積読日記

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義忠『棺のクロエ2 超高度漂流』第7回

7

 
「何よ、結局ついてくるんだ」
「うるさい。戦力の分散は避けねばならんし、お前と博士から目を離すわけにもいかん」
「宮仕えは大変ね」
「黙れ」
 船内の通風用の配管を伝って、全員、最下層の甲板まで辿りついている。先ほどと同じような用具室だが、ドアひとつ隔てた通路には敵兵が充満しており、一戦も交えずに貴重品保管庫まで突破するのはまず不可能だ。
「ぼちぼち保管庫の扉が破られてもおかしくない時間だが──」
「どうも、何か作業をしたり、運び出したりしている気配はありませんね」
「ってことは……おい、こっちの行動は読まれてるぞ」
「だから?」
 平然とクロエが訊き返す。
「同じ保管庫を目指すにしても、他に手を考えた方がいいって言ってるんだ。だいたい、こっちの装備は軍刀(こいつ)と軍曹のライフル、それに拳銃二丁しかないんだぞ」
 軍曹のライフルは、大戦初期から末期にかけて陸軍の主力装備だった半自動小銃を、空挺(パラトゥルーパー)仕様に銃身と銃床を切り詰めたものだ。いちいち槓捍(ボルト)を引かなくても連射はできるが、敵の自動小銃(ライフル)と違って全自動(フルオート)での発砲はできない。それはこうした屋内戦では必ずしも不利ではないのだが、「面」としての制圧力に劣るのは事実だ。
「こっちは非戦闘員の博士も同行している。どうせ行くにしても、なるべく敵の不意を──」
「博士の身はあんた等が護ってくれるんでしょ」
「………………」
 一瞬、目の前の少女が何を言ってるのか理解できなかった。
「……あ〜、それはつまり、お前ひとりで片づけると。そう言いたいのか?」
「そうよ。じゃあ、銃を借りるわね」
 はっと気付いたときには、腰のホルスターが軽くなっていた。
 軍曹の腰のホルスターからも拳銃を摺り抜き、両手に消音器付の拳銃をぶら下げたクロエは、唖然とする少佐たちを他所にいきなりブーツでドアを蹴り開けた。
「何しやがる、このバ──っ!?」
 怒鳴りかけ、吹き飛んだドアの向うに身構える敵兵の姿を認める。こちらの居場所が発見されていた──いや、そんなことはどうでもいい。
「くそっ!」
 考えるより先に身体が動き、抜刀した軍刀(サーベル)の切っ先が敵兵の胸板を刺し貫く。
 その動きをあらかじめ読んでいたかのようにするりと回避して、クロエは通路に滑り出る。
 通路上は案の定、敵兵でいっぱいだった。足の踏み場もなく集結した兵士達は、いずれも即時発砲の姿勢で自動小銃を構えている。だが、いきなりのクロエの行動に驚いてか、誰も身動きができない。
 その隙にぐっと身を屈めたクロエは、弾かれたように床を蹴って跳躍する。黒いドレスを翻し、宙に舞ったクロエは、両手の拳銃を発砲しながら敵兵のただ中に飛び込んでゆく。
 一方、少佐は最初の敵兵から既に軍刀(サーベル)を引き抜き、流麗な軌跡を描いて刀身を鞘に戻す。抜刀術の攻撃発起は鞘の中から始まるのだ。
 そのまま通路に飛び出し、軍刀(サーベル)の柄に手を掛けたまま、クロエとは反対側の敵へと身体を向ける。
「────っ!」
 剄烈(けいれつ)な気を吐きながら、「右腕」を戦闘モードで起動。内蔵する超振動発振器のジャイロモーターが高速回転を開始する。右手にはめた白手袋が弾け飛び、金属製の掌(てのひら)が露出した。そこに仕込まれた伝送コネクタを介して、軍刀(サーベル)に凶暴な振動波が流れ込む──抜刀!
