著者:エレナ・ジョリー/訳:山本知子『カラシニコフ自伝 世界一有名な銃を創った男 (朝日新書 106)』
カラシニコフ自伝 世界一有名な銃を創った男 (朝日新書 106)
- 作者: エレナ・ジョリー,山本知子
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著者はこのカラシニコフ氏の孫娘の友人のフランス人ジャーナリストとのことで、カラシニコフ老人の立志伝中の物語を聞き書きで記したものだ。
まぁ、低い工作精度の工場でも容易に作れ、荒っぽい戦場の戦塵にまみれてもきちんと稼動するというこの自動小銃の様々な伝説は、よくよくこの銃の基本設計が優れていることを示しているのだが、それは同時に中国の地方軍管区の系列下の工場だの、バンジシール渓谷の聖戦士(ムジャヒディーン)の武器工房でも作れるということであり、開発者や開発国の知らぬ間に膨大な数の銃を量産されてしまい得る、ということでもある。
それがチェチェンやチベットの弾圧だの、ダルフールの虐殺だの、あちこちの内戦だの民族浄化(エスニック・クレンジング)だのの現場でこの銃が溢れかえっている原因となっているわけで、彼のしでかしたことは、言ってみればパンドラの箱を開けてしまったようなものだ。カラシニコフ老人本人は、この手のコピー製品から「自分は1コペイカも貰っていない」と胸を張るわけなのだが、それで済む話ではなかろう。
とはいえ、人生の最後になって、こんな悪夢の責任を負えといわれるというのも、たいがい酷い話ではあるが……。
その辺を除くと、よくある老人の立志伝中の昔話で、こういうのは洋の東西を問わないらしい。
コーカサスの富裕農民の息子として生まれ、ロシア革命の余波でシベリアに追放され、そこから脱走して対独戦に従軍し、負傷して後方で療養中に機械発明の才能を見出され、軍の自動小銃開発コンペに参加してゆくという、彼の若い頃の出世物語は、単純な出世物語というだけでなく、当時のソ連の兵器開発のプロセスが意外とフレキシブルで民主的だった事を示しており非常に興味深い。
特にコンペ中に各銃の主任設計者達が互いの銃を手に取って、自由に意見交換を行っていたというのは、西側では考えられない話である。
それと後年、最高会議代議員に選ばれていた時代は、地元の細々とした要望を取りまとめて中央に持ち込むという点で、日本の代議士とやっていることがほとんど変わらない。勿論、この最高会議代議員への選出は共産党の慎重な事前審査を通過した者のみなので、その意味で民主度は低いのだが、社会主義、共産主義といった全体主義国家といえども、こうしたシステムを組み込んでおかないと機能しないということなのだろう。
そういった意味で、私達が固定観念として捉えていた「旧ソ連」という国家像に、違った側面を見せてくれるという点で本書は非常に面白い。
あとこの本の構成として、一通り老人がその人生が語り終えた後、「雑記」として時系列バラバラに語り残した様々な場面を断片的に語るのだが、何だがカートヴォネガットの『スローターハウス5 (ハヤカワ文庫SF ウ 4-3) (ハヤカワ文庫 SF 302)』を思わせるというか、老人の午睡の夢という感じで何だか微笑ましい。
自分の母方の祖父も海軍の技研に勤めていた技術者だったので、読んでいて元気だった頃の祖父の昔語りを聞いているような気分になった。
しかし、彼の開けた「パンドラの箱」は、原爆の発明に匹敵するほどの最悪なものであったのも事実である。
と同時に、それを為したのは、どこにでもいるようなただのひとりの老人でもあるのだ。
人間という生き物の「業」というものを、ちょっと考え込まさせる一冊でもある。