積読日記

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虚淵玄『ブラック・ラグーン シェイターネ・バーディ (ガガガ文庫)』

ブラック・ラグーン シェイターネ・バーディ (ガガガ文庫)

ブラック・ラグーン シェイターネ・バーディ (ガガガ文庫)

 ノベライズの肝はいろいろあるのだろうけど、成功するポイントのひとつとしては「本編と同じ情報密度(カキコミ)を維持する」というのがあるのではないかと思う。
 
 それは人物描写などもそうなのだが、背景世界に対する理解の深さが求められ、実はそこを蔑ろにすると、読者に舐められる。
 その点、以前、同じ小学館から出た『Banana fish (1) (小学館文庫)』のノベライズは酷かった。あの作品はCIA創設以来の中南米を舞台にしたマフィアとのずぶずぶの関係の系譜だとか、洗脳に執着するCIA科学技術本部のブラック・オペレーションとか、更に言えば、冷戦のある側面を総括する視点だとかが本来含まれていたはずなのだが、その辺のコンテキストがすっぽり抜け落ちた原作の表層をなぞるだけの作品と成り果てていた。本気でやるなら、ジェイムズ・エルロイ張りの上質の暗黒小説(ノワール)として語れる可能性すらあったのだが、まぁ、駆け出しのライターに任せる仕事じゃないよな。
 
Banana fish (1) (小学館文庫)』の話はさておき、そうは言っても原作を解題して別物にしてしまっては「ファングッズ」としてはやりすぎなので、小説担当の作者の人選が重要になってくる。
 その点、本作の小説を担当した虚淵玄は、デビュー作の『ファントム ~integration~ 通常版』以来、ハードなガンアクションと冥く冷たい暗黒小説(ノワール)、そしてそこでしか語れない独特の熱量のこもる物語を描き続けてきた作家で、言うなれば原作者と同じ魂を持つ作家としてこれ以上ない選択だ。大体、現実度(アクチュアリティ)の高い国際情勢への理解と、マカロニ・ウェスタンと香港・武侠映画への愛情がここまで深く共存している作家なぞ、他にいまい。
 と同時に、原作の持つ、真面目とおふざけの絶妙なバランス感覚も、見事に再現されていて素晴らしい。
(おそらく)911直前の国際政治のエアポケットとして「悪党どもの楽園」と化しているタイの港町「ロアナプラ」を舞台とするという情報強度の高い作品でありながら、FARCコロンビア革命軍)の元テロリストだった重武装のメイドとか、残虐な快楽殺人者として育てられた美形双子とか、美少女組長に率いられたヤクザ組織とか、一歩間違えると作品世界をぶっ壊しかねない極めてケレン度の高いネタを自在に投入してなお、暗黒小説(ノワール)としての現実度(アクチュアリティ)を失わないというバランス感覚は本作にも受け継がれている。
 当たり前の顔でカリブ海族の末裔の巨乳海賊とか、ブログ狂のラッパー・ガンマンだとか、ニンジャ(笑)とか、タンゴ三兄弟とかのアレでナニな奇人変人のアウトローを次々に投入しながら、こんな無茶をやってちゃんと暗黒小説(ノワール)として苦く泣かせて落とすことの出来るこの「ロアナプラ」という舞台は、確かに滅多にない使い勝手の良い舞台だ。
 原作のファンとしても納得度が高く、しかし虚淵玄の新作としても充分に満足できる、非常に幸福なコラボレーション作品となった。
 
 惜しむらくは、虚淵玄の売れっ子具合からして、そうそう続きは出ないだろうなということだが……。
 いや、虚淵ファンとしてもオリジナル作品を読みたいので、出来がいいだけに素直に喜んでいいものかどうか。う〜ん。