義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第14回
0-14
「……何を言ってるんです? 貴女と結婚して、〈王国〉の力を背景にチャオ殿下や軍と対抗しろとでも? バカバカしい! そんなもの、あいつらにとっては何の意味も──」
「違います!」
フェリアはカオの両腕を掴んだ。
「どうして判って下さらないんですか? 私の実家がどこかなんか、どうでもいいじゃないですか。目の前にいる私を見てください。私がここにいるのに、どうしてちゃんと見てくれないんですか?」
「貴女は……何を……?」
当惑の色を隠さず、カオが訊ねる。
だが、フェリアはそこに微かな突破口を見つけていた。
義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第13回
0-13
違う! 違う! 違う!
そんなことはない。絶対に、そんなことはない──そう言ってやりたいのに、そう言って叫びたいのに、咽が張り付いて声が出ない。暗闇が肩にのしかかって押し潰されそうだ。
その重圧を何とか跳ね退けて、フェリアは別の問いを口にした。
「……チャオ殿下は、何でそんなことを?」
「皇族と貴族の生存闘争(サバイバル)のためです。
三〇年前の宮廷革命、いや、それ以前から、軍と皇室は血で血を洗う凄惨な抗争を歴史の裏側で繰り返してきた。互いに動きを止めれば、即座に足元をすくわれ、喉笛に噛み付かれる。そんな関係を続けてきてるんです」
「だからって──!」
「さっきも言ったでしょう。辺境領経営は軍の利権構造の大きな柱だ、と。特に〈同盟〉との戦争が激化して以来、よりいっそうの鉱工業生産の増強を求められるようになっている。各地の少数民族自治区で、地元住民を低コストの労働力として酷使し、地下資源やエネルギー資源の採掘が行われている。
加えて若い男子は徴兵され、西方辺境領での〈同盟〉との戦争や他の自治区へ治安維持の兵力として送り込まれている。若年労働力を奪われた少数民族の村落共同体が、急速に痩(やせ)衰え、荒廃してゆくことを承知でね。
軍は各地の自治区から、人と資源を凄まじい勢いで収奪し、それを対外戦争という博打に突っ込んで、〈帝国〉国内に対して『祖国防衛』の担い手という揺るぎない地位を手にする──それを、中原(ハートランド)での権勢の源泉としているんです」
「………………」
義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第13〜15回:まえがき
連載最終回。
「恋愛小説」を書いているつもりだったんですが、何だか辻説法みたいな話になってきてしまいました……orz
それでも、ラストは頑張ってイチャラブ的な展開にしてみましたが、いかがでしょうか。
……まぁ、この後、『花嫁強奪』で書いたように、この二人は悲劇的な別れを迎えることになるんですが。
このお話を書く以前から、物語における「ハッピーエンド」って、別に「王子様とお姫様は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」じゃなくてもいいんじゃないか、と思っていました。
人生って長く生きてればいろいろあるし、最後に悲劇で終わったからと言って、それまでの過程での喜びや幸福に意味がなかったかというとそんなことはないと思うし。
いや、でも『ハチクロ』の落ちは、つくづく酷い話だよなと感じましたけども(でも好き)。
そんなわけで、このお話は二人が結ばれたもっとも幸せな瞬間で物語が閉じられます。
だから「ハッピーエンド」です。
文句は言わせません。
とはいえ、「フェリア王女の物語」としては、まだ終わった感じはしません。
なので、もう1作くらい書くことになりそうです。
そもそも『花嫁強奪』のあの描写ではカオ皇子が「本当に死んだのか」ははっきりしませんし……。
いやぁ、こんな物騒なキャリア積んだ男が、そう簡単に死ぬかというと──さて、どうなのでしょうね(ニヤリ)。
しばらく別の作品にかかりきりになる予定なので、フェリア王女の続きの物語に取り組むのはまだまだ先になりそうですが、のんびり気長にお待ちいただけると幸いです。
では、また次回作で。
義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第12回
0-12
「この辺でいいでしょう」
診療所を出て、松葉杖をつきながら数分ほど歩いた場所にある広場の真ん中で、カオは立ち留って言った。
辺りに人家はなく、言うまでもなく街灯もない。遠くに診療所の灯火(あかり)がぽつんと見えるだけだ。
本当に一切の灯火を排した夜の闇が、これほどに密度を持って重く迫ることをフェリアは初めて知った。
「何で、こんな場所へ……?」
診療所を出る際に一声掛けたとは言え、テレサも心配しているだろうと思いながらフェリアは訊ねる。
その問いに、カオはそっけなく答えた
「あの病室は盗聴されていました」
「え……?」
「盗聴」──? 何故、そんな単語がこの場に出て来るのか?
