積読日記

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義忠『棺のクロエ1.5 花嫁強奪』第3回

 
「どうするんです?」
「どうしましょうかね」
「どうしましょう──って、あなたね!」
 とぼけた口調で応える少佐に、フェリアが喰ってかかろうとしたそこへ、後方のリムジンから銃撃が開始された。
「!」
 それぞれの助手席から黒いスーツ姿の男達が身を乗り出し、太い筒型弾倉(ドラム・マガジン)を装着した短機関銃(SMG)を発砲し始めた。派手な発砲炎(マズルフラッシュ)を閃かせ、断続的に撃ちかけてくる。
 小口径の拳銃弾が後方から車体に降り注ぎ、着弾の衝撃が車内にガンガンと響く。
「大丈夫ですよ。一応、これでも防弾仕様車ですから」
 悲鳴を上げるフェリアの横で、少佐が平気な顔で指摘する。
「それにしても、警告もなしか。よくよくもって、コープ少将に嫌われてますね──何か恨みを買うような真似でもしたんですか?」
「知りません!」
「まぁ、いいでしょう。どっちにしても、少々うるさい。片づけましょう」
 さらりと言ってのけると、少佐はステアリングの根元の辺りに手を突っ込んで、先にプラグの付いたケーブルを引っぱり出した。何を始めるのかと見ていると、今度は右腕の裾を引いて機械でできた手首を露出させ、そこにあるジャックにプラグをそのまま突っ込む。
 ──機人(マシーンナリィ)!?
 先の大戦中、急速に発達した技術のひとつに、戦傷などで喪われた四肢を機械化する機人化技術がある。当初は喪われた身体の再現に留まっていたその技術は、戦争の激化とともに、殺傷能力を高めて兵器化する方向に開発が進んだ。その一方で、これも急速に自動化の進む戦闘車両などと人間を繋ぐインターフェイスの機能も追及され、大戦末期には有線ケーブルで戦車や装甲車と接続する機人兵(マシーンナリィ)が現れた。
 出会ってからこのかた、ぎこちない様子もまったく見せず、生身の腕と同じように自然に動いていたので気付かなかったが、少なくともこの妙な軍人の右腕は機械でできていたらしい。
 しかし、その右腕にケーブルを繋いで、何をしようと……?
 唖然として眺めるフェリアは、次の瞬間、後部シートの更に向こうから聴こえてきた腹に響く轟音にさらに驚いた。慌てて振り返ると、二台のリムジンの内、先行する一台のフロントノーズから運転席までにかけてが、獣にでも喰いつかれたように穴だらけにされていた。ぐらりとスピンしたそのリムジンは後続の車輛を捲き込み、そのままカーブの後ろに消え──爆轟とともに赤黒い爆炎が吹きあがり、視界から流れ去る。
「今のは……?」
「後部トランクに機銃を仕込んでおいたんですよ」
 こともなげに少佐が告げる。
「……まるで軍事探偵物の映画みたいだわ」
「本職ですから」
「大人が観るものじゃないって意味です!」
「世の中、案外、子供の想像力以下の出来事でできていたりするものですよ」
「……勉強になった、とは言いたくありません」
「なるほど」少佐は頷くと、ケーブルを繋いだままの右手で前方を指差した。
「ならば、次の授業です」
 つられて前を見れば、今後は黒塗りの四角いバスのような箱形の車輛が、道路の真ん中の車線に陣取って前方を塞いでいる。
「親衛隊の装甲車輛です。さっきのリムジンの相手をしている間に、バイパスから先廻りされたらしい」
〈王都〉での暴徒鎮圧も任務とする親衛隊の装甲車は、複数台繋いで駐車すればそのまま壁となって道路を封鎖できるようなっている。それ故に直方体で構成された車体形状をしているのだと、その昔に参加した式典でコープ少将みずから説明を受けたことをフェリアはぼんやりと思い出していた。
 その間も徐々に速度を落とした装甲車は、フェリア達の乗るスポーツカーとの距離を詰めにかかる。
 少佐がステアリングを振って、装甲車の脇を擦り抜けようと試みる。だが、装甲車の運転手は器用に車体を操って、その隙を与えようとしない。
 やがて、装甲車の車体後方の扉が観音開きに開け放たれた。そこには大口径の動力機銃を据えた銃座が設けられ、下を向いていた長い銃身が鎌首を上げる。
「……ねえ、この車の防弾性能って──」
「あー、さすがにあの口径の機銃には通用しませんね」
 少佐がのんきに応えるそばから、動力機銃の銃口が火を吹いた。発射速度があまりに早い所為か、工業用の電動ミシンが全力稼働するような唸りを上げ、機銃弾が路上にぶち撒けられる。少佐が巧みにステアリングを捌いて銃撃を避けようとするものの、何発かが車体を掠め、その度に激しい打撃音とともに車体が大きく揺さぶられる。
 衝撃でフロントグラスが砕け、目の前が破砕されたガラスで真っ白になる。即座に少佐が左腕を突っ込んで左右に振り、前方の視界を確保した。激しい強風とともにガラスの破片が車内に舞い込み、フェリアは鳥打帽(キャスケット)を掴んで頭を下げると、悲鳴を上げて叫んだ。
「何か反撃できないの!?」
「エンジンルームに機銃を積むスペースがなかったもので!」
 とぼけた返事を怒鳴り返してくる少佐に、半ば絶叫するように命ずる。
「何でもいいから、何とかして!」
「了解──では、しっかりシートに掴まっててください!」
「え──?」
 何をする気なのか──と訊ねるより先に、不意に横から身体ごと持っていかれるような加重(G)に襲われ、ドアに強く押し付けられた。
 それが車体ごとその場でスピンしているのだ、と気づいた時には、後方のトランクルームから先ほどと同じ轟音──機銃が発砲している!?