 甲高い高周波音とともに斬光が閃き、落とした腰から目の前の兵士を自動小銃ごとあっさりと斬り払う。
 引き続き魔術のような素早さで刀身は鞘へと戻り、再び抜刀──次々と兵士達を斬り伏せてゆく。
 野陣抜刀術に、少佐の右腕に仕込まれた超振動発振器を組み合わせた必殺の剣──雷鏖(らいおう)。超高周波で振動する刀身は、薄めの装甲板くらい簡単に斬り裂いてのける。そこに、出会い頭の不期遭遇戦が延々と繰り返される、血で血を洗う煉獄と化していた塹壕戦で砥(とぎ)上げられた少佐の剣技が結びついたとき、爆発的な殺傷力を持つ近接戦闘術として戦場に小さな暴風が捲き起こる。
 瞬きをする間も与えられず、斬光が銀糸のように空間を縫い駆けて、四人の敵兵は全身を覆う重装備ごとすべて一刀で斬り捨てられていた。
 その間、クロエもまた落下軌道上で兵士のひとりの顔面を撃ち抜き、のけぞるその胸を蹴って再び飛翔。くるりと空中で一回転して、兵士たちの後方へ降り立つ。
 銃を持った両腕を大きく開くと、まるで舞うようなステップで下から大柄な兵士たちの群れに飛び込んでゆく。
 そんなクロエへ、兵士たちが撃ち下すように上から発砲──だが、軽やかに身体を翻して火線のことごとくを避け、代わりに手近な兵士の膝を拳銃で撃ち抜く。横合いから蹴り込まれたように膝を崩す敵兵の脚を払って転倒させ、発砲しようとしたもうひとりの兵士へと倒れ込ませる。
 その間に旋回を続けるクロエは、別の兵士の懐に飛び込んで背中を預けた。まっすぐ上に伸ばした右腕に握られた拳銃の銃口は、兵士の顎にぴたりと張り付き、無造作に数発の銃弾を叩き込む。
 先ほど負傷した仲間に倒れ込まれて発砲の機会を失った兵士が、それを見てとっさに銃を向けようとするが、それより早くクロエの左手の拳銃が火を吹いた。
 機関銃並みの速射に、瞬く間に残弾すべてを撃ち尽くして左手の拳銃は遊底解放(スライド・オープン)に陥る。即座にそれを床に落とすと、続いて右手の拳銃を発砲。これも撃ち尽くして遊底解放(スライド・オープン)に至るまでに、兵士の身体はのけぞって背後の壁に叩きつけられていた。防弾装備のない顔面や頸部に何発か喰らったのか、それっきり動こうとしない。
 と、膝を撃ち抜かれて床に倒れていた兵士が、仰向けになって自動小銃を撃とうとする。
 だが、いつの間にか背後の兵士から自動小銃を奪っていたクロエが、それより先に引き金を引いていた。
 スタッカートのような乾いた銃声が鳴り響き、拳銃弾よりはるかに強力なライフル弾が、防弾ジャケットごと兵士の身体に撃ち貫く。
 わずかの間、痙攣するかのように銃撃を受け留めると、兵士は自らの身体から流れ出す血の海にその身を沈めた。
 殺戮を終えたクロエが自動小銃を床に落として、ゆっくりと振り返る。表情を欠いた白く美しい貌(かお)はさながら人形のようだったが、唯一、その切れ長の瞳だけはどぶの底をさらう野犬のような濁った光を宿していた。
 それを見て、少佐はあっさりと納得した──つまるところ、俺と同じか。
 スウィッチが入れば、自動的に殺戮を開始する機械──そこに悦(よろこ)びはなく、悲しみはなく、苦痛もない。罪科の意識も、屍者への憐憫もない。拒絶するでもなく、悩むでもなく、ただただ自動的に在り続ける自分を、ただそう在るがままに受け入れた者の瞳(め)。
 彼の場合、10代の末からの数年間という個人の人格形成にもっともかけがえのないこの時期を、砂が泥濘になるほどに血を吸った西方辺境領の最前線で過ごすことによってこうなった。市井に生きる善良な職人としてまっとうな人生を終えた父や祖父──そんな「立派な大人」になるために大切でかけがえのない何事かを、自分はそこで決定的にへし折られた。
 だから、戦後も退役することなく、辺境地帯をハイエナのようにうろつき廻り、挙句の果てに、こんなところで今日もヒトをコロしている。
 そんな自分への侮蔑と絶望とが混じりあい、それがやがて当初の熱量を喪(うしな)って冷たく溶け固まるとああいう瞳(め)になるのだ。
 ああ、そうか。だからか。
 あの娘の姿を初めて見て以来、感じ続けてきた奇妙ないらだちの正体にようやく気付いた。
 自分と同じ翳(かげ)を帯びた瞳(め)が、未来の可能性と生命力に満ちているべき「子供」のその眼(まなこ)に宿る矛盾──そのひどく倒錯した感覚が、自分の中のいらだちを誘うのだろう。
 無論、それが判ったからといって、この娘に何がしかの共感を覚えたわけでもない。嫌悪すべき自己像が体よくこうして外部化してくれたのなら、素直に憎しみをぶつけさせてもらうべきだと思った。
 ふと見れば、クロエもこちらを見ている。こちらの視線に気付いたのか、眉と鼻先を顰める。
 なるほど。こいつも同じ結論に達したか。
 と、少佐に最初に胸板を貫かれて床に倒れていた兵士が、いきなり半身を起こして自動小銃をクロエへ向けた。
 床を蹴りつつ少佐は軍刀(サーベル)を抜こうとするが、ぎりぎり刃先が間に合わないのは判っていた──くそっ!
