされた苦難であるなら、ヒトはその理不尽を是として受け入れましょう。どこに向けるでもない諦観をもって、その理不尽を呑み込むでありましょう。
 しかし、日々の政(まつりごと)に神の顕現が望むべくもないのなら、せめて神にもっとも近いヒト──もっとも神聖にして高貴なる血筋の者、王子、貴方がそれを行わねばなりません。それこそが、鎮護国家の在るべき姿。美しい国とは、斯(か)く在れかし。
 その美しい国の実現のためなら、私は幾度たりと世界を劫火(ごうか)に投げ込みましょうぞ」
「…………」
 生身の人間だったら口角泡を飛ばす勢いで、熱く語るルナの台詞は、もはや狂人の戯言(ざれごと)でしかなかった。とても正気とは思えない。国家の安寧のためと言いながら、その理想の国家像のためなら何度でも世界を滅ぼすなどと口にする辺りなど、滅茶苦茶だ。
 だが、狂人の論理が得てして妙な説得力を持つように、アタシ達が圧倒されたのも事実だった。
「……ルナ、君は何故、そこまで今の世界を憎むんだ? 何があったんだ? 王国随一の忠臣とまで謳われた君をそこまで絶望させたものは、何だ?」
「王子、私は今でも王室の藩屏にございますよ。戦塵にまみれた生身の身体で、ご祖父君とともに王国の山野を駆け巡ったあの頃と、何ひとつ変わってはおりませぬ。仕えるに足る聡明なる主君に恵まれ、共に死線を越えた得がたい戦友達に囲まれ、斃(たお)すべき強敵は尽きることなく、護るべき民と愛すべき山野に満たされたあの至福の日々は、私の一生の誇りでございます。
 しかし、いずれ語る時が参りましょう。今の王国の民どもがいかに唾棄すべき存在かを。
 それを知れば王子、貴方にもご理解いただけるはずだ。
 彼奴らは一度、滅びねばならない。絶望にのた打ち回りながら、己が人生の理不尽さを呪いながら滅びねばならない。阿鼻叫喚の地獄の中で、あらゆる苦痛とともに血の海に沈まねばならない。
 その山野に折り重なる屍(かばね)を礎(いしずえ)にしてこそ、在るべき法と秩序と王家への忠誠によってなる、真の美しい国が立ち上がるのです」
 中空に浮かんだまま謳い上げるようにぶち上げると、ぬいぐるみは嬉しげにくるくるとしばらくその場で旋回し、やがてぴたりとこちらを向いて静止した。
「しかし、今はまだその刻(とき)ではない。
 さあ、そろそろ今宵のステージも幕といたしましょう。
 この老臣めにはやることが山のようにあるのです。次のステージまでに、たっぷりと仕込みをせねばなりませぬ。
 王子、貴方と貴方が選ばれた妃となる女性のために、次のステージは最高の道具立て、最高の役者、最高の舞台でおもてなしいたしましょう。悲劇と喜劇と惨劇が絶妙なハーモニーを奏でる、奇跡のようなセッションをお届けしましょう。
 是非とも、是非とも、お楽しみに。
 それでは、お二人とも、そのときまでお健やかに」
 そう告げると、ぬいぐるみはぺこりと頭を下げ──不意にぽとりと地面に落ちた。
 それを見て、アタシ達はルナが去ったことを、知った。
 
「……何なの、アレ?」
「王国随一の忠臣、敵からも賞賛される忠義仁愛の将軍、僕の子供の頃から教育係で──今はただの悪霊さ」
 路上に落ちたぬいぐるみを拾い上げ、マモルは疲れたように溜息をついた。
「まぁ、以前から忠誠心で片づけるには、いささか度の過ぎるところがあったんだけど、あそこまでぶっ壊れていたとは」
「昨日今日、どうにかなったって感じでもなかったけど」
「地上(こつち)にまた亡命することになった辺りから、タガが外れてきたんだよなぁ。それでまぁ、逃げ出したんだけど。
 でも、それを言い出せば、君達を捲き込んで先代クィーンと戦わせたのだって、正気の沙汰じゃない。自分たちの国の地域紛争に、よその国の、しかも年端もいかない女の子達を捲き込むなんて。あれほど止めたのに。
 おまけに、勝手に君達に変身スーツまで与えて。あれは元々、大昔に滅んだ古代暗黒魔導帝国の聖遺物(ロストテクノロジー)で、どんな副作用があるかもろくに──」