混乱するフェリアをよそに、カオは淡々と感情の失せた口調で続ける。
「どうせここも近くで兵士が聞き耳を立ててるんでしょうが、こんな見通しのいい場所ではすぐそばまでは近づけない。小声で話す分には大丈夫でしょう。それに今からでは録音装置の準備が間に合わない。録音さえ残っていなければ、後でどうとでも言い抜けは出来る」
ぎょっとして周囲を見廻すが、真っ暗で何も判らない。見晴らしも何も、手を伸ばした先も見えそうにないこんな暗闇の中で、カオには周囲の様子が判るのだろうか。
カオは無表情に遠くへ視線を向けている。周囲の闇に潜む兵士達よりも、目の前にいるこの青年の姿さえ、しっかりと凝視していないと見失ってしまいそうだった。
義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第11回
0-11
カオが入院しているという診療所に到着したのは、既に深夜に近い時間だった。
今にも倒壊しそうなその古びた診療所に駆けこむように足を踏み入れたフェリアは、診療所内に唯一設けられた病室にカオの姿を見つけた。
「やあ、ようやく婚約者(フィアンセ)のご到着だ」
そう言ってフェリアを迎えたのは、カオのベッドのそばに腰かけた黒いスーツ姿の中年男だった。小柄ながらがっしりとした体躯で、にやついた笑みと対照的に凍りつくような酷薄な目をした男だった。
義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第11&12回:まえがき
連載第6回目。
カオ皇子との再会、そして明かされる真実……というお話。
今回は、第12回分の始めの方で明かされるカオ皇子の正体がキモと言えばキモなんですが。
いや、一応、この作品は「恋愛小説」なんですが、これを読んだ知人から、
「どこの世界にこんな展開する『恋愛小説』があるんだよ?」
「……いや、船戸与一とかだと、こういう設定のキャラは大抵、この手の正体に決まってるし」
「船戸与一は恋愛小説家じゃねぇ」
……などと言われてしまいました(ぎゃふん)。
うん、まぁ、自分的には「恋愛小説」のつもりなんですけどねぇ。
理解されないなぁ、なかなか。
作家への道は険しいですね(とほほ)。
次回は連載最終回、フェリアとカオ皇子の二人の運命の行方は……?
乞うご期待。
義忠『棺のクロエ1.5 0〔lav〕』第10回
0-10
現地に向かう飛行船に乗るため、最寄りの空軍基地に全速力で向かうリムジンの車内で、フェリアは向かい合って座る中尉の襟章をつけた青年士官に喰ってかかった。
「それで殿下の容体は?」
「申し訳ありませんが、私の口からはお答えできません」
「何でです?」
「私達も情報を得てないんです」申し訳なさそうに中尉は口にした。
「それだけ奥地だということです。〈帝都〉から列車を乗り継いで、一週間掛けてやっと辿り着いた終着駅から、車と徒歩で更に数日掛かるという僻地ですからね。現地との通信も、必ずしも整備されていないんです」
「そんな……」
絶望的な距離と空間の隔たりに、気が遠くなる。
絶句するフェリアの代わりに、テレサが訊ねた。
「それで、私たちはどうやって現地まで……?」
「軍の輸送用の飛行船を使います」中尉は頷いて言った。
「これから向かう空軍の停泊所(ステーション)で乗継用の連絡艇(シャトル)に乗っていただき、上空で待機する貨物用の飛行船に移乗します。その飛行船で現地近くの停泊所(ステーション)まで丸一昼夜。そこから先は輸送機を乗り継いで、最後は地上部隊と合流してトラックで現地に向かっていただきます。
全部の行程で三日間ほどですか」
「待ってください、そんな無茶な強行軍に何の準備もなくいきなり──」
「構いません」フェリアはきっぱりと言い放った。
「このままカオ殿下の元へ連れて行ってください」