 狭い通路に耳を聾する銃声が鳴り響く。
 兵士の身体が殴りつけられたかのように横にふっ飛び、壁に叩きつけられた。
「大丈夫ですか、ふたりとも」
 ライフルを手に軍曹がのそりと用具入れから顔を出す。
「おかげさんでな」
 溜息混じりに少佐が礼を言う。
 クロエはお構いなしに、死んだ敵兵の装備を漁っている。生々しいな、どうにも。苦々しく睨みはしたものの、少佐自身も自動小銃を拾って軍曹に渡す。
「こっちを使え。この先で必要になるのは、命中精度より制圧力だ」
「はぁ……」
 あまり気乗りしなさげな軍曹に自動小銃を押しつけ、敵から奪った無線機らしきものを器用にいじっているクロエのそばへ向かう。
「これで、ざっと10人ほどか」
 少佐は足元の敵兵の屍体をざっと数えて言った。
「良かったじゃない。これを10回も繰り返したら敵を全滅できるわ」
「バカ野郎、こんな出会い頭の不意打ちみたいな虫の良い話が何度も続くか!」
「あっそ」
 怒鳴る少佐を無視して手元の無線機をいじっていたクロエは、飽きたかのように少佐に放った。
「あ? なんだこれは?」
 思わず受け取ってしまってから、無線機の奇妙さに驚く。〈帝国〉陸軍の携帯無線機(ウォーキートーキー)の数分の一のサイズで、次々に文字が浮かんでは消える小さなパネルがついている。それを眺めているだけで、何やら妙に不安な気分になってくる。クロエの身体同様、「ここに在ってはならないモノ」の類(たぐい)にしか見えない。
「おい、こいつはいったい……?」
「持ってなさい──それより、すぐに次が来るわよ」
 そっけなくクロエが告げる。確かに軍用ブーツがまとまって床を蹴る音が近づいてくる。意外に近い。先ほどの戦闘を受けて集まってきているのだろう。
「……おい、この後のことちゃんと考えてんだろうな?」
「勿論」クロエは敵兵から奪った二丁の大型拳銃を両手に構え、猫のような笑みを浮かべて言い放った。
「片っ端からぶっ飛ばせばいいのよ」
 結局、それか! この野郎!
