『映画に必要なのは女と銃だけだ』@国立映画アーカイブ(19/10/15(tue)鑑賞)
Film Ist. A Girl & a Gun (trailer)
本日の映画『映画に必要なのは女と銃だけだ』@国立映画アーカイブに劇場入りしました。2009年本国公開のオーストリア映画。欧米のフィルム・アーカイブを元にしたコラージュの実験映画なんだそうですが、さて。#fr19_n
— 義忠@諸々活動中「物語工房」 (@yoshitada_n) October 15, 2019
『映画に必要なのは女と銃だけだ』観終わりました。…うん、まあ、この映画自体、現代アートなので、アート批評の文脈とか用語を押さえてない身で、言える事はあまりないんですが(^^;; 観たまんまの話をすると、古い記録映画や劇映画、果てはブルーフィルムの類から引用しコラージュした映画。#fr19_n
— 義忠@諸々活動中「物語工房」 (@yoshitada_n) October 15, 2019
『映画に必要なのは女と銃だけだ』:制作趣旨としては邦題の通りで、映画というメディアの誕生以来、人類(とりあえず欧米の映画人)は、性(生)と暴力をフィルムに収め続けてきたか、ということのようです。引用元の映像をワンカットも観たことなく(^^;;、フィルムの質感だけで年代を察しろと。#fr19_n
— 義忠@諸々活動中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2019年10月15日
『映画に必要なのは女と銃だけだ』:加えて劇映画と記録映像も入り混じってるので、実写か作り物かもよく判らず、まあその辺もミックスした映像体験として、ぼんやりと観ていました。でもまあ、確かに観たこともない映像ばかりで、いずれも興味深かったです。#fr19_n
— 義忠@諸々活動中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2019年10月15日
『映画に必要なのは女と銃だけだ』:観る側の問題とは言え、未見の映像ライブラリーから「引用」されたコラージュ映像って、それはどこまで機能してるのか、とか思わないでもなかったですが。作者からすると「誤配」になるんですかね。これも芸術の意外性というやつかしら、などと考えたり。#fr19_n
— 義忠@諸々活動中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2019年10月15日
『映画に必要なのは女と銃だけだ』:こういう映画も観とかないと、こっちの感性も「判り切った馴染みの世界」の中で縮小再生産するだけになりそうで。なので、たまには気まぐれでこういう映画も観ます。ちなみに性器を大写ししたカットとかもある「芸術」なんで、万人にお薦めはしません(^^;; #fr19_n
— 義忠@諸々活動中「物語工房」 (@yoshitada_n) 2019年10月15日