 そこまで言いかけたマモルは、微妙な表情を向けるアタシと目が合い、うろたえたように視線を泳がせた。
「あー、今更いいよね、そんな話」
 よくねえよ。今も着てんだぞ、アタシゃ。
「いや、大丈夫。あの時は判らなかったってだけの話だから。君達の運用実験によって、安全性が立証され──」
「結局、モルモット扱いじゃねぇか!」
 一発ぶっ飛ばしてから、溜息ひとつ吐いて話題を切り替えた。
「で、どうすんの?」
「どうって……。まぁ、何とかするさ」
「んな、無責任な」
 あんな得体の知れない化け物を、マモルひとりでどうにかできるとも思えないのだけど。
「う〜ん……まぁ、ただ、ルナがどんな仕掛けを考えているにせよ、それは僕の存在を前提としてるわけだし、今日のあれで本音の部分も、ぶっ壊れ具合も掴めた。付け込む隙は多分、あるよ。後は、王国(むこう)に信頼の置けるチャネルがあれば、打つ手も広がるんだけど……やっぱり、一度、戻らないとダメか」
「いや、ルナの件もそうだけど、あんた自身がどうしたいかって話」
「…………」
 マモルは一瞬、沈痛な表情を浮かべ、それを振り払うかのように笑顔で言った。
「ルナの件に決着をつけたら、それで終わり。後は、いつもの呑気なマモルさんに戻ります」
「そんな虫のいい話が通用するわけないでしょ」アタシはきっぱりと言った。
「あんな化け物の始末、ひとりでできるはずないんだから、王国(むこう)だろうが地上(こっち)だろうが、仲間を募って立ち向かわなくちゃならないんでしょ。だけど、それはその仲間達の命や人生に責任を持つってことよ。それもいざ動き出せばいろんなところに影響が出始めるから、すぐににっちもさっちも行かなくなる。片が付いたら片が付いたで、こんな大仕事、後始末だって簡単に済むはずがない。仕事ってのは、何だってそんなものよ。
 それはあんただって判っているから、アタシん家でヒモみたいな生活してたんでしょ。世界とコミットしなければ、誰も傷つけなくて済むから。自分が傷つかなくて済むから」
 言いながら、でもそれはマモルだけの話でないことにも気づいていた。アタシだって、「生きてゆくため」と言い訳しながら、日々の忙しさの中で自分の人生ときちんと向かい合うことをしなくなっていた。いや、もしかすると、向かい合いたくないからこそ、忙しさにかまけていたのかも。
 アタシこそ、どうしたいの?
「アミ……」
「でも、もう終わり。バカンス気分は今日で終了。こっから先のこと、ちゃんと考えなきゃ。
 それでも『どうしたい?』って質問が漠然とし過ぎてるってんなら、たったひとつだけの質問で許したげる」
 アタシはちょっとだけ息を吸って、訊いた。
「アタシをどうしたいの?」
 マモルが息を呑むのが判った。勿論、ずるい質問だってことは判っている。それはアタシ自身が出さなきゃいけない答えでもあるのだ。だけど、それだけに今のマモルにとって、もっとも必要な問いで、もっとも乗り越えなければならない問いだってことも判っていた。
 マモルはどう答えるだろうか。
 アタシから一度逃げ出して、結局、戻ってきたこの男は、どんな答えを口にするのだろう。
 今度もまた逃げることを選ぶのか。
 それは世界からなのか、アタシからなのか、あるいは自分自身からなのか。
 それとも、別の選択をするのだろうか。
 そして、その選択をアタシはどう受け留めるのだろう?
 たぶん、その答えはその瞬間にしかないことを、アタシは知っていた。
 マモルがじっとこちらを見つめている。
 その瞳に映るのは、はじめは問いへの驚き、動揺、迷い、怯え──だけど、それはすべてアタシ自身の中に在るものでもあった。
 だから最後に、それが静かで、揺るぎない確信へと移り変ってゆくその道筋を、アタシも自然に辿ることができた。
 だからマモルが何も言わずアタシの手を取ったとき、それを迷いなく受け入れていた。
 
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