 直後に再度ドアに押し付けられてもう一度スピン──我に還った時には、再び車体の位置は元の進行方向正面を向いていた。ただし、前方の装甲車の銃座はあらぬ方向を向き、銃座のそばにいた黒い制服の親衛隊員がひとり、路上に転がり落ちようとしていた。
 ──あ……え……何が起こったの……?
 まさか、この速度で走りながら、その場で旋回して後方の機銃で銃撃を加え、さらに旋回してまた正面を向いた、と。そういうことなのか? たった二車線しかないこんな狭い道幅の道路で。カーブの多い曲がりくねったこんな道で。一歩間違えば、目も当てられない大事故に──
 今更ながらに恐怖感が全身を襲い、血の気を喪って震えるフェリアに少佐は鋭く告げた。
「加速します」
 フェリアの返事を待たずにアクセルを床まで踏み込む。前方から蹴飛ばされたように身体がシートに押し付けられる。カリカリにチューンナップされた8気筒水冷エンジンが咆哮を放ち、防弾装甲と後部機銃で重くなった車体を強引に前へと弾き飛ばす。フロントグラスも砕け散り、車体のあちこちを穴だらけにされたスポーツカーは、既に本来の流麗なフォルムを喪い、空力的には残骸と言い切ってもいい有様にまで成り下がっている。だが、それでも己の出自への誇りを懸けるかのような力づくの加速性能を絞り出し、車体を前へと押し込もうとする。エンジンだけでなく、車体全体で傷ついた野獣のような叫びを放つその車体を御して、少佐は前方の装甲車の右脇に空いたわずかなラインへと突っ込んだ。
 その動きに気付いた装甲車の運転手が、車体を崖側に寄せてスポーツカーを挟みこもうとする。
 怯(ひる)まずアクセルを踏み込んで装甲車の運転席のそばまでくると、少佐はリアウィンドウを開け、フェリアに叫んだ。
「ハンドルを頼みます!」
「え?」
 その声に振り返れば、少佐はステアリングを手放して窓から身体を乗り出そうとしていた。
「ちょっと! 何を!?」
 慌ててステアリングを掴んで声を上げるフェリアの前で、少佐はその機械の右手を装甲車のドアにぴたりと当てた。
 気づいた助手席の親衛隊員が慌てて短機関銃(SMG)を構えようとするその姿に、
「遅い」
 と一言だけ告げると、右腕に内蔵された超振動発振器のジャイロモーターを発動させる。重く弾かれるような音ともに、装甲車の助手席のドアが大きくへこみ、背後の親衛隊員もろとも内側に吹っ飛んで、さらには運転席の隊員まで捲き込んだ。
 急に車体をふらつかせ始めた装甲車をよそに、少佐はフェリアからステアリングを取り戻すと、アクセルを踏みこんでそのまま装甲車を抜き去った。
 その後方では、運転手を喪った装甲車が、カーブを曲がれずにガードレールを突き破り、河面に飛び込んでゆく。
「……終わったの?」
「いえ、もうひと幕」恐る恐る顔をあげるフェリアに、少佐は軽く顎をしゃくった。
「今度は空からのお相手です」
 ぼろぼろのスポーツカーと並走するように至近距離を飛ぶジャイロ機の姿に、フェリアはそのまま気を失いかけた。
 
 機体頭上の回転翼(ローター)によって揚力を得て飛行するジャイロ機は、これも大戦中に実用化されもののひとつである。飛行機のように長大な滑走路を必要としない垂直離着陸性、地上すれすれの高度で自在に上昇と降下を繰り返す高い機動性を持つジャイロ機は、対地攻撃や小規模の兵力投入を目的とする戦術航空ユニットとして理想的な存在で、〈帝国〉と〈同盟〉とを問わず、戦場で急速に普及していった。
 戦後、軍での需要は大幅に縮小したが、各メーカーが装甲を外して速度と航続距離を増した民生用機を安く販売し始めたことで、治安機関など後方の公的機関向けへの普及も広がった。
 もっとも、「安く」とはいっても、車輛などとは桁が違う金額だし、燃料代やパイロットの人件費、機材メンテナンスといった運用経費まで含めたランニングコストとして一機当たり毎年民家が一軒買えるくらいの費用が飛んでゆくので、まだまだ予算の潤沢な自治体や組織しか導入できていない。
 それでもさすがに金余りの〈王国〉だけに、国内治安を主任務とする親衛隊にもまとまった数のジャイロ機が導入されていた。
