積読日記

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監督:新海 誠『秒速5センチメートル』


「秒速5センチメートル」予告編HD
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秒速5センチメートル [Blu-ray]

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秒速5センチメートル

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One more time,One more chance 「秒速5センチメートル」Special Edition

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 都内では唯一の上映館となる渋谷シネマライズの公開初日、15時前の回。事前予約の総入れ替え制なので特に並ぶことなく入場。監督の舞台挨拶もあるし、当然のことながら満員だったものの、舞台挨拶のMCの話によると明日2日目はまだ若干の席に余裕があるそうな。
 舞台挨拶といっても監督、スタッフの顔見世くらいだったので特にレポートするほどの話はないのだけど、現場はかなり余裕のある環境での作業だったらしく、その点でスタッフが新海監督を褒めちぎっていたのが印象的だった。
 
 で、いよいよ本篇の上映開始。
 うん、素晴らしい。70分弱で3連作という構成もあってか、前作よりはるかにまとまりがよく、全編最後の一瞬までテンションを保ち続けた佳作。
 新海作品のまさに新骨頂である透徹した透明感のある美術と、いっそメロディアスな響きすら帯びたダイアログが醸し出す空気と空間にも磨きがかかり、息をするのも忘れるほどスクリーンを見つめ続けた70分だった。
 おそらく、DVDも買っちゃうんだろうなぁ。時間があれば、もう一回くらい観に行ってしまうかも。
 でありながら、観終わった後の感想は、まぁ、何というか、身につまされたというか、しょんぼりとした気分にさせられたというか……。
 以下、ネタバレにつき、未見の方は厳重注意!
 さて、詳しいあらすじの方は公式サイトをご覧いただくとして、基本的には『ほしのこえ』からSF成分を抜いて語りなおしたようなお話。美しい話ではあるのだけど、遠くの彼女を想い続け、前に進めなくなってしまう男の話でもあるという意味でね。
ほしのこえ』の場合、取ってつけたような設定ではあったけど、ふたりを隔てるSF的な大状況の壁があったので、ヘタレて鬱屈する主人公にも同情の余地があったのだけど、今回の話の場合、種子島に「島流し」にあっていた高校生時代の第2話「コスモナウト」まではともかく、上京した大学生以降はいつでも会いに行けたわけで……。
 しかも、第2話で憂いを帯びた美少年面で打っていたメールが彼女宛かと思いきや、「出してない」とか言い出すし。
 何つーか、ダメだ。凄くダメだ。
 いや、生理的にダメとか、そーいう話ではなくて。
 こーね、独身男を30年以上やってると、否応なく手に取るように判ってしまうわけですよ。
 第1話「桜花妙」のあまりに美しすぎる一夜の思い出に縛られて、その思い出の中の彼女を神格化して、あげくに現実の彼女とコミュニケーションが取れなくなって、目の前の幸せにも気づきもせずにスルーし、しまいに勝手に虚無感に浸って独り身を通すというダメさ加減。しかも、その間、彼女の方はちゃんと結婚までしているわけで。……。
 これの何がダメって、己の人生を振り返って、いろいろ思い当たる節が……ごにょごにょ。
 うん、やっぱりあれだよね。時々でも現実の女の子とちゃんとコミュニケーション取って、暴走しがちな妄想を適時補正しないとろくなことにならん、と。
 はぁ。俺もちゃんと前を見て生きよう。
 
 えーと、まぁ、そんな個人的に凹まされた部分はどうでもよろしくてですね。
 それ以外で今回、目に付いたのが身体性への言及の部分で、特に第2話「コスモナウト」のヒロインがサーフィン少女ということもあって、これまでの新海作品に不足がちだったその成分を一気に取り戻すかのように、ヒロインが伸び伸びと波に乗る場面など「身体を動かすこと」への歓びを表現する場面がいくつかあった。まぁ、それでも主人公の男の視点に戻ると、また内向化してしまうのだけど。
 
 新海作品は、元々、その透明でせつない空気感が魅力な半面、物語性やドラマツルギーへの欲求が希薄で、前作『雲の向こう、約束の場所』ではそれが91分という長尺の前に裏目に出て、途中でテンションがだれてしまった感があった。それに対し、本作では時間を短くしてシチエーションを絞った成果か、最後まで緊張感に満ちた演出が保たれていて、そこは好印象となる評価点。
 しかしその分、社会や世界とどうコミットするかという課題はほとんど背景に隠れて見えなくなり、第2話以降、主人公の少年は『ほしのこえ』以上に内向化し、自閉してしまっている。『ほしのこえ』の主人公でさえ、「ヒロインに少しでも追いつくため」という動機で、宇宙軍士官に志願するという形で社会とコミットしようとしているのに、本作の主人公は虚無感に苛まれて仕事を続ける気をなくして辞めてしまう。何だ、こりゃ。気持ちは判っちゃうけどさ。それにしたって、ヘタレにも程があるだろう、おい。
 まぁ、その分、ヒロイン達がずっと前向きなので、作品全体では精神退行しているような印象はないのだけど、男主人公の側の目線で見ると、これはやっぱり退行現象としか評しようがない。むしろこのくらい退行させないと作品としてまとめられなかったと言わんばかりだ。
 しかし、人ひとりの人生も退行と前進を繰り返しているわけで、「退行」それ自体に良いも悪いもない。明日の「前進」のために必要な、一時的な「退行」だってある。
 その意味で、次回作で新海 誠がどういう方向性を示してくるのか、非常に楽しみでもある。
 
 色々と書いてはきたけど、細かな理屈はどうあれ、圧倒的な映像美に押し流されているだけで充分に満足できる70分間だった。
 その意味で、良い映像環境で何度でも繰り返し観たいと思わせる出来になっていたのは事実。
 行ける機会のある方は、是非、劇場でご覧いただきたい。それだけの価値のある作品だ。
君の名は。

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ほしのこえ

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