 
 通路の角から飛び出した先頭の敵兵を、少佐が一刀で斬り捨てる。その下から滑り込んだクロエが二丁拳銃(トゥーハンド)で撃ちまくり、ひるんだ後続の兵士たちへ少佐が突っ込んで抜刀を振るう。
 後方では博士の身を護りつつ、軍曹が自動小銃を連射して、挟み打ちしようと迫る敵兵を牽制している。
「このまま保管庫まで突っ切るわよ!」
「無茶いうな!」
 言い返しはしたものの、まともに抗議する余裕はない。敵も素人ではないので、一瞬でも隙を見せれば殺られるのはこっちだ。どだい戦力にこれだけ差があっては、勢いで押し切るというこのやり方にも理がなくはない。
 ……結局、クロエの行き当たりばったりなペースに捲き込まれているだけ、とも言うが。
 敵兵の一群を突破し、少佐とクロエを先頭に、一同はまっすぐに伸びる通路を全力疾走で駆け抜ける。
「この先で荷捌きのフロアにつながってるわ!」
「あ? いや、待て。それでこの見通しで反撃がないってのは──」
 近接戦闘に特化して火力に劣る敵を迎撃するのなら、こんなまっすぐの通路を見逃すはずがない。強力な銃座をひとつ設ければ、近接戦闘に持ち込まれる前に敵を遠距離から蜂の巣にすることができる。
 それをしない、ということは──
「まずい! この先で待ち伏せされてるぞ!」
 だが、止める間もなく、クロエが通路を抜けてフロアに飛び出した。
 その瞬間、フロア各所に控えた兵士達が一斉射撃を開始する。
 無数のライフル弾がクロエに襲いかかる。着衣のドレスが引き裂かれ、激しく痙攣するように小さな身体を震わせる。
 倒れることも許されず、死の舞踏(ダンス・マカブル)を演じるクロエへ、更に強化外装骨格(エクソスケルトン)が動力機銃を叩き込む。強力なライフル弾より、なお一層の破壊力を秘めた機銃弾に襲われ、クロエの身体は簡単に跳ね飛んで、積み上げられた手荷物の山へと放り出された。
 
「クロエ君!」
「博士、いけません!」
 飛び出そうとする博士を、少佐と軍曹がふたりがかりで強引に床に引き倒す。
「……結局、こうなりましたか」
「まぁ、そういつまでも行き当たりばったりは通用せんわな」
 単純にこちらの接近を阻止したいのなら、通路の出口に銃座をひとつ設ければ、それで済む。しかし、敵は確実にこちらを殲滅(せんめつ)したかった。少なくとも、火力の集中が必要と判断したのだろう。開けたフロアに火線を展開して待ち構え、まんまと飛び出してきたクロエに一斉射撃を加えてきた、と。
 気がつけば、敵の発砲が止んでいる。伏せたまま、少佐はフロアの様子を探った。
 ちょっとした小学校の体育館ほどの広さのフロアに、乗客の手荷物がいくつも山になって積まれ、その上に荷崩れ防止用のネットが張られている。敵はその山々の合間に巧妙に銃座を設け、ちょっとした従深陣地を形成していた。クロエはそのど真ん中に考えなしに飛び込んでいったわけで、文字通り、射的の的となって十字砲火を浴びることとなったのだ。
 銃声から察するに、敵の兵力規模は十数人、プラス装甲で覆われた金属体──貴重品保管庫とおぼしき分厚い扉の前に陣取っているのは、おそらく人間が中に入って動く強化外装骨格(エクソスケルトン)だろう。
 もっとも、目の前にあるアレは、中世の鎧騎士をふた廻りほど大きくしたようなサイズだ。──〈帝都〉の技研で見た試作品は、牛小屋くらいの大きさはあったぞ。しかも、自力歩行すらできず、動くときは戦車に牽引させるという、もはや何がやりたいのかも理解に苦しむ代物だった。
 確かに、あのくらいの手ごろな大きさで重火器のプラットフォームになる機動装甲装備があれば、屋内掃討(インドア・スウィープ)でもかなり使い勝手がいいだろう──まぁ、現に今、掃討されようとしているのは、こっちなわけだが。
 ともあれ、いくら探っても緊張が緩んでいる気配がしない。まだ警戒しているのか。自分と軍曹を……? それとも。
 通路の出口手前で伏せつつ、クロエの身体が埋まっているであろう手荷物の山に目をやる。
「……どうしましょう」
「どうしようもあるかい」
 半ばヤケ気味に吐き捨て、少佐は胸元に手を突っ込みシガレット・ケースを取り出して煙草をくわえる。
 見事に進退窮まった。あの自爆娘のおかげで、このざまだ。バカには同情しない主義なのであの娘がどうなろうと知ったことではないが、引きずり廻された挙句、こんな敵のど真ん中で放り出されたこっちはたまらない。
 くわえた煙草をそのまま噛み潰しかけたそこへ、軍曹から突っ込まれる。
「禁煙ですよ、少佐」
「……お前ね……」
 この期に及んで律義にそんな指摘をする部下にあきれつつ、それでも素直にしたがって口許から煙草を外したのは、少佐自身、まだ「終わった」感じがしなかったからだ。
「軍曹、後方の敵に動きは?」
「特にありません。静かなものです」
 戦力がこれだけ隔絶している以上、後は兵を前進させて残存兵力を掃討し、戦果を確定させるだけのはずだ。勿論、素直にやられてやる義理もないが、このまま前後から挟み討ちで火力を叩き込まれてはこちらに打つ手はない。それで終わる話なのに、何故、そうしない?