 今、フェリアの眼前に浮かんでいるジャイロ機もそのうちの一機で、機体の尾部には親衛隊のマークがはっきりと見て取れる。任務の性格から見ても対空砲火への備えなど必要ないので、余分な装甲は設計段階から既にはぶかれており、輸送能力と空力性能を優先した丸みのあるフォルムをしている。こんな時でさえなかったら、フェリアも可愛いらしいとさえ感じたかもしれないデザインの機体だった。
 その後部、貨客室(カーゴルーム)の側面ドアが開け放たれ、据え付けられた動力機銃の銃座に親衛隊員が取りついて、こちらに銃口を向けていた。
「どうするの!?」
「さすがにトランクの機銃で撃ち落とすのは無理がありますね」
 他人事のように語る少佐に、フェリアは思わず声を荒げて怒鳴った。
「何で、そんなに落ち着いてられるんです、貴方は!?」
「騒いだからって、どうなるものでもありませんから」
 平然と言ってのけたその直後、ジャイロ機の銃座が発砲を開始。フェリア達の乗るスポーツカーの周囲に着弾し始める。
 再び頭の鳥打帽(キャスケット)を掴んで、悲鳴を上げるフェリアをよそに、
「やれやれ」と呟いて少佐はステアリングを力強く左右に振る。
 蛇行しつつ、それでもスピードを落とさずに、スポーツカーは器用に次々にカーブをクリアしてゆく。驚くべきドライビング・テクニックというべきだったが、ジャイロ機も付かず離れずに追随する。河面すれすれの高度、河岸の岸壁そばという位置取りを考えると、こちらのパイロットの度胸と技量もなかなかのものだった。
 だが、穴だらけのスポーツカーとジャイロ機では、はじめから勝負にならない。身を隠せるトンネルのようなものも当座、すぐには辿りつけそうにない。
 このままでは、すぐにジャイロ機の火線に絡め取られ、今度こそ蜂の巣にされかねない。
 これは、さすがにもう駄目なのかしら──と、フェリアが覚悟しかけたとき、
「そろそろ片付きます」
「え?」
 驚いて顔を上げたその目の前で、ガラス張りのジャイロ機の操縦席(コックピット)が一瞬で白く曇った。次いで機体上部の回転シャフトと後部のエンジンに火花が散り、すぐに小さな炎を吹き出す。
 ぐらりと揺れて河岸より離れたジャイロ機は、そのまま急にバランスを崩して転倒。身を捩って転がり込むように河面に飛び込んで爆発した。
 少佐はにやりと笑うと、窓から左腕を突き出して軽く振る。
「何?」
「私の部下です。この辺りで親衛隊のジャイロ機に追いつかれるだろうと思い、あらかじめ待機させていました」
 振り返れば、後方の崖の上に大柄な男が物干し竿のような長い銃身の機銃のようなものを片手に立っている姿が、遠目に一瞬だけ見えた。
 だから、少佐は落ち着いてられた──いやいや、そんな読み、いくらでも外れる要素はあった。ジャイロ機が一機でなく二機でこられたらそれで状況は一変していたろうし、この車がここまでの銃撃に耐えきれずに潰れていたことだってあり得る。
 どうとでも転がりかねない危うい状況で、それでも抜け抜けとすべて自分の計画通りに事が運ぶとのんきに構えていられたこの男の神経はどうなっているのか?
 いや、それを言えば、さっきの運転もそうだ。こんな狭い道幅の路上で、高速走行する車輛をその場で一回転させるなぞ、正気の沙汰ではない。失敗するとは微塵にも思わなかったのか、この男は。
 それを「必要だ」と判断するや逡巡なく即座に実行に移る決断力──それは胆力とか勇気とかの有無といった問題ではなく、何かしらの狂気に近いもののようにフェリアには感じられた。
 果たして、このままこの男についていっていいものなのかどうか……?
 いや。それを拒絶する選択肢がないことこそ、この場での最大の問題なのだが。
 今更ながらフェリアは頭を抱え、暗澹たる気分でフロントガラスをなくしてただの空枠と化した前方へと目をやった。
 そこでは、低く垂れこめた灰色の空から、白く小さな雪の欠片が舞い始めていた。
 
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