 少佐は自分の下で嗚咽している博士に目をやった。
「何ということだ……何という……」
 この老人にもいろいろ訊きたい話はあったが、さて、この先、のんびり事情を訊く暇があるかどうか。
 と、前方のフロアで兵士達が、慎重に遮蔽物の陰から姿を現す。
 一部の兵士はこちらを警戒しているようだったが、大部分はクロエの埋まっている手荷物の山を囲むように展開する。いずれもすぐに発砲できるように、銃を肩付けにしてにじり寄るようにして前進している。
 なるほど。やつらもまだ「終わった」とは思ってないわけか。
「軍曹、手榴弾
「はい」
 何に使うのかとも訊かず、ビールの小瓶でも渡すように二発の手榴弾を手渡す。
「後方の警戒はいい。俺の合図でフロアに向けて撃ちまくれ」
「了解です」
 自動小銃の弾倉(マガジン)を交換しながら、軍曹が頷く。
 博士が不安げに訊ねてきた。
「……どうかしたのかね?」
「まだ『終わってない』ってことです」
 さて、何が起きる……?
 きりきりと高まる緊張を愉しむように、少佐はちいさく唇を舐め、手榴弾のピンを抜いた。保護レバーは握ったままなので、起爆ヒューズはまだ活性化していない。元々、ハイジャック犯程度の軽装備の敵を相手に、船内で使用することを想定していたので炸薬の量は減らしてある。防弾装備で固めた敵兵にどれだけ通用するか判らないが、猫だまし代わりくらいにはなるだろう。
 状況次第でいつでも投擲(とうてき)できるように、壁を背にそろそろと身体を起こす。
 兵士たちに続いて強化外装骨格(エクソスケルトン)が動き出す。正面をクロエのいる手荷物の山へと向け、肩に背負った武器庫(ウェポン・ラック)を開いて多弾倉のロケットランチャーを露出させた。
「おいおいおいおい!」
 こんな船内であんな太い口径のミサイルを放てば、船穀を簡単にぶち抜きかねない。敵はそこまで脅えている──何に? あの娘にか?
 その時、手荷物の山から細い少女の腕が突き出された。
 
「棺(ひつぎ)よ!」
 紛れもないクロエの声がフロアに響く。
「棺(ひつぎ)よ、こい!」
 
 その叫びに応えるかのように、強化外装骨格(エクソスケルトン)の後方で貴重品保管庫の扉が吹き飛んだ。
 次いで保管庫前に陣取っていた数人の兵士を弾き飛ばしつつ、何かが飛び出し、クロエの埋まっている手荷物の山に突っ込む。
 旅行カバンや中に収まる衣類などが、盛大に跳ね上がる。
 強化外装骨格(エクソスケルトン)が、肩のランチャーからミサイルを一発発射した。たいした飛翔距離もなく着弾したミサイルは、まるまる残った燃料ともども爆発し、手荷物の山を爆炎に包む。着火した衣類がフロア中にばらまかれ、次々と周囲に引火した。
バッカ野郎!」
 熱風が少佐たちの元まで流れ込み、肌を灼く。強化外装骨格(エクソスケルトン)の乗員は、よくよくもって脅えきっているらしい。
 急激に上昇した室温に、天井の消化装置(スプリンクラー)が作動。消化剤を含んだ高圧水が辺りにぶち撒けられる。瞬く間に、フロアは煙(けぶ)るような水煙に包まれた。
 この機を逃さず、少佐はフロア内に滑り込んだ。さほど深い考えがあってのことではない。だが、どのみちこちらの抜刀術は距離を詰めねば使えない。
 消化剤の散布は短時間で止んだ。水煙が薄らぐ中、再びクロエの声が聞こえてくる。
「まったく……このドレス、せっかく気に入ってたのに」
 見れば、燃え残った手荷物の山の上で、クロエがぼろぼろになったドレスをまとい立っている。
 だが、あれだけの銃撃を受けながら、指一本欠けることなく、白く滑らかな肌には傷ひとつない。いつの間にかリボンを失った長い黒髪が消化剤で濡れそぼち、肌へとまといつく。
 眼下の兵士達を睥睨するその貌(かお)は魔王のごとく傲岸で、堕天使のように美しかった。
「バケモノめ……」
 小さくこぼしながら、しかし少佐の口許は沸き起こるような得体の知れない愉悦感で歪んでいた。そうだ。こいつはあれくらいでくたばるタマじゃない。
 そしてそのクロエの背後には、白く大きな棺(ひつぎ)が直立している──クロエ達が乗船時、連絡船(シャトル)から持ち込んだあの「棺(ひつぎ)」だろうか。
「あんた達──」クロエは猫のようなその瞳(め)を大きく瞠(みひら)き、嗤うように叫んだ。
「こっちのドレスは凶暴よ!」
 不意に背後へと手を伸ばし、掌(てのひら)を「棺(ひつぎ)」の蓋に叩きつけた。
 蓋の表面がいきなりシャッター式に開き、黒い鎧のようなものが中から出現する。
 兜のない、首から下だけの鎧が背後から襲い掛かるようにクロエに覆いかぶさる。クロエを取り込み、喰らうかのように装甲パネルが次々に閉じてゆく。装甲表面から突出する長い針のようなネジが自動的に旋回し、抉り抜くようにクロエの身体を鎧に結合してゆく。
「ああああああああああああああっ!」
 歓喜とも苦痛ともつかぬ咆哮とともに、鎧をまとったクロエがその身を仰け反らせた。鎧、と言いつつも、均整の取れた長身とそのしなやかなフォルムは、明らかに成熟した大人の女性のそれだった。
 そこへ兵士達が一斉に銃口を向ける。
 少佐は躊躇わずに手榴弾を放った。兵士達とクロエのちょうど中間の位置で手榴弾は炸裂し、兵士達は発砲のタイミングを見失う。
 同時に軍曹も発砲を開始。迂闊にその身を晒した兵士達を、正確にひとりづつ射殺する。
 少佐も混乱状態に陥った兵士達の背後に廻り込み、抜刀術で次々に撫で斬りにし始めた。
 狂騒状態に雪崩れ込むフロアで、ただじっとクロエだけを見つめていた強化外装骨格(エクソスケルトン)は、両腕の動力機銃の発砲を開始。大口径の機銃弾が、鎧をまとったクロエに襲い掛かる。
 だが、着弾より前にクロエの姿は掻き消えていた。
「バカね」
 驚愕するように身じろぎする強化外装骨格(エクソスケルトン)の内懐で、クロエは背中を凭れて言った。
「そんな重いもの着込んでるから、のろまなのよ」
 そしてその場でくるりと身を翻す──その左腕からは、青白い鬼火のような燐光をまとった刀身が伸びていた。
 と、強化外装骨格(エクソスケルトン)の胴体がずるりとずれ、胴体から真っ二つに輪切りにされて床に崩れ落ちる。
 それを見て、恐慌状態に陥った兵士達が、統制も取れぬまま狂ったように発砲を始めた。
 だが、軽やかに跳躍してその銃撃を避け、兵士達の背後へ廻って左腕の刀身で斬り捨てる。
 そこから慌てて逃げ出そうとする兵士もいたが、即座に軍曹の狙撃でヘルメットごと頭部を撃ち抜かれた。それを見て、手荷物で作った簡易陣地の中で身を竦ませる者の元には、少佐が飛び込んで白刃を振るう。
 おそらく早い段階で指揮官を喪(うしな)ったらしく、ついに統制の取れた戦術運動を回復できぬまま、ほどなくフロアにいた十数名の兵士達はたった三人の敵に殲滅(せんめつ)されてしまった。
 
                               >>>>to be Continued Next Issue!